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人的資本経営の本質〜人の可能性を信じる経営〜

ここ数ヶ月、人的資本経営という言葉をよく聞く。新聞や雑誌、ネットメディア、カンファレンスのトピックとしても目に入らない日はない。

事実、Google Trendでのその検索数の推移を見てみると顕著な動きが見られる。特に、2022年に入ってから世の中の関心度は高まっていることが伺える。

それもそのはず、5月には経産省から人材版伊藤レポート2.0が発表され、7月には一橋大学の伊藤邦雄先生を発起人とする民間企業を中心の人的資本経営コンソーシアムが設立され、8月には内閣府から人的資本可視化指針が公表された。まさに、国家、民間企業、市場を巻き込んだ一大プロジェクトとも言えるのが「人的資本経営」なのである。

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=%E4%BA%BA%E7%9A%84%E8%B3%87%E6%9C%AC

しかし、この人的資本とは何も新しい概念ではない。上記の検索数の推移を見ても、過去2004年-2007年においても一大ブームを巻き起こしていたように見える。実は、「人的資本」(1964)はシカゴ大学の教授であったベッカー教授によって体系化された経済論文に始まる。ベッカー教授は1992年にはノーベル経済学賞を、2007年には大統領自由勲章を授与されている。そして2000年代半ばには、日本にも来日されており、当時、筆者が通っていた大学でも講演されており、筆者も拝聴して、賢くなった気がしたことを昨日のことのように覚えている。

ベッカー教授が唱える「人的資本」の理論とはまとめるとこのように表現される。

人を資本とみなし、投資すれば必ず見返りがあるという合理的な前提に立っています。自分に投資し、生産性を高めれば、より高いベネフィットを得られるという考え方です。

https://www.hit-u.ac.jp/hq-mag/chat_in_the_den/390_20200930/

人材育成、自身のキャリア、子育てや教育を考える上で、非常に参考になるフレームワークと言える。2001年頃から定着した労働者を駒としか考えずに使い潰す「ブラック企業」のマネジメントとは対極をなす考え方である。

では、人の可能性を信じて、人に投資して、生産性を高めることを中心に据える、この性善説とも言える考え方が、なぜ今、企業に求められているのだろうか?

人的資本経営を促す4つの要因

人的資本経営を取り巻く環境を考えると、促進する大きく4つの要因があると思われる。ここでは、その4つについて簡単に触れていきたい。

1.政治的要因

2019年11月、米国のSEC(証券取引委員会)が人的資本情報開示を義務化すを打ち出しました。米国では元々、人的資本に関しては従業員数のみ開示義務であったが、この義務化の動きによって、上場企業はその他の人的資本情報も開示する義務を負うことになった。

日本においては、人的資本情報開示について参考とすべき指針「人的資本可視化指針」が2022年8月に発表された。この中では、人的資本の可視化の方法、可視化に向けたステップが例示されている。
今後、開示府令の改正を経て、有価証券報告書の記載事項として上場会社等の開示が求められていくこととなる。

2.経済的要因

21世紀に急成長した企業の競争力の源泉は、研究開発・知的財産・データ・ブランドなどの無形資産の蓄積である。また、これらを活かす人材の重要性が増している。

一方で、有価証券報告書を始めIR資料は財務情報が極めて詳細に記載されているものの、成長の源泉であるはずの無形資産、人的資本についての言及は少ない。企業価値の上昇にコミットする投資家としては、人的資本(従業員のエンゲージメント、生産性、リテンション)は投資判断の項目として今後一層、重要性を増していく。また、人的資本への投資が株価へポジティブに働くという研究も出てきており、人的資本経営を促す材料となっている。

3.社会的要因

2008年のリーマンショック以降、株主至上主義の是正が起こっている。ROEを過度に意識し、金融機関を中心にレバレッジを是とした経営がなされてきた。果たして企業は株主のものか?社会は、新しい資本主義の形を模索している段階だが、一つの答えが見え始めている。2020年1月のダボス会議では、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」というテーマが話題になった。企業は地域、従業員、株主等のステークホルダーに経済的利益を還元するべきだと言う考え方である。

同時に、ミレニアル、Z世代を中心持続可能な社会への意識が高まり、働く環境に対してもwellbeingへの投資をしていることが人材獲得の重要な要素となっている。

4.技術的要因

失われた20年とも30年とも言われる中で、日本企業においては新たなるイノベーションの創出が喫緊の課題となっている。既存事業が陳腐化し、海外企業との競争環境において、イノベーションのために従業員が生き生きと働き、創造性を発揮することが必須である。新たな事業創出のための人材確保、従業員の生産性の向上のために人的資本経営が求められている。

じゃあ、人的資本経営とは一過性のトレンドで終わるものか?

日本においては、近江商人の精神である「買い手よし、売り手よし、世間よし」の三方よしが古くから根付いている。これは、ステークホルダー資本主義に近い考え方である。また、日本的経営として揶揄されること多い家族主義も背景には人的資本に近い考え方がありそうだ。

しかし、グローバルな競争にさらされる中で、人への投資を怠ってきたのも事実であろう。振れすぎた振り子が戻るように、元々素地のあった日本だからこそ、真の「人的投資」が進む可能性は十分にある。また、人的資本経営は、企業、国、従業員、投資家それぞれが推進していく理由がある点も大きいだろう。人的資本経営は企業価値を左右する大きなテーマであり続けると考えている。


以上、今後数回にわたって4つの要因や人的資本経営の実践について詳しく考察していく。

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