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名探偵はまだ足りない【逆噴射プラクティス】


 犯人の爆発的な増加に伴い、速やかなる探偵の拡充が求められた。
 世はまさに、名探偵時代。

「なぜだ佐藤! 親友だったお前が、なぜ連続殺人事件の犯人に!」
「俺の恋人はあいつらに殺されたも同然……こうするしかなかったんだ……ああ、これでアケミにようやく会える……」
「おい、目を開けろ! 佐藤! 佐藤ォォォ!!」

 事切れた親友の亡骸を胸に抱いて、高校生探偵は慟哭する。惨劇の館を清浄な夜明けの光が照らしていた──。

 某警察署内。松田刑事は『悲恋の館連続殺人事件』の報告書をデスクの上に雑に放り投げる。椅子に背中を預けて大きく仰け反り、天井を見つめて呟いた。

「また探偵が増えやがった……」

 ここ数年、全国各地で新たな名探偵が誕生し続けている。それも急激なペースでだ。
 少年探偵、メイド探偵、人妻探偵、関西弁探偵、安楽椅子探偵、パンチパーマのオバちゃん探偵、家政婦探偵、サラリーマン探偵、医師探偵、小説家探偵──、枚挙に暇がない。そして今回発見されたのが若き高校生探偵『金山』だ。

 ここ数年で殺人事件の検挙数は数十倍に爆発的に増加した。だが警察が優秀になったからでは決して無いことを松田刑事自身がよく知ってた。ただ単純に「殺人事件の頭数が増加した」ことが理由である。
 ある時は些細な理由から、ある時は壮大な因縁から。衝動的か計画的かを問わず多種多様の動機によって起きる事件が、数年前を境に尋常ならざる件数で増え続けている。犯罪学者、経済学者、心理学者、社会学者、ありとあらゆる学術のエキスパートが集って知恵を出し合うも、指数関数的に増加する犯罪者数の理由に明確な根拠を示せていない。

 ただ一つ、これらの事件には共通点がある。
 それらの事件のほとんど全てが【名探偵】によって解決されているのだ。

 『悲恋の館連続殺人事件』のあらましはこうだ。
 休日に高校生たちがキャンプを楽しもうと集まった所で不慮の事故と嵐に巻き込まれ、社会人サークルたちとともに森の奥の屋敷へ避難した。
 しかし社会人サークルのメンバーは自身の地位と家柄を悪用して人身売買と麻薬取引を行っており、事件の犯人である【佐藤】は彼らに殺された【アケミ】の復讐を遂げるため、綿密な犯罪計画を練っていた。偶然を装って社会人サークルと遭遇、故意に事故を起こして彼らを誘導すると、事前に罠や仕掛けを組み込んだ森の奥の館で全員を殺害しようと目論んでいた。
 その佐藤の犯罪計画の真相を解き明かしたのが、彼の親友であり同行者の高校生【金山】だった。
 特に秀でる能力もない普通の高校生であったはずの金山は、まるで何かに取り憑かれたように事件の真相を手繰り、そして不可能犯罪のトリックと犯人を全て解き明かした。真相を暴かれた佐藤は金山たちの前で自刃。連続殺人事件は社会人サークル全員と犯人の死亡によって幕を閉じた。
 そして、事件を起こした佐藤も金山と同じく、普通の高校生だったらしい。

 これはただの一例だ。
 陳腐でありきたりなミステリー小説や漫画みたいだろうとは思うだろうが、こんな事件が全国各地で何百件も起きている。一日あたりに二から三件の殺人事件が発生している計算だ。しかも一件から被害者が一人だけ出るとはまだマシで、悲恋の館連続殺人事件のように被害者が複数人発生する場合もざらだ。
 【事件】が発生する場面には【探偵】が発生し、そして謎を解き真相を明らかにして、【犯人】を見つけ出す。一つの事件を解決した【名探偵】はまたいつかどこかで新たな事件に遭遇して、謎を解明し続けていく。以前までは普通の人々だった彼らは突如として、常軌を逸した犯行と真相究明を成し遂げてしまうのである。

 松田刑事はデスクの片隅に広げたスクラップブックを眺める。その新聞記事の上でマスメディアは「犯罪の増加は現代社会のモラルの低下が原因」と謳っている。同時にその記事の隣で「新たな名探偵の登場!」をセンセーショナルに報じている。いい気なもんだ。本当にモラルが低下しているのはどちらだというのか。

 まさにその紙面の第一面に掲載されている高校生探偵金山も、これから多数の事件に遭遇して犯人を見つけ出すのだろう。もちろん探偵が悪いわけではない。悪いのは犯罪を犯す犯人に他ならない。けれども彼ら名探偵たちが悪事を暴くたびに、その背後には被害者たちの死体が転がることになる。

「これじゃ、探偵が犯罪を生み出しているようなものじゃないか……?」

 ふと松田刑事は思う。
 このまま名探偵が増え続けたらどうなるのだろう。
 たとえば数万人の名探偵が数万件の殺人事件に遭遇し、勧善懲悪に事件を解決する。数万人の犯人が逮捕されるが、裏では数万から数十万の被害者が発生する。
 まるで感染症だ。爆発的に増加する病気のように犯人と探偵が増殖し、被害者を生み出していく。
 名探偵が数十万数百万と増えていくその果てには、何が待っているのだろう。

 松田刑事は嫌な予感を振り払うように頭を横に動かす。
 きっと考え過ぎだ。連日の勤務で疲れているのかもしれない。顔を洗って眠気覚ましにコーヒーでも飲もう。晩飯には久々に肉でも食いに行こうか。
 そう決断した瞬間、デスクの上の携帯電話が鳴り響く。反射的に手に取って受信のボタンを押す。

『松田刑事! 通報がありました、また殺人事件です!』

 状況報告を聞きながら出動の支度を整える。常に事態に備えて構えているため数十秒もかからない。状況報告も聞き終え、くたびれたトレンチコートに手を伸ばした時だった。

『鮮やかな名推理を期待していますよ、【刑事探偵】松田さん!』

 トレンチコートを掴みそこねる。背筋に冷たい悪寒が走る。諦めにも似た冷笑が口に浮かぶ。

 俺も既に、名探偵の仲間入りをしているのかもしれない。


【まだおわらない】

私は金の力で動く。