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額縁
つい最近、人生で初めての買い物をした。
大好きな人のポスターを飾るための「額縁」である。
1月下旬、家で夜ご飯を食べてから文房具屋さんに行った。夜の寒さに肌がピリッとする。なんだか頭が冴えるような気がして少し心地よかった。
何回か下見に行って、これだと決めた額縁。結構大きなサイズのものだけど、それを持って帰る自分の姿を想像するのはちょっとワクワクした。何階もある文房具屋さんのエレベーターを登って、置いてあった棚まで行くとそれはちゃんとまだあった。
周りは絵を描いている人たちなのか、商品の見方や買い方がすごく様になっていて当たり前のように処理していく。それを横目にわたしは心臓が高い音を出しながら小刻みに動いているのを感じていた。小さい頃初めておつかいに行った時に感じた心細さを思い出す。あの頃は周りの大人と同じように対応してほしくて、すごく背伸びしていた。でももうわたしは大人で、大人だからこそ分からないことをちゃんと聞くことの大切さを知っている。だって大人は初めての人には結構丁寧に対応してくれるものなのだ。でもそれをあの頃のわたしに伝えても、きっと背伸びしちゃうんだろうなと思うけど。結局、両手で額縁を抱えてレジに並び、難なく初めての買い物を済ませた。器用に額縁にすずらんテープを巻き付ける店員さんの手はとても綺麗だった。
わたしの体約半分を隠してしまうような大きさの額縁を携えて夜の街を歩いていると、いろんなものがキラキラして見えた。遠くに見える富士そばの看板すらも輝きを放っている。今から焼肉に行くらしい生足ミニスカートのギャルたちも、花屋に入っていく黒縁メガネの男性も、お互いの白い手を繋いで急ぎ足に地下鉄へ向かうカップルもみんなちょっとステキに見えた。人生において初めての経験を終えた達成感と興奮から寒さはあまり感じなかった。そういえば美輪明宏さんは「モノよりも経験にお金を使いなさい」って教えてくれたけど、買うことやそれを使って生活をすることも一つの経験になるんじゃなかろうかとさえ思えた。それだけ額縁を持って家路に着く経験が素晴らしく思えたのだ。
大きな黒いリュックを斜めに背負ってヨタヨタ歩くおじさんの帰路が無事であることを祈りながら歩いていると、後ろから甲高い女の子の叫ぶ声。次の瞬間、お父さんと小さな女の子がかけっこしながらパーっと横切っていった。やっぱりお父さんの方が足が早く女の子が後ろから追いかけて、止まったお父さんの足に抱きついていた。2人とも本当に楽しそうにケタケタ笑っていて、いつか寒い夜の日に彼女がこのことを思い出せるといいなとしんみり思っていると、急ぎ足のお姉さんが通り過ぎる。そのリュックには「赤ちゃんがいます」のキーホルダーが揺れていた。ここ2〜3年でわたしの周りの友人も続々と結婚していき、すでに大家族を築いている人もいる。わたしは、まだ持ったことはない。そのことになにも感じていなかったのだけど、なんだかその時はふと身につまされてしまった。わたしにとってそれまでそのキーホルダーは妊婦さんを守る役割のものでしかなかったのに、なぜかその時はそれを持つ権利を持っていないことの方が強くなってしまったからだ。そうか、わたしがあれをリュックに下げることはないかもしれないのかと空を見上げながら思う。いつも通りちょこちょこ輝く星を眺めていたら、当たり前のようにそのことを受け止めている自分がいた。生きてるとたくさんの事実が様々なところから現れるけど、それはただただ事実としてそこにあるんだろうなと思ったりした。私たちの置かれている立場が悲しく見せたり、嬉しく見せたりするのであるならば、その事実とともにその思いも淡々と受け止めて歩いていけばいいんじゃないだろうか。そしてそれは同時に普通の生活をしている人間には非常に厳しく、またせっかくのわたしの人生、味気ない気もした。
どうやら先程のお姉さんはかけっこしていた女の子のお母さんだったようで、お父さんと女の子を挟んで手を繋ぎ、白い息を吐いて家へ帰っていく。その事実にわたしは争いようもなく、心があったかくなるのだった。
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