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ぷらいど
「自分の名前を、自信を持って書ける人になりたい」
これまで、数え切れないほど、自分の名前を書いてきた。
手紙、プリント、テスト、持ち物・・・
名前を書くと、「あ〜私って、こういう名前だったんだな」って思う。
いや、思う時がある。
大概、名前を書いている間、別のことを考えているか、虚無、だ。
飽きる、を通り越して、もはや何も感じないその名前。
でも、ある意味、自分を自分たらしめている、この世に、自分の輪郭を、自分の影を、のこしてくれるもの。
自分にしかないもの。
じゃあ、自分が、大切にしてあげないとね、と思う、思ってあげられる自分でいたい。
大切にする、には、いろんな方法がある。
たとえば、自信をつけてあげる、こと。
いや、自信を“みつけて”あげる、こと。
「自信もって!」「自信をつけてあげる」「自信を持てるように」
よく聞く言葉。
でもさ、
もしかしたら、自信は、自分がもう持ってるかもよ、なんて。
たとえば、
「〇〇したことあるよ」
「〇〇しちゃったことあるよ」
「〇〇になっちゃったことあるよ」
「〇〇に罹っちゃったことあるよ」
「〇〇って言われたことあるよ」
「〇〇されたことあるよ」
〇〇、に入るのは、決してプラスのできごとだけじゃない、なんなら、マイナスなできごとが多ければ多い方がいい、ような気も。
〇〇、を経験したから、〇〇、の時間を過ごしたから、こういう考えを持てるようになった、とか、そういうのがあると実感してるから。
痛い、苦しい、はずかしい、悔しい、つらい、が、あるから、似たような経験をしてる人に、かけられる“ほんとの”言葉がある、だから、無意味じゃないんだと、信じたい。
そういうののひとつひとつが、ねんどみたいに合体して、「自分の自信」になっている、ような。
でもそれは、キラキラしたものでも、綺麗なものでもない。
泥臭くて傷だらけで、お世辞にも綺麗とはいえない。
頑丈じゃなくて、軟弱で。
打たれれば大きく凹むけど、決して破れない。
かたいもの、より、やわらかいものの方が、
強いことだって、あるんだぜ?
なんて、「ぜ?」って強がってみたりして。
PRIDEっていうと、なんかきらびやかで強そう。
プライドっていうと、なんかかたくて無機質。
だから、
「ぷらいど」
自分のこれまでを、ぜんぶ、自分の「ぷらいど」にする。
そして、
もちまえのやわらかさがあるから、いろんなかたちになれる。
あたらしい、“自信候補”のねんどのかけらたちを、受け入れることができる。
そんなふうに思えたら、もう少し、違った気持ちで、いつもとおなじ____でもこれまでよりも、すこし力強い自分の名前を、好きになれるような気が、する。
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