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本を読んで考えたことを中心に書いています。 文学、哲学、社会学、歴史、批評など、人文系…

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本を読んで考えたことを中心に書いています。 文学、哲学、社会学、歴史、批評など、人文系の本が多いです。 日英仏翻訳者です。翻訳ついても書きます。

最近の記事

【訳書】ラルース百科事典の芸術   ~フランス老舗出版社の至宝~   (グラフィック社)

1月に刊行された拙訳書です。ちょっと手違いがあり、最近やっと手に取りました。 〈創業170周年を迎えた老舗出版社の比類なきアーカイブの結晶〉 ~ラルース百科事典を彩る挿絵画から、美と驚異の世界へ誘う70点を収録。知的好奇心溢れる人なら年齢を問わず、本書に学び魅了されるでしょう。 深海、原生林、公園や庭園の秘密を探求し、そこに生きる小鳥や甲殻類、猛禽類や蝶類と出会いましょう。 画家のアトリエやガラス職人の工房のページを訪ねてみれば、美しいイラストの数々が、学術的記述と味わい深

    • 『弥勒の世』町田康        (文學界2024年4月号)       ~見た目って~

      弥勒の世 町田康 (文學界2024年4月号) 肌の色、言語、国籍、文化、宗教などなど、アイデンティティの根拠とされる要素はいろいろあります。そのなかでも、他者の視線によって規定されがちな顔かたちや肌色は特殊です。だから「ルッキズム」も問題視されます。 以前投稿したのですが、トニ・モリスンの『青い眼がほしい』では、肌、髪、眼などの人間の身体の色、つまり外的な特徴によって、各人の生の在り方が決定づけられ、心が囚われて蝕まれていく、という人類の永遠の課題が、美しく恐ろしく描かれ

      • 『自殺帳』 春日武彦(晶文社)   ~丸ごと矛盾~

        『自殺帳』 春日武彦 (晶文社) 精神科医である著者自身がじっさいに遭遇したケースも含めた、ときには凄惨な自殺者たちのエピソードを中心に、自殺について考察しています。 自殺――基本暗い話じゃないですか。 なのに。眼を射るような鮮やかなイエローの表紙はポップなたたずまい。 うっすらとしたふざけ感のあるタイトル。 表紙やタイトルからして、相反や矛盾に満ちていてときめく。 著者は、わからないわからないと言いながら、古今東西の自殺文化というかモード(?)をこれでもかと掘り下げ

        • 『反哲学入門』木田元 ~先生のボヤキ~

          『反哲学入門』 木田元 万年哲学入門者の私ですが、今回は「反哲学」に入門してみました。 木田元先生といえば、『反哲学史』をはじめとする哲学史、そしてニーチェやハイデガー、メルロ=ポンティについての著書で知られる、日本の西洋哲学研究の第一人者であられました。 こちらの本はさっそく偉大な先生のボヤキで始まります。 「哲学は不自然」 「哲学は不幸な病気」 「哲学なんかと関係のない、健康な人生を送る方がいいですね」 …いきなり心をつかまれます。 これらの言葉は奇をてらっているわ

        【訳書】ラルース百科事典の芸術   ~フランス老舗出版社の至宝~   (グラフィック社)

        • 『弥勒の世』町田康        (文學界2024年4月号)       ~見た目って~

        • 『自殺帳』 春日武彦(晶文社)   ~丸ごと矛盾~

        • 『反哲学入門』木田元 ~先生のボヤキ~

          『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 ~苺大福の悦び~

          『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 この小説は何かに似ている…と考え続けて、やっとわかりました。 「苺大福」 この世では決して味わえない(だって虚構だから)、極上の苺大福です。 苺は餡子に包まれ、求肥がこれをくるむ、という三重構造。 そして、苺も、餡子も、求肥も全員主役で、どれが欠けても成り立ちません。 ふたりの「主人公」ジュリアンとジョージは、天才型美少年と秀才型朴念仁のカップル――つまりジルベールとセルジュ(@『風と木の詩』)なんですね。 魅力的で奔放で

          『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 ~苺大福の悦び~

          『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

          『Springスプリング』 恩田陸 ダンサーそして振付家としてドイツのカンパニーで才能を開花させ、舞台の上でも外でも世界中であらゆる人間を魅了し続ける、若き日本人バレエダンサーという夢のような設定です。 恩田陸氏の本を読むのは初めてでしたが、バレエを観るのも趣味として稽古するのも大好きなので、何も考えずAmazonをクリックし購入しました。 でも読んでいくうちに、謎の違和感が。 この違和感の正体をつきとめようとしながら読了しました。 友人や叔父が主人公「春」くんのこと

          『Springスプリング』 恩田陸      ~夢のバレエワールド~

          『谷崎マンガ 変態アンソロジー』    谷崎潤一郎原作

          『谷崎マンガ 変態アンソロジー』 谷崎潤一郎原作 11人の漫画家と画家による、谷崎文学のマンガ化。 『痴人の愛』『陰影礼賛』『台所太平記』から、初期の短篇まで、「変態」「異端」「倒錯」などさまざまに呼ばれた谷崎文学のエッセンスを、11人のアーティストが新たな視点から表現するアンソロジー。 それぞれの作品はもちろんのこと、作家の対談、付録等々、豪華な文学遊びがこの小さな文庫本に詰まっています。中公文庫ですが、これを読んだあとは、中公文庫の谷崎シリーズ、とくに「谷崎ラビリン

          『谷崎マンガ 変態アンソロジー』    谷崎潤一郎原作

          『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原康 

          『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 栗原康 (岩波現代文庫) アナキスト、伊藤野枝。 平塚らいてうの「青鞜」に参加して記事を書き、女性の地位向上と社会の変革を無座主運動に身を投じ、関東大震災直後、大杉栄と甥とともにあっけなく国家に惨殺されました。 昔、実家の本棚にあった瀬戸内寂聴の『美は乱調にあり』を読み、聡明で官能的で、妊娠するたびに体調がますますよくなる野枝を怪物のようだと思った覚えがあります。 それから数十年を経て出会った本書では、アナキストの学者であり作家

          『村に火をつけ、白痴になれ/伊藤野枝伝』栗原康 

          『ヘルスモニター』石田夏穂

          文藝2024年春号(バックナンバー。すでに夏号は出ています) 生きている身体の延長に読むことや書くことがあるのだと信じています。 「バルクアップ!プロテイン文学」と銘打たれた特集では、いろいろな側面から身体と文学にアプローチしていて、楽しく読みました。 そのなかからひとつの作品をご紹介します。 『ヘルスモニター』石田夏穂 自分の体調だけでなく気分の浮き沈みの原因まで、最新機器のヘルスモニターの表示する値を見て決める主人公長山。 長山は上司Pの激しいパワハラ(Pと表現さ

          『ヘルスモニター』石田夏穂

          『二魂一体の友』          萩原朔太郎 室生犀星        『我が愛する詩人の伝記』          室生犀星              ~よこしまな読み方~

          『二魂一体の友』は萩原朔太郎と室生犀星がおたがいについて書いた文章を集めた本です。あらためてここで紹介するまでもなく、ふたりは日本近代詩のスーパースター。犀星はのちに小説家に転じましたが、転向の経緯や心境について双方の立場から書かれた文章も本書に収められています。 詩論もたくさん盛り込まれているこの本。しかしどんな高尚な芸術論が展開されようとも、注目せずにいられなかったのは、文学が結びつけたふたりの関係性でした。だって熱愛すぎる(笑) 朔太郎は、白秋の詩誌に投稿していた犀

          『二魂一体の友』          萩原朔太郎 室生犀星        『我が愛する詩人の伝記』          室生犀星              ~よこしまな読み方~

          『メタ倫理学入門』 佐藤岳詩    ~隠されたメタ案件にも注目~    

          万事が万年入門者の私ですが、今回はメタ倫理学に入門してみました。 私たちが生きている社会においては、靴下の正しいたたみ方とかのどうでもいいことから、政治や経済や世界情勢にかかわる大きなことまで、ありとあらゆる領域で意見が対立します。摩擦や軋轢が絶えず、戦争も起こります。人類はずーっとそうやってきました。 どうしてこんなことになっちゃったのかと、哲学者や思想家や社会学者の偉い先生がたくさん考えて、たくさん難しい本を書き、無数の人びとがさまざまな論をめぐって意見を戦わせてきまし

          『メタ倫理学入門』 佐藤岳詩    ~隠されたメタ案件にも注目~    

          『The Bluest Eye』Toni Morrison           ~「色」と「美」の呪力~

          1. 色は支配する 『The Bluest Eye』の物語の主役はじつは色なのではないでしょうか。 黒人であるトニ・モリソンのデビュー作の主人公は、黒人の少女ピコーラ。ピコーラとその家族や友だち、彼女の住む町の人びとを通して、人種差別、性差別、性暴力、家庭内暴力の一筋縄ではいかない姿が描かれます。 ナラティヴは、ピコーラの友だちクローディアによる一人称の語りの章と、視点の異なる三人称の章に分かれていて、色と色の対比――突き詰めれば白と黒の対比――に満ちています。 白人(性

          『The Bluest Eye』Toni Morrison           ~「色」と「美」の呪力~

          『オリエンタリズム』         エドワード・W・サイード      ~心象地理≒思考停止~

          オリエンタリズム 上・下 エドワード・W・サイード 今沢紀子訳/板垣雄三・杉田英明監修 脳内で処理してつくりだした妄想上の他者。 私たちは、頭の中で勝手に他者を解釈して、憧れたり、見下したり、敵視したりすることがあります。そういうメカニズムによって自身の存在意義を高める人間や共同体も残念ながらあります。 その桁違いにスケールの大きいバージョンが、帝国主義のヨーロッパで花開いた「オリエンタリズム」だといえるのではないか。本書を読みそう思いました。 「オリエンタリズム」はヨ

          『オリエンタリズム』         エドワード・W・サイード      ~心象地理≒思考停止~

          『夏子の冒険』三島由紀夫      ~美女ものの限界~

          『夏子の冒険』 三島由紀夫 (角川文庫) 大文豪の仕事にいちゃもんをつけてすみませんが『夏子の冒険』というあまりに工夫のないタイトルは、当時こういうのが小粋な感じだったのでしょうか。 小粋といえば、この文庫本の装丁、色と柄がとても粋なうえにじんわりとした手触りまで楽しめるという、凝った造りになっています。装丁は〈株式会社かまわぬ〉。てぬぐいの図柄と感触を再現しているのですね。昔表参道のスパイラルビルにお店があったのを思い出しました。今は代官山が直営店だそうです。 主

          『夏子の冒険』三島由紀夫      ~美女ものの限界~

          『地図と拳』小川哲 ~視線問題~

          人間はなんのために地図を作るのか。 人間は場を支配し、建築物を造り、時間をそこに留め、自分たちの「地図」を作る。 そして拳でもって、「地図」を拡大するために戦う。 「地図」がある限り「拳」はなくならない。 『地図と拳』は、満州国建設の一環として、半世紀近くにわたり中国東北部の小さな街「李家鎮」でおこなわれてきた日本人による開発事業をめぐる人びとの物語です。 この時代に生きた大半の日本人や中国人は、たび重なる戦争や侵略や内戦の当事者。 生まれる前に父親が戦死している日本兵

          『地図と拳』小川哲 ~視線問題~

          『天路の旅人』沢木耕太郎 

          西川一三。第二次世界大戦末期に「密偵」として蒙古人僧になりすまし、中国大陸の奥地にまで潜入し、終戦後もそのまま旅を続けてチベットからインド亜大陸まで足を延ばした人物です。インドで逮捕され日本へ送還されるまで、足掛け8年を蒙古人として生き続けた男。 正直、ドキュメンタリーとか旅行記には興味がないので、この本も読み続けるのがかなり辛かったです。それでも読ませるさすがの沢木節。 西川自身『秘境西域八年の潜行』という長大な旅の記録を書き残しています。そんな西川という人間への興味と

          『天路の旅人』沢木耕太郎