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【掌編】『素敵じゃないか!』

土曜日、早朝。
朝4時まで営業してる居酒屋から、追い立てられる様に外に出た。

「風邪ひかないでね。ありがとねぇ」

還暦を過ぎた白髪の男性店長は、疲れた様子で僕と彼女にそう言い、アルバイト2人と店の掃除を始めた。

4月の朝はまだ寒い。
小柄な彼女は赤い顔で、大きなアクビをしてから僕に言った。
「..メチャ寒いね。始発までどうする?」
最寄り駅の始発は5時05分。
あと1時間とちょっとだ。
「どうしましょうか」
「私、とりあえず温かいのが飲みたい」
「コーヒーでいいですか?」
ペンギンの様に、縮こまって頷く彼女のリクエストに答えるべく、僕は近くの自販機まで歩いた。そして、すぐ彼女の元に戻った。
「もう、ホットは終わりみたいです」
彼女は大袈裟なリアクションで応える。
「ガーン!まだ早いよぉ。じゃ、コンビニ行こう」
カワイイ酔っ払いだ。
「はい...じゃあ、駅の近くですね」
そして、僕と彼女は徒歩10分の最寄り駅に向かって足を踏み出した。
その途中、赤ら顔の彼女が僕に聞いてきた。
「ねえ、原田く~ん。あの居酒屋って、なんで朝4時までか知ってる?」
突然のクイズに、僕は少し考え込んだ。
「えっ..多分、終わってから店の掃除したら、店の人達がちょうど始発に乗れるからじゃないですか?」
それを聞いた彼女は突然立ち止まり、酔いが残った口調でこう答えた。
「違うよぉ、原田くん、ぜんぜん違うよぉ」
「え?...違うんですか?ちゃんとした理由があるんですか?」
すると彼女は、無理矢理の真剣な顔を作った。
「原田くん、キミねえ、現代社会はすべて緻密な計算で成り立ってるの。もっとちゃんと考えてみて」
「あぁ、はい..」
そう答えたものの、彼女同様、アルコールでふわついた今の頭では、答えに辿りつけない気がする。
「すいません、ヒントください」
彼女が顔をしかめる。
「しょうがないなぁ..ヒントは今のキミと私のこの状態だよ」
「はい?..」
どういう意味だろう?
さっきまで僕は、大学のゼミの先輩である彼女と2人、居酒屋で飲んでいた。そして今、始発に乗る為に駅に向かい歩いている。
「えっと...」
言葉につまる僕に彼女が問う。
「チミは、さっきまで私とお酒を飲んでた」
「あ、はい..志村けん入ってますけど」
「いいから!で、その時、どんな気分だったの?」
酔ってるとはいえ、そう直球で聞かれると..

はっきり言うと、僕は先輩である彼女に惹かれている。

そして、飲みに誘われて嬉しかった。
酔いが手伝い、その素直な気持ちを口にした。

「はい..ホンットに楽しかったです」

彼女は納得した様に頷く。
「そう。それでよし。で、今はどんな気持ち?」なんか妙な方向に誘導されてる気がすると思いながらも、僕は答えた。
「..それは、その、名残惜しい気がしてます」「ふーん。..そうなのね」
「あの..結局、なんで4時までなんですか?」
すると彼女は企む様な顔になり、こう答えた。「あのねぇ、あの居酒屋が4時までの営業なのは、この始発までの時間をドラマチックに演出する為なのよ」
僕は本気で聞き返した。
「..え?..どういう意味ですか?」
「だからぁ、楽しく盛り上がった2人の為に、あえて4時で閉めてるの。これが5時までだったら、すぐ始発で、はい、さよなら、で終わりでしょ?3時だったら時間をもて余しちゃうかもしれないよ。だから4時なの。そうやって、あの居酒屋の人達はささやかなステージを用意してくれてるのさ」
そう言い終わった彼女は照れた様に俯いた。
それって、本当なんだろうか?
でも何故か僕は、彼女の珍説に妙な感動を覚えた。多分、アルコールの影響が大きいのだろう。ちょっと引っ掛かるけど、この際、真偽のほどはどうでもいい。
素敵じゃないか!
「...そんな理由があったんですね」
「そうだよ。深いでしょ?」
そう言って俯いたまま笑う彼女に僕は答える。「はい..深いですね。はははっ..」

すると僕達の間に沈黙が訪れた。

僕と彼女は黙って、そのまま並んで歩き続ける。
ふう...
始発まで約1時間..
僕は、その居酒屋の粋な演出に応えられるのだろうか?
そっと左に視線を送ってみる。

彼女は、じっと下を向いたまま歩いている。

その時、居酒屋の白髪の店長の疲れた顔が僕の胸をよぎった。

僕と彼女の為に..
有り難うございます。

なんか、さっきの彼女のドラマチックな居酒屋の話が本当に思えてきた。

そして僕は、彼女の横顔を見ながら、こう誓った。

居酒屋の皆さんの為に、なんとしても期待に応えるぞ!

よーし!!
あ、

「あ、あのぉ!!」「原田くん?」

「え?あ、どうぞ」
       「いや、そっちからどうぞ」

「い、いや、そちらから」
         「そっちからでしょ」

「いやいや、先輩から」
         「いやいや、後輩から」

(おわり)

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