🏫昭和11年に寄附した土地の所有権を主張したいらしい(無理) 2/25
この日、腰椎骨折の入院から帰ってきた母の生活も落ち着いてきて、こちらもだいぶ油断していた。
夜。
母が客間に来た。
手に大学ノートを持っている。
なんだ?
「あんた、私がちょっと調べたとやけど、これを読んでくれんね。」
?
「調べた?何を?」
「私の頭の中よ!」
マジかよ…、それは調べたとは言わない。
率直に言って面倒臭かったが、読み始める。
昭和初期、母の父の話から始まるのだが、3ページも続く。
長い。
が、冒頭から
「神社の大宮寺の長男」(祖父のこと)
と言ったかと思えば7行後には
「(長)兄」(祖父の兄)
が登場する。
おいおい雲行きが怪しいぞ?
祖父は仲間達と一緒に、工学校(現在でいう工業高校)を立ち上げたらしいのだが、母は常々「初代校長」と言っていたが、実際調べてみたら三代校長だった。
おいおい雲行きが真っ黒だぞ?
色々ツッコミどころが多すぎたが、最後に突然私が登場した。
託すな!
ギョッとして問いただしてみる。
「これ、何。
戸籍謄本取ってどうするん?」
「これ、お父さん(母の父)が昔、だいぶ広い土地を買って寄附しとるとよ!
なんか私にも権利があるっちゃないかいな。
言ったらどうかならんかね。」
ならん!
何を言い出すのかと思えば。
「自分でノートに寄附したって書いてるやん。
寄附した土地の権利とかあるわけなかろ。
昭和11年からこっち、一度もその土地の固定資産税とか来たことなかろうが。
そこが本当にお母さんのやったら、黙っとっても、税務署が取り立てに来てるよ。」
そういうと、母は非常に不満そうに
「どうもならんとね〜…。」
と呟きながら去った。
認知症の発露が、どこまでも銭ゲバである。
投げ銭歓迎。頂けたら、心と胃袋の肥やしにします。 具体的には酒肴、本と音楽🎷。 でもおそらく、まずは、心意気をほかの書き手さんにも分けるでしょう。 しかし、投げ銭もいいけれど、読んで気が向いたらスキを押しておいてほしい。