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理不尽な話だと思った。


#私の仕事

「コーヒー、どうぞ。笹木さん、奥様の体調どうですか?」
妻の綾は、ソファに座った中年男性にねぎらいの言葉をかけていた。私は、書類をかたづけていたので、少し待ってもらっていた。約束の時間より10分前に到着したみたいなので、仕方ない。

「失礼ですけど・・・奥様は、おいくつですか?」
「僕の10歳下なので・・・。48になります」
「まだ、お若い。これからなのに・・・。大腸がんってねぇ・・・」
「はい。今の家もトイレを改装中です。退院後、つかいやすいように・・・」
「マンションで改装するには、管理組合に申請しなきゃならないとか面倒で・・・。私も一軒家が羨ましいなぁ・・・。ねぇ。あなた。横浜市内で一軒家、お願いね」
「わかった。わかった」とあしらい、そそくさと部屋を出ていく綾。

笹木氏は、私が住むマンションに住んでいた。購入時点で、管理組合の役員として、一緒になり、変わり手がないのが理由で3年間、役員を共にした。管理会社より頂いたマンション規約を基に、組合運営をやりやすいようにしていった。役員のメンバーで、飲みに行ったり、釣りに行ったりした事もあった。その当時、笹木氏はレンタルビデオ店、ダイニングバーを経営していると伺っていた。マンション内の立体駐車場にベンツが止めれないという理由で4年前、横浜市青葉区の一軒家を購入し、マンションを売却し出ていった。その後、電話で、福利厚生面や社員規約などの相談を貰い、何度か笹木氏の事務所にお邪魔した。私の職業は、社会保険労務士だ。
その事務所で、面会した女性と再婚したとその場で聞いた。それから2年経っているが、その間、全く連絡がなかった。一昨日、連絡があり、今日、面会する約束をした。

「で、ご相談とは・・・」
「今、派遣社員をやっていて・・・建設現場に居る・・・」
「え? ちょっと待ってください。レンタルビデオ店やダイニングバーは?」
コロナでやめた。その前にレンタルビデオ店は、コインランドリー屋に売り渡し、ダイニングバーも閉めた。なんとか、助成金でやり直そうと考えたが、こう・・・長いと・・・どうしようもない・・・。酒が売れないんでは、やっていけないんで・・・」
「そうですか・・・。知らなかったので・・・。申し訳ないです」

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3月30日朝6時半に現場に到着した。自席に座り、いつものようにPCを開いた。背後から、上司である滝沢より「昨日の様な昨年、事故した業者に対しては、最後まではりついていてほしいんですよね」と言われ「解りました。残業つけてもいいんですか?」
「解らん」
「誰に聞けばいいんですか?」
「解らん」
「解らんが、とにかく遅くなってもはりついていてほしい。よろしくお願いします」
(残業するかどうかの指示はあんたがすべきだろう)

その後、ミーティングで所長と目が合ったので、謝罪をした。
「もう、終わった事なのでいいですよ」と言いながら「状況判断って解らないですか? 残業するかどうかって解らないんですか?」と詰められたので、「いえ、荷下ろしが終わって、区切りがよかったので、脚立を返しに3階の現場へ向かい、その後、エレベーターの清掃を終えて、詰所に戻って、滝沢さんには、『何か用事ないですか』と尋ねると、『もう、帰っていいよ』と言われたので帰りました」
「あなたは、滝沢さんが大変になっている状況がわからないのですか? 夜遅くまで働いているので、助けてあげてやってくださいよ。あと、定時上がりで通すなら、それはそれでいいですよ」
「いえ、そんな事は、決して、残業できますから・・・」
「ならっ! なんで、昨日いないんだっ! 前に言いましたよね。前に健康保険のやり替えをしたいので、代休できませんかとのあなたの問いに対して、今は工事なので、土曜日出る事なんてない。でも、定期点検が始まれば、人も増えますから・・・。残業も代休もとれますよと言いましたよね」
「はぁ・・・」
「言いましたよ。もういいですよ。定時で上がって頂いて・・・。滝沢さんを統括の仕事をやらせたいので・・・。協力お願いしますよ・・・。まったく・・・」

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「コーヒー、冷めますよ」
俯いたまま話をしていた笹木氏に声をかけた。
「整理すると、要注意業者の現場なので現場の進捗状況を見て最後まで監視ししろって事だったんですね。上司は、定時で帰っていいと了解貰ったんですよね? で、翌日、あなたに注意したって事ですね。おかしな話ですね」
「僕が帰った後に、詰所でヘルメットを壁に投げつけて騒いだらしいですよ」
「誰がですか」


「所長です」

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