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悪魔のおにぎりのヒットから考える逆転の消費者インサイト

2019年、新年明けましておめでとうございます。昨年は、PayPay、TikTokなど話題になった製品・サービスがたくさんありましたね。

そんな中でも今回取り上げるのがこちら。

(*本当は、年末に2018年の振り返りに書こうと思った記事ですが、風邪を引いてしまい年が明けてしまいました…。ただし、以降は時事性がない普遍的なマーケティング論を書いていこうと思いますのでお付き合いください。)

さて、上記の悪魔のおにぎりについて、毎日新聞の以下の記事(※1)があるように、昨年末に密かなヒットとなったようです。

ローソンが10月に発売した新商品「悪魔のおにぎり」(税込み110円)が好調だ。12月はじめに販売個数が1000万個を突破。通常の新商品なら1年はかかる水準をわずか1カ月半で超え、絶対王者と言われた「手巻おにぎり シーチキンマヨネーズ」(ツナマヨ)の牙城も崩した。「コンビニおにぎりの歴史を変えた」との声もある悪魔のおにぎり。

で、このヒットの要因についてですが、消費者インサイトを "逆手に" 捉えた面白さがある、と私は個人的に思っています。

そこで、今回は、いくつかの消費者インサイトを捉えた事例を取り上げながら、そもそもインサイトとは何なのかなぜ必要でどう活用していったらいいものなのかを考えてみようと思います。

というのも、私の周りには、マーケティング戦略、STP、4P、デジタルマーケティングなど、体系的に整理・表現できる理論には強くても、体系的には捉えられない顧客心理については十分な議論がされていないという課題感を持っているんですよね。今回の記事はそんな自らの課題や同様の課題を抱えている皆さまに何らかの議論のきっかけになれたらうれしいなと思っています。


そもそも消費者インサイトとは?

Wikipediaで調べてみても、洞察、見識といった直訳しか出てきませんが、こちらのページ(※2)が一番しっくりきました。その定義は以下の通りです。

生活者自身が気付いていない「動機に結び付く新たな視点」。マーケティング担当者自身が洞察し、見抜くべきもの。

ただ、私はむしろ、カギカッコがついていない部分、つまり、
生活者自身が気付いていない 
マーケティング担当者自身が洞察し、見抜くべきもの
この2つが重要だと思っていています。

つまり、
顧客にリサーチをしても答えが得られるものではなく、
マーケティング担当者が様々な思考や議論を重ねながら見出すもの 
なのです。

*消費者インサイト、ユーザーインサイト、顧客インサイト、とも呼ばれますが、以降はこれらを同義としてインサイトと呼びます。


悪魔のおにぎりに入る前に、いくつか例をみていきましょう。


Case1)エコやリサイクル活動のインサイトとは?

突然ですが、「エコやリサイクル活動を行うインサイトは何か?」の問いに答えるならどう答えますか?
「地球の環境を守りたい…」「子どもたちや人類のために…」「社会の模範にならなければ…」これらは、顧客が容易に言語化できる内容、つまり意識であって、インサイトではありません。
では、インサイトは何なのか、トロント大学の Nina Mazar と Chen-Bo Zhong の論文(※3)に面白い実証実験が報告されています。

グリーン製品は私たちをより良い人にするのか?
(中略)
グリーン製品を購入することは、道徳的免罪符を確立することによって、非倫理的な行動を許諾するという、直感に反する効果を生み出すのである。このように、グリーン製品は必ずしも私たちをより良い人にするわけではない。(以下省略)

以降に記載されている実験をざっくりまとめると、被験者にオンラインショッピングの利用を促し、一方のグループは「グリーン製品」を、もう片方のグループは「通常の製品」を、それぞれに「閲覧」、「購入」させて、その後の行動を追った結果、グリーン製品を購入したグループは他のグループよりも、多くの報酬を要求し(ケチな行動を取り)、多くの不正を働いた(ズルい行動を取った)というのです。

このことから、グリーン製品を購入する顧客のインサイトは、「地球にやさしい」の逆転となる「ケチやズルの行動への免罪符」と捉える事ができるでしょう。(*本気で環境問題に向き合っている方を批判するつもりはもちろんありません。あくまで人間の心理の一面を表した実験結果としてご理解ください。)


Case2)マクドナルドのサラダメニューの失敗の要因は?

この例はかなり有名なのでご存知の方も多いと思います。2006年ごろ、期限切れの肉や異物混入などの風評被害で業績が低迷中の日本マクドナルドは、消費者調査での「ヘルシーなものが食べたい」という声に応えるような「サラダマック」を投入しましたが全く売れませんでした。一方、起死回生として(?)、消費者の声とは正反対の「メガマック」や「クォーターパウンダー」を発売したところ、大ヒットしたのです。

もちろん「ヘルシーなものが食べたい」や「サラダが食べたい」と答える人にウソはないでしょう。顧客の自然な感覚です。しかし、おそらくヘルシーなものを食べたい人は最初からマックに行かないのでしょう。意識できていることはインサイトではなく、顧客は言語化された内容の通りに行動してくれないものなのです。
ではマックに行く時にはどう思うのか?「今日は駅前で早く済ませたいし、どうせマックに行くなら好きなもの食べよう」でしょうか。けどこれはまだ ”思う” という時点で意識の話しです。その背景のインサイトは、「健康は明日から気をつければ大丈夫…」とか「厚みのあるバーガーにかぶりつきたい」とかが働いているのかもしれません。


逆転のインサイトとは

これらのケースからいえることは、顧客(ひいては人間)の欲望には表裏一体の二面性があるということです。以下の図をご覧ください。

これは、書籍の『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方(※4)』および、その著者の大松孝弘氏が経営する株式会社デコムのホワイトペーパー(※5)に記載されているものです。

自分⇔他人、変化⇔維持 の2軸から内側に表の欲望、外側にそれの裏側の欲望を表したこのフレームワークは、インサイトを議論する際の論点の整理に非常に秀逸でオススメです。(書籍の内容もすばらしいです)


Case1のエコについていえば、以下のように整理できるでしょう。

エコの意識は、他人 x 維持 と捉えることができ、「安定」「調和」「秩序」がふさわしいでしょう。(右下)
しかし、そのインサイト(の一面)はケチな行動「強欲」(左上)やズルい行動「怠惰」(左下)がみられました。

ここで、興味深いことは一つの事柄での欲望といっても隣り合わないまったく別の場所にそれぞれが存在することです(今回は右下、左上、左下)。意識とインサイトは、意味合いが180度異なるところに隠れていてもおかしくないのです。


もう少々例をみてみましょう。


Case3)人をダメにするソファのインサイトとは?

一昔前に無印良品の大きなビーズクッション、通称「人をダメにするソファ」が流行りましたよね。そのインサイトは何でしょうか?文字通り「人をダメにする(一度使ってしまったら起き上がることができない)ほどのくつろぎ」でしょうか。たぶんそれは意識として正しいでしょう。けど、本当にダメになりたい人なんていないですよね。
その先にインサイトがあるとするなら、次の日の朝「ソファと決別してきちんと出勤(通学)している俺(私)、エライ」と思えることなのかもしれません。
これをフレームワームに当てはめるとこうなるでしょう。

人をダメにするほどのくつろぎは「怠惰」「緩慢」です。(表の「平穏」や「休息」では弱いと思うのです)

一方、「ソファと決別してきちんと出勤(通学)している俺(私)、エライ」は、自分 x 変化 と捉えることができ、「意欲」「達成」「高揚」と解釈しました。(「エライ」にそこまで深い意味はありませんが、他人からの承認(右側)というより自己満足(左側)という解釈です)

ここでも、左下と左上、方向性そのものに違いがあっても論理は成立していると思っています。


Case4)悪魔のおにぎりのインサイトとは?

いよいよ本題です。悪魔のおにぎりのインサイトは、さて、何でしょうか?ここまで読んでいただいた方なら、Case2のマックと、Case3のソファの中間くらいを想像されるでしょうか?
私の解釈ではちょっと違っていて以下の通りです。

意識:「安いし、何だか目を引くし、一個くらい買ってみるか」

心理:「悪魔に打ち勝ち支配欲・征服欲を満たす(俺(私)はやみつきになんてならないし、これを食べたくらいで太らない)」

一見、しっくりこないですよね?私自身説得力がないことを自覚しています。けど、説明が難しい深層心理だからインサイトに価値があるはずです。順に説明しますので最後までお付き合いください。


そもそもインサイトは何のために考える必要があるのか?
また、どう使うのか?

まずはちょっとこの問いを考えたいと思います。この問いの答えはシンプルに、前者は「モノであふれている時代に、わかりきったことを言っても顧客には刺さらないから」

後者は、「自社で見出したインサイトを込めた、商品開発やコンテンツをマーケティング担当者が発信し、顧客に伝え、顧客に動いてもらうため」

だと思っています。


では、悪魔のおにぎりの製品やコンテンツ、そして顧客の動きをちょっとみてみましょう。

悪魔のおにぎりの製品・コンテンツ・顧客の動き

ローソンの店頭にて。他の商品は1フェースなのに対して、悪魔のおにぎりは3フェース。他はおいしそうな素材を全面に出しているのに対して、悪魔のおにぎりのパッケージは異彩を放っていますよね。


しかも、このタヌキ、ご丁寧に名前まであるんです。

その名は、あくまでタヌキくん


肥満のタヌキのパッケージに、コピーは「やみつき注意」。さて、さぞ高カロリーなのでしょうか。

下の表で悪魔のおにぎりと、トップ争いをしているシーチキンマヨネーズ(ツナマヨ)と、上の写真で隣接して陳列されていた2商品、計4商品を比較してみました。(参照元:ローソン公式サイト※6

他と比較しても特別高カロリーではなく、むしろ、ツナマヨよりもカロリーは低いのです。(脂質やコレステロール等は議論の対象外とする)
一方、価格は最安値であることが分かります。(結局ここは影響力大!)


重要なのは、顧客の反応です。悪魔のおにぎりのヒットの要因として、Twitterの拡散がありました。内容を見てみると、おそらく10代〜20代くらいの若い方のTweetが多いということと、その内容は批判が五分五分くらいで多かったです。(Twitterの世界で批判が多いのは普通ですが、コンビニのおにぎり、しかも最安値という購入のハードルの低さが、Tweetの中身を問わず、話題になっていることが重要なのではないかと思います。)



これらを勘案すると、以下のような仮説が立てられるのではないでしょうか。

・とにかく目立つパッケージで思わず手に取ってしまう

・タヌキの程良いザコキャラ感(値段も味もパッケージも含めて)がいじりやすい

・実際食べみると、ちょうどいい味なんだけど、過激なパッケージやコピーのせいもありちょっと物足りないし、そのことを、Twitterや口コミでついつい話題にしてしまう(批判は悪魔(ザコ)に打ち勝つの現れ)

・けど、実は味はちょうどいいし、値段は安いから何かのついでについついリピート買いしてしまう

・(批判も含めて)口コミを聞いた人は、値段も安いし手に取るハードルは低く、ついつい買ってしまう

このようなサイクルが回っているのではないか。その中で、あくまで企業(ローソン)が生み出したコンテンツの「ザコキャラ感(値段も味もパッケージも含めて)」に対して、「それに打ち勝つ(批判的な投稿や口コミをしたい)」というインサイトが働き合っているのではないか、というのが私の見立てです。


インサイトは商品開発やコンテンツに活かしてなんぼ

上記で、インサイトは「自社で見出したインサイトを込めた、商品開発やコンテンツをマーケティング担当者が発信し、顧客に伝え、顧客に動いてもらうため」にあると書きました。

上記の私の考察が正しいかどうかはさておき、パーケージのザコキャラ感や安価な値段、実は高カロリーでないことなどは、企業(ローソン)のマーケティング担当者が仕掛けたものであり、何からの意図によって顧客は行動していると考えるべきでしょう。


Case2のクォーターパウンダーはどうでしょうか。

明らかに健康を度外視した内容ですし、メッセージは攻めてますよね。また、専用のボックスに入れて、顧客がパカっと空けて食べる流れを含めて、企業(マック)の意図が含まれているのは間違いありません。(画像はこちら※7から転用させていただきました)


Case3の人をダメにするソファは、そもそも無印良品の正式名称でないので、良いコンテンツが見つけられなかったのですが、「人をダメにするベッド(※8)」が面白かったです。

この整理が行き届いたベッドの画像、明らかにダメになりたい人をターゲットにしてはいないですよね?合理的に行動したい人の「意欲」「達成」を支援する意図が込められているではないでしょうか。


コンテンツにインサイトを込める際の注意

上記で、3つのケースのコンテンツに触れました。これには理由があります。それは、インサイトをダイレクトに伝えるコンテンツは一つもないということです。

インサイトとは顧客の深層心理であり、たいていの場合、顧客にとって不都合な真実だったり、目をつぶっておきたいことだったり、それを言っちゃあおしまいのことだったりします。そもそも顧客はそれを意識していないのですから、受け入れてもらえるわけがありません。

マーケティング担当者がインサイトを見出したなら、それをどの場所で、どう伝えるのかは本当に難しく、議論の余地があります。(機会があれば別の記事で書きたいと思います。)

ここでは、ダイレクトに伝えちゃダメだし、世に受け入れられている製品やコンテンツは間接的に上手に伝えていること、そして私たちマーケティング担当者は、それを考え、議論する必要がることをご理解ください。


終わりに

数々のテレビCMを手がけるあるクリエイティブ・ディレクターから直接聞きた話しなのですが、他社が見出したインサイトを外側から分析して言い当てることは、不可能に近いくらい難しいのだそうです
ですので、今回私の解釈で書いた4つのケースはたぶん当事者の方(企業も顧客も)からすると「そんなんちげーよ」という話しなのかもしれません。(当たらずとも遠からずくらいを祈っていますが)

ですが、だからといって、インサイトを考えることをやめてはいけないと思っています。理由は2つあります。

第一に、インサイトの主語はあくまでも顧客の深層心理なのですから、当事者から「そんなんちげーよ」といわれたからといって、間違いとは限らないからです。むしろ当事者すら意識していないインサイトは世の中に無数にあるということを知っておく必要があると思っています。*正解/不正解はないとはいえ、筋の良い/悪いははっきりとあるので注意

第二に、突然やろうと思ってできることではないからです。私自身インサイトを本気で考えはじめて久しくないのですが、失敗や検証の繰り返しです。顧客、ひいてはを人間の心理を考えることは、本来業界や製品を超えて共通するところが多くあるはずです。

私たちマーケティング担当者は、日々、いち消費者として様々なコンテンツに触れ、それに対して意識を持ち、何らかのインサイトが作用し、行動しています。それらが何なのか、常々考えて行動したいですね。

自らが手がけた製品やコンテンツが空振りし続けてうれしい人なんかいないはずですし、考えと議論を重ねて生み出したものが顧客に届き、行動を促したときは、それこそ悪魔に近いほどのよろこびや達成感が得られるはずですので。


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出典

(※1)ローソン「悪魔のおにぎり」1000万個超え 王者ツナマヨ抜き(2019/1/3アクセス)

(※2)消費者インサイトとは|消費者インサイトの意味と得る方法を10の事例で解説(2019/1/3アクセス)

(※3)Nina Mazar, Chen-Bo Zhong. Green Products and Ethical Behavior. University of Toronto. 2009

(※4)大松孝弘.「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方.宣伝会議.2017

(※5)株式会社デコム.資料ダウンロード(2019/1/3アクセス)

(※6)おにぎり・寿司|ローソン(2019/1/3アクセス)

(※7)クォーターパウンダーはいつまで?終了の理由やマック総選挙で復活の予定を調査!(2019/1/3アクセス)

(※8)人をダメにするベッド(2019/1/3アクセス)



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