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沈黙の価値

 昨日の松葉舎の授業の時、塾生の方が話していた話題がとても興味深いものでした。

 その方は今まで自分はいかにうまく言葉にするかということを考えて来ていたが、今はいかに黙るか、ということにシフトしてきていると話しました。
 その方はそう話したあと、つい先日その方が主催して開催したトークイベントでの出来事を話しました。

 その方がトークイベントを開催した時、イベントが終わった後にそのイベントを見ていた人から「難しい話をするんだったら、イベントの初めに言っておいた方が良かった」と言われたそうです。
 その人がそんなことを言った経緯を聞いてみると、その人がトークイベントの時、参加者で発言しなかった人がいたのを見て、発言しなかった人は理解できなかったり、詰まらなかったりしたから発言しなかったのだと判断し、そのイベントが失敗だと感じたからそういう発言をしたようでした。

 しかし、トークイベントを開催した塾生は、参加者には事前にどういうイベントであるか伝え、関心が無ければ参加しなくて良い旨を伝えているし、ある程度知っている仲の人を参加者として呼んだから、黙っている人も発言しないだけで自分なりに考えたり刺激を受けていると分かっていました。実際、イベント中はずっと沈黙していたけど、イベントが終わった後に主催者である塾生のところに来てずっと話していた人もいたそうです。だから、その塾生の方はそのイベントに手ごたえを感じていました。それなのに、発言しない人がいるというだけで短絡的に失敗だと判断をしたその人の発想は貧しいし、そんな発想をすること自体が発言していなかった参加者に失礼だと思ったそうです。
 そういった経緯もあり、沈黙の価値について考えることがあったそうです。
 
 塾生の方はその話に続けて、イベント中ずっと沈黙している人に対して「発言されていませんがどうですか」と水を向けるのも違うのでは、とも話していました。言葉に出来ない思いを無理に言葉にさせることは、果たして本当にその人にとって「良い」ことなのか、という問いです。
 それについて別の塾生の方から、啐啄動機さいたくどうきという言葉が紹介されました。これは卵が孵化するときは、卵の中のヒナが殻を自分のくちばしで破ろうとする丁度その時、親鳥も外からその殻を破ろうとする、そのタイミングがピタッと一致するからこそ、ヒナ鳥はこの世に卵を破って外の世界に出ることができる、ということを表現している禅語です。
 この禅語は親鳥を師匠、ヒナ鳥を弟子と捉え、弟子が自ら進展する一歩を踏み出すとき、師匠がちょうど良いタイミングでその一歩を後押しすることの大事さを鳥の親子の寓話で表現しています。

 イベントの主催者(塾生の方)と参加者は師匠と弟子の関係ではありませんが、参加者の言葉にはならないけど内でいろいろな反応が起きている状態を、敢えて発言させないことで見守り、適切なタイミングを計る塾生の方の姿勢を啐啄動機さいたくどうきという言葉で表現されたのだろうと思います。


 その塾生の方の話を聞いて、確かに黙っていることが即ち何も考えていない、何も受け取っていないというわけではないよな、と思いました。
 私も、非常に刺激的で興味深い話を聞いたとしても、その感動や衝撃を言葉として表現できるのはずっと先になることはあります。翌日かも知れないし、一週間先かもしれないし、一か月先かもしれないし、何年か先になるかもしれない。実際、何年も前のことを思い出して「あの人があんなことを言っていたのはこういう意味だったのか」と気づくこともありました。
 そういう意味でも自分が得たものを咀嚼し、消化する時間として、沈黙の期間は必要だと思います。

 また、言葉に出来ない時に無理に言葉にしないこと、言葉に出来ない時は沈黙を選ぶことも同じく大事だと思いました。
 ヒナが卵から孵るには一定の時間が必要なように、出来事から得た感動や衝撃が言葉になるには時間が必要な時があります。それを無理に言葉にしようとしたら、孵化できる前の卵を割って中のヒナが死んでしまうように、感動や衝撃をうまく消化できずに終わってしまうことがあると思います。
 あるいは、無理に言葉にしてしまうことで、しっくりこない言語化、中途半端な言語化になってしまい、そのことで「発言した言葉に引っ張られる」現象が起きて、より良い表現が見つかる機会、自分の言葉を見つける機会を失うかもしれません。

 塾生の方がお話したように、アウトプットをいかにうまくするか、ということだけではなく、アウトプットに至るまでの沈黙の期間をいかに大切にするか、ということは出会った出来事を咀嚼し、自分のものにするために非常な大事な視点だと思いました。

 …ということを、何か感じたことがあったら黙らずにすぐ言語化してしまう私が言ってもあまり説得力はないのですが笑



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