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『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』 川本直 ~苺大福の悦び~

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』
川本直

この小説は何かに似ている…と考え続けて、やっとわかりました。

「苺大福」

この世では決して味わえない(だって虚構だから)、極上の苺大福です。
苺は餡子に包まれ、求肥がこれをくるむ、という三重構造。
そして、苺も、餡子も、求肥も全員主役で、どれが欠けても成り立ちません。

ふたりの「主人公」ジュリアンとジョージは、天才型美少年と秀才型朴念仁のカップル――つまりジルベールとセルジュ(@『風と木の詩』)なんですね。
魅力的で奔放で女装が好きな「作家」ジュリアンの創作を、実務的で生産的なジョージが陰で支えています。

ジョージの回想として語られる物語は、20世紀前半に始まり、アメリカ文学史の裏面、いわゆるクイア文学の担い手たちをめぐる文芸出版と文壇における丁々発止のやり取りやゴシップが繰り広げられます。登場するのは、カポーティ、ヴィダル、ダリ、グレタ・ガルボなど、とっても豪華。

ジュリアン名義の創作のために身を削って書いてきたジョージは、ジュリアン亡き後も本名は出さず、覆面作家であることを貫きます。
そして、ジュリアン/ジョージの作品を研究し、老境にあるジョージへのインタビューを実現し、ジョージの回想録を翻訳するのが「川本直」。
ポイントは、この川本を作者の川本直さんではなく、この書物の世界の「第3の主人公」ととらえることです。

ジュリアンという真っ赤に熟れた甘酸っぱい苺を、ジョージという練り上げられた朴訥な餡子がくるみ、デリケートで扱いづらいこのコンビを、川本直という羽二重のように繊細な求肥がそっと包んでいます。
だから苺大福。だから美味。
3人の主人公が創る小宇宙。しかも3人の主人公を完全に同時に味わうことができる仕掛けです。

内容的には、文学のムーブメントの真相や「誰が作者なのか」問題などを提起している作品なのかもしれませんが、私はむしろ、これらの内容を盛り込む方法としての、作品の構造と仕掛けに魅了されました。

全体が美しい苺大福の姿と味を持つ「虚構」であり、だからこそ、これが彼らの人生の「真実」なのであり、「事実」に拘泥するなんて世界一どうでもいいことなのでした。

(2024年1月にインスタグラムに投稿した記事を書き直したものです)

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#現代小説 #日本文学 #クイア文学  

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