【掌編】『卒業検定』
「ねえ、知ってる?」
教習所の無機質な待合室で、隣に座った見知らぬ大きな目の女性に声を掛けられた。
卒業検定の事で頭が一杯だった私は、一瞬遅れて返事をした。
「.....え?...何をですか?」
大きな目の女性は声を潜めて、周りを気にしながら答えた。
「あのね、かなり前の話なんだけど、この教習所で卒業検定の実技試験の時に、運転ミスして大事故起こした生徒がいるらしいのよ」
「え..」
私はショックを受けて言葉に詰まった。
この後、その実技試験が控えてるというのに..
そんな話を聞かせるなんて..
大きな目の女性は私の気持ちなど、まったく気にしない様子で続けた。
「怖いわよねぇ?なんか大変だったみたいよ」
「..そうなんですか..知りませんでした」
女性は大きな目を見開いて私を見ている。
私は視線を逸らしながら聞いた。
「あの..それで、その事故を起こした生徒って、どうなったんですか?」
だが、私の問いかけを聞いたはずの女性は、何故かそれに答えず、黙ったままこの場を立ち去っていった。
遠ざかる女性の後ろ姿を見つめていた私は、心にじわじわと不気味な何かが染み込んでいくのを感じた。
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「大丈夫?」
教官が隣席から覗き込む様に私を見る。
私は慌てて答えた。
「あ、はい!すみません..」
教官は少し頷いて、正面を向いた。
「コースは頭に入ってるよね?」
「..え...あ...はい..」
教官が再び私を見る。
「本当に大丈夫?身体の具合でも悪い?」
私は慌てて否定した。
「いえ!そんな事ありません」
「そう...それならいいんだけど」
そう答えたものの、さっきの女性の話が頭から離れない。
このままの状態では満足な結果が出せない気がする。
私は、思いきって教官に尋ねた。
「...あの、以前、運転ミスをして大事故を起こした生徒がいるって聞いたんですけど...」
教官は聞いた途端、あぁ、とタメ息の様な声を出した。
そしてこう続けた。
「またアイツか..入ってこない様に気をつけてるんだけどなぁ...」
「私の聞いた話って、本当なんですか?」
教官は逡巡する様にしばらく黙ったが、やがて口を開いた。
「..ああ、本当の事だけど、遥か昔の原始的なテクノロジーの時代の話だよ」
「....そうですか、本当なんだ..」
沈んだ声を出したのが自分でも判った。
教官がそんな私を見て、励ます様に声を掛ける。
「でも、自由に乗りこなせる様になれば、世界が広がるぞ」
教官の気持ちを感じた私は、その言葉に応えた。
「あ、はい。頑張ります」
「よし!じゃあ、そろそろ時間だ」
「よろしくお願いします」
私は気持ちを切り替えて、出発する準備をした。
そして最後に確認の為、聞いてみた。
「あの、念の為に知っておきたいんですけど、その事故が起こった場所って、どの辺なんですか?」
教官は、少し言いづらそうにしながらも、漆黒の大きな瞳で私を見ながら答えてくれた。
「ああ...ロズウェル...地球だよ」
地球..
今日、私が生まれて初めて近づく事になる惑星だ。
そういえば以前、地球を旅した事のある友人が、そのユニークで美しい世界に心底感動したと話してくれた。
瞬時に心の雲が払われた気がした。
よし!行こう!
私は、神秘の青い惑星に想いを馳せながら、大きな空に向けて小さな船で飛び立った。
【終】
サポートされたいなぁ..