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15年前、コンテンツマーケティングの原体験で学んだこと

私が最初にコンテンツマーケティングの原体験をしたのは、15年前のことでした。当時、私が携わっていたJALの機内誌は、既存顧客のリピーター化、つまり「またJALに乗って旅行しよう」と思ってもらうというロイヤルティの向上が主な目的でした。機内誌には「JALってこんないいサービスですよ!またJALに乗って!」というプロモーションの記事はほとんどありません。読者に「旅の面白さ、世界の面白さ」を知ってもらうことで、旅をしたい!という人が増えることを狙った戦略なのです。

以下は、よく言われるコンテンツマーケティングの定義です。

コンテンツマーケティングとは、見込み客や顧客にとって価値のあるコンテンツを提供し続けることで、興味・関心を惹き、理解してもらい、結果として売上げにつなげるマーケティング戦略のこと。 何度も訪問して購入してくれる優良顧客を育むためには、継続的に訪問したくなるコンテンツ戦略が重要になる。

私が「何度も訪問して購入してくれる優良顧客を育むために」意識したコンテンツ作りの条件は、下記の5つでした。明文化していたわけではありませんが、編集者の暗黙知として受け継がれてきた黄金律のようなものです。

#1  意外性
#2  独自性
#3  幸福感
#4  発見・気づき
#5  トピックス性

機内誌は海外や国内を飛行機で移動するときに読むものなので、扱うテーマは当然「旅」が多くなります。しかし、ただ観光名所を紹介するだけでは、上記の黄金律を成立させ、読者に満足してもらうことはできません。なので、宿泊施設や観光地のお役立ち情報だけではなく、世界中の各地に根づく人・文化を通じて、その地の魅力を楽しみながら深く知ってもらうコンテンツ作りをめざしました。そのために、乗客にいかに退屈せずに読んで楽しんでもらうか。機内は窮屈な空間と退屈な時間に覆われています。その空間と時間をいかにしてくつろいで、また旅に出かけたい!と思ってもらうか。それが最重要課題でした。

そこで当時、私がコンテンツ企画をどのように考え、それがコンテンツマーケティング施策として、どのような役割を果たしたか、についてお話したいと思います。

「舞台裏」というコンテンツの鉄板企画

私自身が企画を考えるうえで軸にしていたのは、「舞台裏」でした。「舞台裏」を描くのは、ふだん接することのない人たちの人間模様を描き、「意外性」「独自性」「幸福感」「発見・気づき」「トピックス性」の黄金律を網羅しやすいコンテンツ作りの鉄板なのです。

私は、日本在住の外国人ジャーナリストと組むことが多かったのですが、特にお気に入りでよく組んでいたのは、あるイギリス人のジャーナリストでした。私は彼のイギリス人特有のユーモアセンスがとても気に入っていて、彼のキャラクターを生かして何かできないかと考えました。外国人ジャーナリストを重用したのは、海外取材では英語のほうがより深く掘り下げやすいというのもありました。

そこで彼に「舞台裏体験シリーズ」と題して、体験レポートを書いてもらうことにしました。これは旅行者に「海外でこんな面白い体験をしてみては?」と訴求するのではなく、「クスっと笑いながら読んでもらう」ことで、その土地の文化を奥深くまで知ってもらいたいという思いがありました。

たとえばロンドンのボディガード養成学校。ロンドンといえば近衛兵が有名ですが、近衛兵の発展形でもあるボディガードが、イギリス人にとってどんな存在なのか。私たちがふだん接することのないボディガードですが、ボディガード養成学校で痛い目に遭いながら、厳しい訓練を体験してもらうことで、ボディガードという仕事の社会的ポジションや、イギリス人の安全に対する考え方を伝えました。

あるいはモスクワのサーカス学校に一日体験入学。ボリショイサーカスで有名なようにモスクワはサーカスのお膝元。サーカスを観るだけでなく、サーカス学校で平均台から何度も落ちながらその訓練の厳しさを体験し、またプロのサーカス団員たちにインタビューをして、彼らがどうやってあのようなアクロバットな技を身につけてきたのか、またサーカスという仕事への誇りを語ってもらうことで、サーカスの魅力に迫りました。

あるいはトンガ相撲。かつて日本の力士にはトンガ人も多くいました。そこでトンガという南太平洋に浮かぶ小さな島国で、なぜ相撲が根づいているのか。日本での活躍を夢見て日々練習に励む若き力士たちの稽古に参加し、投げ飛ばされながら彼らと交流し、トンガという国がいかに日本と文化的に深く交流がある国であるかを伝えました。

「舞台裏の物語」は追体験に価値を与える

私は旅の醍醐味は、その土地の人びとと触れ合い、そして、その人たちが育んできた生活習慣や文化を体験することだと思っています。それをコンテンツを通じて読者に知ってもらい、一生の思い出に残る旅行体験をしてもらいたいと考えていました。もちろん、ツアーで定番の観光地を巡って記念写真を撮って、美味しい食事をして、快適なホテルに泊まる――というのも旅行体験の楽しみ方のひとつです。しかし、そんな体験でも、訪問地の文化を深く知っているか、知らないかで、思い出や感動の深さは大きく違ってきます。

私は読者に旅の醍醐味を体験してもらうために、いつも「舞台裏」をコンテンツ作りの軸にしていました。もちろんイギリス人ジャーナリストを起用しない企画でも同様です。

たとえば「宇宙旅行」特集では、米国の航空宇宙博物館をはじめ、NASA,運輸省、宇宙旅行会社、米軍基地、宇宙飛行士など、宇宙旅行に関する観光地から、その開発に関わる舞台裏の人まで取材しました。

「ディズニワールド」特集では、スポット紹介だけでなく、ディズニーワールドの創始者ウォルト・ディズニーの右腕だった伝説のプロデューサーやキャスティングディレクターなど裏舞台の仕掛け人たちを取材。ディズニーランドやディズニーワールドの世界観がいかにして作られてきたかを紹介することで、よりディズニーの奥深い世界を楽しんでもらえると思ったのです。

「メジャーリーグ」特集では、野茂英雄投手がニューヨーク・メッツに移籍したタイミングで、東地区のメジャーリーグを訪れました。そのときは「ベースボールの起源を巡る旅」というテーマで、ベースボール生誕の地とされるクーパーズタウンをはじめ、100年以上前に野球のルーツとなったと言われる球技をしている町、メジャーをめざすマイナーリーグの選手たちなどを取材し、メジャーリーグが現在の人気スポーツに発展するまでの歴史を追いました。

「ウクレレ」特集では、ハワイのウクレレ工場を中心に、現地で人気のウクレレミュージシャンを取材し、ウクレレがなぜハワイという土地で生まれたのか、ハワイにとってウクレレ音楽はどんな意味を持つのかを考察しました。

以上、いくつかの「舞台裏」の取材の狙いを説明しましたが、これらが、ただ「NASAや航空宇宙博物館を観てきました」「ディズニーワールド完全マニュアル」「メジャーリーグ観戦」「ウクレレ工場探訪記」に留まるレポート記事だったらどうでしょう。興味を持って実際に訪問をしてくれる読者もいるかもしれません。しかしそれは、「ああ、これが記事で紹介していたところね」と、ただの追体験になりかねないのです。「舞台裏の物語」は読者に疑似体験を与え、追体験に新しい価値を与えるのです。そして、読者はその価値を生んだコンテンツを信頼し、その発信者である企業に信頼を寄せてくれることになるのです。

「舞台裏」とは「見たものに別の視点を与えること」

お金をかけて取材をすれば、黄金律のコンテンツは作りやすいのですが、予算も限りがあるので、すべての記事を取材して作れるわけではありません。そんな取材がない場合でも、いかにして付加価値の高いコンテンツを作るか。これもやはり「舞台裏」を基本にしていました。

当時はまだインターネットがそんなに普及していなかったので、情報収集(ネタ探し)は主に図書館でした。週に一度、図書館へ通い、TIME、Newsweek、National Geographicなど海外の雑誌のベタ記事からネタを集めていました(あえて旅行誌は避けていました)。

たとえば「売春をするアデリーペンギン」という記事をたまたま見つけたときに、南極の美しい風景とそこに棲むアデリーペンギンの写真を集め、記事を作ることにしました。そこから「アデリーペンギンの秘め事」というテーマで、南極という美しくも厳しい環境でたくましく生きるアデリーペンギンを通じて、生物学者に生態系の不思議について寄稿してもらいました。

「舞台裏」とは「見たものに別の視点を与えること」であり、それがすなわち「編集」だと考えています。企画を考えるうえで旅行誌をあえて参考にしなかったのもそのためです。

「意外性」「独自性」「幸せな気分を与える」「発見・気づき」「トピックス性」を読者に与えて満足してもらうために必要なのが、この「編集」という作業なのです。

優良顧客に満足してもらえるコンテンツとは

当時、ある読者の方から記事についてクレームの電話をいただいたことがあります。私が担当した記事ではなかったのですが、担当編集者が留守だったので、私が電話対応することになりました。

クレーム内容は、ある記事に高山植物の写真が掲載されていたのですが、その植物の名前が記されていない、というクレームでした。電話をされてきた方は高山植物にとても詳しいようで、せっかくの綺麗な貴重な花なのに名前が明記されてないのは非常にもったいない、と。そして電話越しに、延々とその高山植物について解説を始めました。ずっと「すみません。なるほど。貴重なお話ありがとうございます。勉強になります」と頷きながら聞いていると、今度は「うちの妻がもっと詳しいのでちょっと代わります」と、また話が続きます。そんな感じで1時間くらいでしょうか。ずっと高山植物についての講義を聞くことになりました(笑)。

電話を切った刹那、「ウザい読者だなあ」と思ったのですが、同時に私たち編集者が「ま、いいか」と妥協すると、読者はすぐ見抜くから油断できないなと痛感したことを覚えています。機内誌というのは、写真をメインにしたビジュアル誌ということもあって、本文にない情報を写真キャプションで書くことも重要なタスクのひとつでした。しかし、たまたま綺麗な高山植物の写真を使ったものの、高山植物がテーマの記事でもなかったので、担当編集者にも油断があったのでしょう。あとから聞くと「調べたけどわからなかったから、ま、いいかと思って」ということでした。

しかし、読者はそうではありません。クレームの電話をしてきた読者は、そこまで熱心に記事を読んでくれている顧客です。このような読者が納得して満足する記事を作らなければ、「何度も訪問して購入してくれる優良顧客」にはなってくれません。「ウザい顧客」を満足させられなければ、「優良顧客を育み、継続的に訪問したくなる」コンテンツとは言えないのです。逆にこのような「ウザい顧客」も納得できる記事になっていれば、「何度も訪問して購入してくれる優良顧客」を増やすことはできるのです。

前回も紹介したDIGIDAYの記事「SNSユーザーの43%は、コンテンツの元サイトを知らない:認知率が最低なのはライフスタイル分野」にある、読者から支持されない三大コンテンツを改めて記しておきます。

読者から支持されない三大コンテンツ

① エバーグリーンコンテンツ
いつでも読める内容のコンテンツ
② コンテンツファーム
訪問者を増やして広告収益を得るために、品質の高くないコンテンツを大量に作成・配信するサービス
③ クリックベイター
タイトルは目立つが不正確な記事を配信するサイト

近年はコンテンツマーケティングの名の下、クラウドソーシングを使った大量生産のテンプレートコンテンツが氾濫していますが、それは読者が求めていることではありません。読者がコンテンツに求めるのは、「継続的に訪問したくなる価値のある体験」なのです。

(文・成田幸久)

コンテンツ制作に関するお問い合わせはこちらへ。narita.yukihisa@gmail.com

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