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『夏子の冒険』三島由紀夫      ~美女ものの限界~

『夏子の冒険』 三島由紀夫 (角川文庫)

大文豪の仕事にいちゃもんをつけてすみませんが『夏子の冒険』というあまりに工夫のないタイトルは、当時こういうのが小粋な感じだったのでしょうか。
 
小粋といえば、この文庫本の装丁、色と柄がとても粋なうえにじんわりとした手触りまで楽しめるという、凝った造りになっています。装丁は〈株式会社かまわぬ〉。てぬぐいの図柄と感触を再現しているのですね。昔表参道のスパイラルビルにお店があったのを思い出しました。今は代官山が直営店だそうです。
 
主人公の夏子は、この手ぬぐい柄をほうふつとさせるような、しっとりと和風のなよやかな女ではありません。外見はどちらかというと南国風で、性格はよくいえば天真爛漫で情熱的、悪くいえばわがままでしつこい。しかも手に入れたものには決して満足せず、すぐに飽きてしまう。「情熱が冷める」からです。
大騒ぎして許可してもらった修道院入りを夏子が黙ってドタキャンし、一目ぼれした男の北海道での熊退治についていくところから話は始まります。修道院から駆け落ち、という落差だけでも夏子のハイパーさがわかります。
 
しかし周囲(とくに男性陣)は彼女を許し、あまつさえ、好きになってしまう。
ハイハイ美人はいいですね、おちゃめな冒険をずっとやっててください、と妬みつつ突っ込みたくなる展開。〈美女もの〉の限界はここです。人が美の前にひれ伏すのは仕方がないのです。
 
とはいえ、『夏子の冒険』のすてきなところは、作者が楽しく好きなように書いているように思えるところです。もちろんそう「思わせる」のが芸術家の技量なのですけれども。
 
夏子と男たちとの駆け引き、家族とのやり取りなどに、丁々発止の会話が繰り広げられ、三島先生はノリノリです。夏子の祖母・母・伯母による、大まじめな「三婆漫才」が笑えます…どんな鄙びた場所でも、夏子が行方不明でも、厚塗りの白化粧を欠かさない上流階級のマダムたち。こういう人種がいたのですよね昔は。
 
また本作では、人を動かす力を持ち、物語が展開する契機となっていくのは、夏子、夏子の恋人の毅の元カノ秋子、北海道の少女不二子の3人の女性だけです。男性たちはそれほど魅力的には描かれていません。彼らは表面では女たちを守り従えているように見えますが、じつは彼女たちのパワーに動かされているだけ。もしかすると三島は自分が嫉妬しそうな理想的な男なんて書きたくなかったのかもしれませんね。だからキラキラパワーを女たちにたくして、楽しくお話を書いたのでしょう(笑)。
 
人間と動物、という裏テーマがもっと深掘りされていたらとも思いましたが、そういう重さは避けられています。軽やかな〈美女もの〉として、装丁を含めた愛らしい一冊。
 
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