【ショートショート】『絶体絶命、日本代表分裂の危機!』
「キャプテン!俺、納得出来ないですよ!何であんな奴が日本代表に選ばれたんですか!」
WCカップに向けた合宿の途中、練習を終えてグラウンドでストレッチしていた俺に、代表メンバー最年少の犬山が強い口調で言った。
犬山が言う【あんな奴】とは、練習もせずに、今もグラウンドにブルーシートを敷いて寝っ転がり、酒を飲んでいる男の事である。
「それは..俺には解らん..」
そう答えた俺の脳裏に、『キャプテンを任せる』と通訳を通して言われた時の監督の言葉が甦った。
【釜堀さん。監督はアナタにキャプテンとして、チームをまとめて欲しいと言っています。そして、何があっても私を信用してくれとも..】
犬山はさらに強い口調で続ける。
「キャプテン!アイツを代表から外す様に監督に言ってくださいよ!」
俺は、犬山をなだめる様に答えた。
「いや、それは無理だ..犬山、監督の実績を知ってるだろう?WCカップ3連覇のあの人だぞ」
今年から日本代表の監督に就任したのは、あの伝説の男、日系ニュージーランド人の【御杉斗ピーコ】だった。
ピーコ監督は、現役時代にニュージーランドのトップリーグで数々の個人記録を打ち立て、選手として祖国ニュージーランドを史上初のWCカップ3連覇に導いた、正真正銘のレジェンドである。
そして一昨年、現役を退いた後、ニュージーランド代表の監督に就任すると見られていたが、ピーコ監督が選んだのは、自らのもう一つのルーツである、ここ日本だった。その発表がされた時、世界中のファン、関係者に衝撃が走った!
マスコミのインタビューにピーコ監督は
「日本代表を必ずWCカップで優勝させる」
と力強く語っていた。
そして1ヶ月前、ピーコ監督により今回のWCカップ予選の代表メンバーが発表された。
代表メンバー25人中24人は国内JOYリーグのトップ選手だったが、1人だけ全く知らない名前があった。
【鬼瓦太蔵】(56) アルバス工業
誰だろうか..56歳?
その鬼瓦太蔵がベールを脱いだのは、先々週、監督と選手全員が揃った記者会見の時である。
選手全員が同じデザインのスーツを着て座る中、鬼瓦だけ無精ひげを生やし、アルバス工業の作業服を着ていた。
そして鬼瓦は、一升瓶を片手に持ち、真っ赤な顔で周りにくだをまき散らしている。
「冗談じゃないよ、お前ら、そんな気取った格好しちゃってよ」
集まった選手一同と記者達は、鬼瓦の姿を見て困惑していた。
だが、記者達は動揺した様子ながらも、皆、プロとしての仕事に徹し、鬼瓦を居ないものとして、監督、選手に理性ある大人として質問をしていた。監督も何故か鬼瓦には一切触れる事は無かった。
そんな中、今期JOYリーグMVPの俺に記者が問いかけた。
「釜堀さん。エースとして今回のWCカップにかける意気込みをお願いします!」
国民の皆さんの期待をひしひしと感じていた俺は、真摯な態度で答えようとマイクを握った。
「加島チャンドラーズ所属の釜堀でございます。え~、今回ピーコ監督の下に集まっ..」
突如、俺の握ったマイクが何者かに奪われた!
そして、会場中に放送禁止用語が響き渡った!
「●●●●●、●●●、●●●●●●」
見ると、酔った鬼瓦がマイクを持って暴走している!
会場は大混乱に陥っている!
な、何故、こんな奴を代表に..
俺はピーコ監督を見た。
すると監督は何故か、暴れ回る鬼瓦を見ながら満足そうに頷いていた..
その悪夢の様な会見から1週間後に始まった合宿でも、鬼瓦はグラウンドにブルーシートを敷いて酒を飲み続けている。
ピーコ監督はその姿を見ながら、また満足そうに頷いている。
一体、どういう事だ..
その鬼瓦の姿を見かねた他の選手達が、キャプテンの俺の所に次々と集まってきた。
「釜堀さん!アイツどうにかしてくださいよ!」
「本当ですよ!あんなのがいたら、集中できませんよ!」
「アイツ、酒飲んでるだけじゃないですか!なあ、みんな」
「そうですよ!アイツには代表としての自覚が無いんですよ、なあ!」
「本当だよ!アイツさえいなければいいのに!そうだよな、みんな?!」
「本当っすよ!そうですよね?皆さん!」
「アイツを代表から外すために、俺達、一致団結しましょうよ!釜堀さん!」
俺は、選手達の言葉を聞きながら不思議な感覚を覚えていた..
彼等の中に強い連帯感が生まれている様な気が..
ま、まさか、これがピーコ監督の狙いか!
このために鬼瓦太蔵を招集したというのか..
共通の敵を作る事によって選手達の間に一体感を生むという、この高度な戦術..
しかも相手ではなく、味方の中に敵を作るとは..
流石はレジェンド、御杉斗ピーコ!
俺は20メートル程離れた所に居る、ピーコ監督を見て強く頷いた。
すると、ピーコ監督はニヤリと笑ってサングラスをかけた。
この瞬間、俺は確信した!
今回のWCカップは日本代表がもらった!
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「ねえ、おじいちゃん、このひとたち、なんのれんしゅうしてるの?」
「ああ..たしか..カバディってスポーツの人達じゃないかな」
『おい!犬山、声出していこうぜ!カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ...』
【劇終】
監督、脚本/ミックジャギー/出演、釜堀邦茂役.松岡縦造、犬山役.亀野興毅、鬼瓦太蔵役.松町邦洋、御杉斗ピーコ役.ダイブ・スベッター
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