本と活字館(東京都新宿区・市ヶ谷駅)
市ヶ谷駅から外濠通り方面へ橋を渡り、外濠通りから長い坂を登った先にある大日本印刷株式会社。同業の凸版印刷と共に、日本における印刷業を常に牽引してきた大企業である。天を貫くような高層オフィスビルの裏手、時計塔の印象的なレトロな建物が企業の監修している本と活字館である。
入館すると受付の奥にかつての印刷工場を再現した作業場がお出迎え。外側からの見学のみではあるものの、日によっては予約制で活版印刷体験ができる。一文字ずつスティック状の文字版を棚から拾い集めて組み上げて文章にし、字間や行間を調整しながら器械にセットして専用の印刷機でインクを乗せて印刷するという活版印刷はかつて印刷の普遍的な工程で、作業場にはそれらの機械も紹介されている。
一文字ずつ原画を描いた作字、彫刻機によって活字の母型を彫って金型を製作する鋳造、できた活字を一文字ずつ拾い上げる文選、活字をページの形へ組み上げる植字、版を器械にセットしてインキを塗布して紙に刷る印刷、そして印刷した紙を折って重ねて綴じる製本という工程を1階の展示スペースで工程ごとに紹介しており、文字から文章になり活字として印刷して製本するまでの体系が理解できる。
大日本印刷の前身は秀英舎といい、今から140年以上も前に設立された会社。名付け親は勝海舟で、イギリスより秀でた技術を、という思いから付けられた。大日本印刷で開発された独自の書体として「秀英体」という書体もあり、こちらは現在におけるフォントデザインに大きな影響を与えている和文活字の源流である。現在でもその書体は開発し続けられている。大日本印刷で作られた本の代表的なものは広辞苑。他にもホトトギスやキング、週刊新潮など多岐に渡った雑誌も作られている。
2階は制作室となっており、予約制で実際に印刷と本作りを体験できる場所になっている。こちらで卓上活版印刷機やリソグラフなどの機器を使用してオリジナルの印刷物を作ることができるという本格的なワークショップを行なっており、体験できなくてもそれぞれの器械のデモンストレーションをスタッフの方が行ってくれる。リソグラフはその特徴からカラー印刷をずれ込んで作ることができるそうで、海外でアート作品として評価されている向きもあるという。一角にある企画展示室ではそれらの器械を使用したスタッフの作品が紹介されている。
地下階はタブレットで大日本印刷の歴史を紹介している他、床下にはかつてこの建物を支えていた松の支柱が格納されている。庭に出ることもでき、庭に生えている植物のプレートが広辞苑の紹介文になっているのも特徴的。庭からは建物の象徴である時計台が間近に見上げられる。重要文化財である三河島汚水処分場を生み出した土居松市と宮内初太郎の設計によるという。トイレはウォシュレット式。近年では村上春樹や宇野亞喜良も訪れたという本と活字館、本好きなら寄っておきたい場所であることは間違いない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?