山中さんと桜を見た話
山中さんは、缶ビールのプルタブをカシャと立てた。
まぶしそうに、私の顔を見てから、プシュと音を立てると、黙ってゴクリと飲んだ。
満開の桜が、山中さんに降り注いでいた。
山中さんもそれを目を細めて眺めていた。
私は、その一連を見守った後、自分の缶ビールを開けて、飲んだ。
「今生の別れじゃあるまいし。」私が何も言わないのに、山中さんはひとりつぶやいた。
私も、山中さんも、きっとこれが今生の別れであることを知っていた。
いつか同じ駅ですれ違うことがあっても、私は声をかけないだろう。
山中さんも、きっと。
山中さんはベッドの中でそっと私の手を握り、椿の話と死んだ恋人の話をした。
それから私のくちびるにくちびるでそっとふれた。
それきり何もしなかった。
その時のことを私は、熱く想う。
山中さんは、もう、忘れたかもしれない。
「花見ができてよかったわ。つきあってくれてありがと。行くわ。」山中さんはゴミ箱に缶を投げて、失敗した。
少し笑って、転がった缶を拾ってゴミ箱に入れた。
軽く手を上げると、振り返りもせずに歩いて行った。
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