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軌跡と展望、2つのストーリーがファンを惹きつけるパワーになる

とある場で、2人の会話が噛み合っていなかった。Nさんは「『ぷよぷよ』のプロゲーマーにはストーリーがない」と言い、Tさんは「いや、20年来のストーリーがある」と言う。僕はTさんに与したが、Nさんは「ストーリーがないから応援する理由がない」と主張する。

『ぷよぷよ』のプロゲーマーには20年以上前から熾烈な競争に身を置き続けている人たちがいて、最近では高校生が大会で優勝するなど、そこには語り尽くせないストーリーが間違いなくある。いったいNさんは何を言っているのか、と思ったが、どうやらストーリーの意味するところが違ったのだ。

要するに、Tさんは軌跡のことを言っていて、Nさんは展望のことを言っていた。言いかえると、『ぷよぷよ』のプロゲーマーにはこれまで研鑽してきた日々と多様な人間関係があるが、これからどこを目指していけるのかという(世界大会や専業化のような)大きな目標が存在しないということだ。

軌跡と展望。これはゲーマーがプロに転身するとき、あるいは企業などがチームを結成するとき、ファンに応援されるきっかけとなり、応援され続ける要因となる。

ということで、結論としては以上だが、今回はプロゲーマーやプロチームがファンを獲得し維持するために必要な「ストーリーが持つパワー」についてより詳しく考察する。

これは具体的な施策というより、何が人を惹きつけるのかという議論となる。なので、「esportsチームが人気の土台を作るためのポジショニング戦略」と「あなたを応援したくなる5つの要因とは? 進化心理学で考察」の続編として読んでもらうといいかもしれない。

【目次】
軌跡――どこから来たのか
展望――どこへ行くのか
展望が軌跡になる
貸借対照表で考える軌跡と展望
応援されるきっかけと応援され続ける理由を作る
パブリッシャーのビジョン、プレイヤーの目指す場所

※ファン獲得と維持については、下記の記事も参考にしてもらいたい。
あるプレイヤーがesportsチームのRush Gamingファンになるまで【体験編】
商品としてのプロゲーマーをより魅力的にするための戦略と施策
Rush Gamingに学ぶ、チームや選手のファン作りに役立つ戦略と指標【分析編】

軌跡――どこから来たのか

ここにプレイスキルがほぼ同等の2人のゲーマーがいるとする。

1人はA氏としよう。A氏は中学高校でいじめを経験し、引きこもりになってしまった。そんな中で唯一救いとなっていたのが対戦ゲームで、高校を中退し数年間を費やしてトッププレイヤーに上り詰め、プロチームのトライアウトに何度か挑戦してプロゲーマーとなった。

もう1人はB氏。中学高校では平均的な成績で、平均的な大学に入学し、esportsサークルに入って瞬く間にトッププレイヤーとなった。大会でも活躍し、たまたまプロチームから声がかかってプロゲーマーとなった。

さて、あなたはプロゲーマーを取り上げたドキュメンタリーを作りたいと考えているとしよう。視聴率や共感(シェアやコメント)が多く得られるほどボーナスが出る。あなたならどちらを選ぶだろうか。おそらくほとんどの人がA氏にコンタクトするだろう。

なぜなら、A氏には多くの人が最初に注目し共感しやすいポイントがいくつもあるからだ。苦労や挫折を経てから栄光を掴むまでの物語は誰でも大好きだし、「ゲームに人生を救われた」という類の話はたびたびタイムラインを賑わせている。A氏とB氏、どちらのほうがファンを獲得しやすいかといえば、間違いなくA氏だろう。

これはその人の過去や経験、つまり「どこから来たのか」という軌跡が人を惹きつける例である。我々はよく「あの人にはストーリーがある」という感じでストーリーという言葉を使うが、多くの場合はこちらを意味していることが多い。

また、この軌跡が豊かなのがお笑い芸人やアイドルから転身したプロゲーマーであり、Sラン大学や一流企業を出自とするプロゲーマーである。彼らが最初からメディアに取り上げられやすい理由はその軌跡にある。

魅力的な軌跡が人を惹きつけるとしたら、取り立てて語られるような過去のないゲーマーはファンを獲得しづらいのだろうか。比較すれば、たしかにそうだと言える。しかし、そうでないゲーマーもプロになって多くのファンを獲得している。そこで重要になるのが展望というもう1つのストーリーだ。

展望――どこへ行くのか

またしてもA氏とB氏に登場してもらおう。プレイスキルやトークスキルは同じくらいで、情報発信の量も同じくらいだとする。

A氏はプロゲーマーになったあと、Titterで「プロになりました! これからも頑張るので応援よろしくお願いします」とツイートした。毎月の給料をもらい、チームとして研鑽を積み、国内大会に臨む。海外大会にも参加して、それなりに成績を残す。インタビューでは「プロとして実績を残したい」と意気込みを語っている。

B氏もまたプロゲーマーになったあと、Twitterで「プロになりました! これから日本一はもちろん、世界一のチームになります。プレイヤーとしても最強を目指すので、そのための応援よろしくお願いします」とツイートした。その後は国内大会や海外大会で活躍。インタビューでは「世界一になってファンやスポンサーに恩返しをして、ゲーマーがもっと挑戦できる環境を作りたい」と語っている。

さて、今度はあなたはとある企業のプロモーション担当で、esportsに目をつけてスポンサードするチームを調べているとしよう。あなたならA氏とB氏、どちらにスポンサードしようとするだろうか。きっと多くの人がB氏を選ぶだろう。

なぜなら、B氏はプロになることを通過点と考え、日本一、さらには世界一という大きな目標を掲げている。そして、自分を支えてくれるファンやスポンサーのことを考え、後進のことをも意識している。それらを実現する高いモチベーションがあることもうかがえる。

B氏は耳目を集める軌跡は持たないが、今後自分が「どこへ行くのか」という展望を持っているのだ。我々はそういう人にカリスマを感じ、これからどうなっていくのかという期待に胸を躍らせる。この展望もまたストーリーの1つである。戦略を策定するときなどに、「今後のストーリーを描く」という使われ方をする。

B氏が掲げる目的や目標は期待感に溢れ、ファンも応援しやすい。「自分はB氏が世界一になろうとしていることを応援している」と理由付けできる。スポンサーはB氏が見返りを提供しようとしていることを感じられる。

A氏にはたしかに印象的な軌跡がある。それゆえに最初はファンを獲得しやすいと思われる。だが、プロになってからこのような茫漠とした目的意識のままでは、ファンはA氏が何をしたいのかよく分からないし、どういうところに対して応援したらいいのか戸惑ってしまう。これでは熱心なファンを獲得・維持するのは難しい。

軌跡と展望、この2つのストーリーにはそれぞれ力がある。プロになるまでの軌跡が必ずしも魅力的ではなくても、誰もが展望を描くことはできる。そして実は、展望こそが軌跡になっていく。

展望が軌跡になる

魅力的な軌跡がないのなら作ればいい。特にプロゲーマーはプロになってからこそが本番だ。そこで展望を描き、目標を成し遂げていくことで軌跡が形作られていく。

プロになったばかりでは経験も浅く、注目を集めるような軌跡はまだ残せていないだろう。だが、たとえメディアに取り沙汰されずファンが増えなくても、まったく焦る必要はない。いままさに軌跡を作っている最中なのだから、着実に活動を続ければおのずと成果が出るはずだ。

このことはプロゲーマーに限らず、どんな人にも当てはまるだろう。例えば僕自身もそうだ。弊誌を立ち上げた当初は何の軌跡もなかったので全然読まれなかったし誰からも声をかけられなかったが、ほかでは読めないesportsビジネスに特化した記事を作るという展望を持って更新し続けてきたら、(esports自体への注目もあり)だんだんといろんな人が記事を読んでくれるようになった。弊誌の活動自体が軌跡となっていったと言えるだろう。

展望が軌跡になる。別の言い方をすれば、Yossyが言うように「継続は最も簡単に評価を得られる方法」だ。この考え方を持てば、いかに展望が大事かを改めて意識してもらえると思う。

もちろん、展望どおりに事が運ぶ可能性は低い。しかし、重要なことはその一喜一憂の感情をファンと共有することだ。

そしてこうした事柄を意にも介さず突破していくのが、その人が振りまく圧倒的な強さ、もしくは面白さである。ただ、これは大半の人にとってなかなか難しい。

貸借対照表で考える軌跡と展望

ここでちょっと視点を変えて、軌跡と展望を貸借対照表の概念を用いて考えてみたい。

貸借対照表とは企業の財政状態を数字と表で表した財務諸表の1つで、どんな資産を持っているのか、その資産のもとになるお金(負債、純資産)をどのように集めたのかが分かるようになっている。英語でバランスシートと呼ばれるように、資産は負債と純資産の合計に等しい(詳しくはWikipedia参照)。

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資産とは自社がいま持っていて、今後お金を稼いでくれるものを指す。現金預金や商品在庫、設備や土地などが当てはまる(現行の貸借対照表では人的資本が資産として計上されない)。負債は主に他者から借りるなどした返済義務のあるお金のことで、金融機関等からの借金、社債などがある。純資産は主に自社で調達するお金のことで、資本金や利益剰余金などがある。

お金の流れを簡単に追うと、まず借金や資本金でお金を用意して設備や原材料などを購入し、それらを使用して商品を作って販売することで売上を得て、赤字でなければ利益が生まれる。その利益からまた設備などに投資し、売上と利益を増やしていく。純資産が多い(自己資本比率が高い)と健全な経営ができていると見なされて信用が高まり、より多くの負債を抱えることができるようになる。

要するに、企業においてお金は負債・純資産から資産へ、資産から負債・純資産へと増減しながら循環している。だから、お金を貯め込むよりもいかにうまく使って増やしていくかが大事だということだ。

こうした貸借対照表の考え方は、軌跡と展望の考え方と照らし合わせることができる。プロゲーマーが現状持つプレイスキルやファン数、いいね数といった評価は資産であり、軌跡によって生まれる評価は純資産であり、展望によって生まれる評価は負債だからだ(ここで言う「評価」には協賛金のようなお金も含まれる)。

軌跡が純資産であるのは分かりやすいはず。では、展望が負債というのはどういうことか。

プロゲーマーが展望を示すことでファンやスポンサーは期待を抱く。その期待はプロゲーマーが将来成し遂げるであろうことに対しての評価であり、言いかえれば評価を前借りしていることになる。ゆえに、その期待に応えなければ評価を撤回されてしまう。このことから、展望によって生まれる評価は返済しなければならない負債だと言えるのだ(もちろん、負債には利子――期待以上のものが必要だ。焦げつかせないようにしたい)。

もちろん、展望へのロードマップを描き、時々の目的や目標を実現することで評価はさらに高まり、軌跡へと転換される。確たる評価である軌跡が積み重なればより大きな展望を示せるようになり、その展望が前借り評価を生み、前借り評価をもとに資産を増やして目標を達成し、また軌跡を作ることができる。

ここには明らかに評価を通貨とする循環構造がある。これを貸借対照表にならって図にすると以下のようになる(評価貸借対照表とでも呼んでおく)。

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通常の貸借対照表と同じように「資産=展望+軌跡」を数値で表せるわけではなく、あくまでこういう考え方ができるということだ。展望と軌跡は自己研鑽と合わさって資産を生み出し、資産は軌跡を生み出し、軌跡は展望を生み出し……と左回りで循環する。

展望だけが多いとその前借り評価を返済できるのか、ファンの不安は高まる(いわゆる大言壮語)。これは企業が多額の借金を抱えている状態と同じだ。一方で、企業の場合は純資産の比率(自己資本比率)が高いのはいいこととされるが、プロゲーマーの場合は軌跡だけが多いと「昔はすごかった人」「経歴だけの人」と見られてしまう。

なので、展望と軌跡をバランスさせながら評価を循環させていく必要がある。この評価貸借対照表は、ある時点で自分への評価がどういう状態にあるのか、これからどの項目を増やせばいいのかを振り返る指針として利用できるだろう。

応援されるきっかけと応援され続ける理由を作る

それでは、ここまでの内容をまとめていく。

魅力的な軌跡を持つ人がプロゲーマーになると、それがメディアにとって格好のネタになるので取り上げられ、広く知られるきっかけとなり、スタートダッシュでファンを獲得することができる。

しかし、魅力的な展望がなければファンは応援し続ける動機がなくなり、次第に離れていってしまう。プロゲーマーは自分がどこに行こうとしているのかを示すことで、応援され続ける理由を作るのが重要である。

そうして示した展望を実現していけば、それが軌跡となっていく。だから、最初に魅力的な軌跡がなくても諦める必要はなく、着実に活動を続けて軌跡を作っていくのがよい。ただし、展望だけを肥大させていくのは危険だ。期待という前借り評価に応えるべく資産を増やし(自己研鑽し)、展望を実現していかなければならない。

また同時に、軌跡だけが膨れ上がると過去の人になってしまう。そのため、軌跡と展望をバランスよく増やしていき、資産へと繋げ、また軌跡と展望を増やしていくという循環を作るのが肝要となる。どんな展望を示すべきかは個々人による。ポジショニングを意識しながら設定したいところだ。

これらを簡単に要約すると、「ファンがあなたを応援するきっかけを作り、応援され続ける理由を作るべし」となる。まず知ってもらい、それから好きになってもらい、そのあと継続的に応援してもらおうというわけだ(単に好きであることと応援されることは後者のほうが「重い」)。

人は古来、自分たちの由来やさまざまな現象の原因を物語によって説明し、語り継いできた。物語を作り、伝え、理解する能力は生存に不可欠だった。そして、人は物語を好むように進化した。なればこそ、軌跡と展望という2つのストーリーを活用しない手はない。

パブリッシャーのビジョン、プレイヤーの目指す場所

最後に、冒頭のNさんとTさんの会話に戻ろう。Nさんが言うように、『ぷよぷよ』のプロゲーマーは世界大会での優勝やゲームで食べていくといった展望を持つのが現状は難しい。これはliveが指摘しているように、セガゲームスが『ぷよぷよ』をesportsとしてどう展開していきたいのかにかかっており、プロゲーマー自身だけの問題ではない。

パブリッシャーという大きな存在が個々人の展望に影響を与えるのがesportsシーンであり、最もお金が集まるのもパブリッシャーだ。だから、「esportsに取り組む」と明言したパブリッシャー自身が展望を示す必要がある。そこがプレイヤーの目指す場所になり、活動のモチベーションにもなる(逆に、展望が見えないとトッププレイヤーほどモチベーションを維持しづらい……ファンが応援しづらくなるのと同様に)。

他方で、格闘ゲームの世界ではコミュニティ主導で世界一を決めるEVOという大会が育てられてきた。また、国内ではKSBやウメブラ、クーペレーションカップのような、勝利に至上の価値が伴う大会もある。

これらを例にすれば、必ずしもパブリッシャーだけが展望を示さなければならないわけではないことが分かる。プレイヤーが目指す場所はコミュニティ主導でも実現可能なのだ。

そして現に、liveや飛車ちゅうを始めとするぷよ勢たちによって、いま世界最強と名高くもプロライセンスに関心を持っていなかったmomokenがプロを含むトッププレイヤーたちと10連戦する企画「momoken連戦祭」が開催された。

最後の試合に登場したのが、かつて『ぷよぷよ』の競技シーンを1人で作ったとさえ言われる伝説のプレイヤー、ミスケンである。伝説同士の試合は同接視聴者数は4500人を超え、momokenが勝利。結果としても8勝2敗で、最強と言って間違いない。そして、この2敗がむしろ競技シーンの未来を感じさせる。

では、この企画のあと、何が生まれ出るのか。それはまだ明示されていないが、何かしらの形でコミュニティや各々のプレイヤーの展望が示されれば、そこにはまた期待が集まり、シーンを活気づけていくだろう。

ということで、軌跡と展望という2つのストーリーが持つ力について考察してきた。プロゲーマー、プロチーム、あるいはキャスターやパブリッシャー、スポンサー、それ以外の人にとっても、これら2つのストーリーは人を惹きつける源泉となるだろう。

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本編は以上です。以下、余談や小話を有料パートでお送りします。本編で明らかにしていない核心が書かれているということはありませんが、なぜこの記事を書いたのか、なぜこの記事が必要なのかといったことを書いています。

【テーマ】
なぜ弊誌では何度も「プロゲーマー(プロチーム)はファンを作ろう、人気を得よう」というテーマの記事を書くのか

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