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雪の誘い

   雪のいざな
                         鳴沢 湧

 栃木県北部では大雪との予報が去年の内からずっと出ていた。
雪と言えば能『鉢の木』である。宝生流 近藤乾三師のシテで、舞台ではなく、テレビで見たのかもしれない。記憶もあやふやになってしまった。
《あーぁ降ったる雪かな、いかに世にある人の面白う候らん、それ雪は鵞毛がもうに似て飛んで散乱し》と謡う『鉢の木』を思い出した。これは次に掲げる白楽天の詩からの引用である。

 酬令公雪中見贈  白楽天
雪は鵞毛がもうに似て飛んで散乱し
人は鶴氅かくしょうを着て立って徘徊す
沙門宿を借る隠士のいえ
一夜炉を囲んで清談めぐ
貧居ひんきょたきぎ無く鉢の木を焚く
真情粟をいて共にばいを為す
ひつには甲冑かっちゅうぞうして古色をそん
なげしには刀槍とうそうを掛けてちりを留めず
幾たびか姓氏せいしを問うて始めて答あり
知るを得たり往年文武の材
他日関東軍令ぐんれいつと
果たせるかな痩馬せきばせてさきがけを為す

数百メートルの所にあるホームセンターへ買物に行った。出掛けに風花の舞うのが見えた。
往きはチラチラ舞うくらいだった雪が、帰りにはかなりの降り方である。つい風流な気分になってきた。

「鶴翔はなけれど雪に徘徊す」
かくしょうは なけれどゆきに はいかいす
「帰り道塞いで雪が舞い狂う」
かえりみち ふさいでゆきが まいくるう
「舞い狂う雪が誘う郷の谷」
まいくるう ゆきがいざなう さとのたに
「幾星霜雪が誘う里心」
いくせいそう ゆきがいざなう さとごころ
「亡き父母も亡き妹も墓の雪」
なきふぼも なきいもうとも はかのゆき

写真前列中央が私、右の方はつい先日物故されました。(合掌)
古い、20年以上も昔の写真です。

最初の一句「鶴翔」が外套のようなものなので、季語になるかと思ったのですが、歳時記にないので「雪に」に替えました。


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