[2−39]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
番外編2 ティスリの挑戦状
ティスリたちは鎧を役所に預けた後、キャンプ用品を扱っている道具屋を探すため、街を散策することにしました。
そしてわたしは、魔動車を馬繋場の脇に停めるとアルデに言います。
「さぁアルデ。街を散策しがてら勝負しましょうか」
わたしがそう言うと、アルデはきょとんとした顔つきで言ってきます。
「勝負って……なんの?」
「もう忘れたのですか!?」
さきほど役人を気遣ったとき、アルデはわたしを揶揄してきたのです。その仕返しをしないと腹の虫が治まりません!
だというのにアルデは、すでに綺麗さっぱり忘れています! 健忘症ではないのかと疑いながらもわたしは説明しました。
「役人の口止めをしなかっただけで、あなたはわたしのことを、『意外と優しい』だの『すっごく優しい』だのと揶揄してきたでしょう!」
「ああ……あんなことをまだ根に持ってたのか」
「あんなこととはなんですか!」
「揶揄っていうか……まぁそういうニュアンスも多少は込めたけど、基本的に褒めたつもりなんだが」
「だとしたらアルデは、人の褒め方というものを学んだほうがいいでしょうね!」
「分かった分かった……けど、勝負するっていったっていったいどんな?」
アルデにそう問いかけられて、わたしはいっとき考えます。
「ふむ……そうですね。このわたしが如何に天才かを示せるような勝負がいいわけですが、ならば魔法理論のディベートでも──」
「いやいや待て待て。そんなの勝負にもならんだろ。オレは魔法理論なんて知るよしもないし」
「では、アルデの希望通りの勝負にしてあげましょう。どんな勝負であっても、わたしが負けるわけないのですから」
「そうは言ってもなぁ……」
アルデは、困り顔で頬を掻きながら、少しの間「う〜ん……」と唸って通りを歩いていました。
今はメインストリートを歩いていて、交通の要衝として発展したこの街には、様々な人が行き交っています。忙しなく歩く商人や親子ずれ、老夫婦に若いカップルまで。多種多様な往来があるのは発展している証拠と言っていいでしょう。
そんな光景を眺めていたアルデは、ようやく勝負の内容を思いついたようです。
「よし。そうしたら揶揄で勝負しようぜ」
「揶揄で勝負?」
アルデの言っている意味が分からずわたしは首を傾げると、アルデが説明を続けました。
「だっておまいさんは、揶揄されたことが気に入らないんだろ?」
「それはそうですが……」
「ならばその仕返しに、オレを揶揄すればいいじゃん。そうしてオレが、恥ずかしがったり悔しがったりしたらティスリの勝ちってわけだ」
「ふむ……なるほど」
確かに勝負としても仕返しとしても悪くはありません。
それに、アルデが顔を真っ赤にしたり、地団駄踏んだりすれば、それは非常に痛快と言えるでしょう。
「分かりました。その勝負、受けて立ちます!」
「よし。そうしたら時間は……そうだなぁ……キャンプ用品を買い揃えるまででどうよ?」
「いいでしょう! 今すぐにでも吠え面かかせてやりますよ!」
そうして、わたしたちの勝負は始まりました。
* * *
揶揄勝負などという奇妙な勝負が始まったものの……わたしは正直、攻めあぐねていました。
「ふふっ。アルデはこんなことも知らないのですか? これはタープといって、日差しや雨よけの代わりになるのです。テントより広い範囲をカバーできますから、この下で料理も可能です」
「へぇなるほど。それは知らなかったな」
「ふふん、アルデは本当に無知ですね?」
「そりゃあ、平民なんてだいたいカネがないんだから、こんな道具かわないって」
「ほんと、貧乏人というのは可哀想です」
「それでもみんな、慎ましやかにがんばって生きているんだよ」
「まったくもって惨めなものですね………………」
………………なんだか、この方向性の会話だと、たんにわたしがイヤな人間になっているだけなのでは?
だからわたしは、咳払いをしてから軌道修正を試みます。
「いえ……平民とか庶民とかが問題なのではなく、アルデ個人が貧乏人で無知でデリカシーがなくてアホ面だということですね」
「うん、それはもはや揶揄じゃなくて悪口だから」
「む……まぁそれはそうかもしれませんが……」
確かに、普段わたしがイラッとさせられるアルデの言動は、こういう感じではありません。別にアルデは、わたしの悪口を言っているわけではありませんし……
わたしが考え込んでいるとアルデが言ってきました。
「やっぱ、ティスリに揶揄は無理なんじゃね?」
「そ、そんなことはありません! 超絶天才美少女であるわたしに無理なことなど──」
「しかしなぁ、ティスリは根がいいヤツだしさ」
「な……!?」
根がいいヤツだなんて初めて言われたわたしは、思わず頬が熱くなるのを感じました。
するとアルデがニヤリと笑ってきます。
「揶揄とは、今のようにやるわけだ」
「なな……!?」
「あ、でも、根がいいヤツというのはオレの本心でもあるぞ?」
驚きと悔しさのあまり、わたしが二の句を継げずにいると、アルデはしたり顔で言ってきます。
「つまりだな。単に悪口を言うんじゃなくて、相手を褒めて落としてまた持ち上げるというか、そういうのが上手い揶揄なんだよ」
「だとしたら、そんなことを自然と出来るあなたは性根が腐っていますよ!」
「へいへい。ちなみにその台詞もただの悪口だからな?」
ま、まったくアルデは……! だとしたら、元々いいところがないアルデをからかうことなんて出来るわけないじゃないですか!
なのでわたしは言いました。
「もうこうなったら、何をしたら恥ずかしがるのか言いなさい!」
「いや……それじゃあ勝負にならんだろ?」
「いいから!」
「はぁ、仕方ないなぁ……そしたら、ああいう感じかな」
そしてアルデは、わたしたちの斜め先を歩くカップルを指差しました。
「ティスリが、あそこの女子と同じようなことをするなら、こっちも恥ずかしくなるかもな」
そう言われ、まだ13〜4歳くらいの女子を見ると……
彼女は、往来のド真ん中だというのに、男性と腕を絡め合い、その肩に頭を預け、どう見ても歩きにくいというのにそれも構わずひっついていました。
いわんやその女子は、たった今、男性の頬に唇をくっつけましたよ!?
「あ、あんなこと出来るわけないでしょう!?」
わたしが思わず叫ぶと、アルデは大げさに頷いてきます。
「うん、だからこそだろ。あそこまで露骨にイチャイチャされたら、オレだって恥ずかしいさ」
「むむ……!」
確かに、わたしが恥ずかしいということは、アルデだって相当に恥ずかしいというわけで……
しかしだからといって、衆目の中で、あんな破廉恥極まりない行為に及ぶなど……出来るわけが……!
でもアルデをからかうためならば……!!
そしてわたしは、奥歯をぐっと噛みしめると、アルデの腕に手を伸ばしました! するとアルデが、にわかに目を見開きます!
「えっ!? ティスリ、お前まさか……!」
「………………!」
そうしてわたしは──
わたしは──!
「……をい、ティスリ?」
「ど、どうです! これであなたも恥ずかしいでしょう!?」
わたしは、アルデの服の袖口をキュッとつまんでいました。
しかし恥ずかしすぎて、両目もキュッと閉じてしまいましたが。
視界が閉ざされたわたしに、アルデが声を掛けてきます。
「いやぜんぜん、恥ずかしくないんだが?」
「なんでですか!?」
わたしは思わず目を開けると、確かにアルデのマヌケ面は、赤みが差すどころか白けた感じになっています。
「あなた、またわたしをからかいましたね!?」
「いや、そういう意図はなかったんだが……」
アルデは困り顔で言ってきます。
「手すら繋いでいないのに、恥ずかしがれと言われても……」
「手を繋げと! 公衆の面前で!?」
「まぁな? オレを恥ずかしがらせたいのなら、それくらいはしてもらわないと……でも、手を繋いだくらいで恥ずかしがるかは別だけど」
そんなことを言われ、わたしはアルデの手のひらをマジマジと見つめました。
こ、こんな人通りの多い場所で、親子でもないというのに手を繋げなどと……
まるで、わたしとアルデが仲良しみたいじゃないですか!?
「無理に決まってます!」
「いや、別に無理してまで手を繋げとは言っていないが……」
「アルデと手を繋ぐなら、猿と手を繋いだ方がマシです!」
「あ、そう……」
「まだお父様のほうが我慢できます!」
「う、うん……」
「あるいは同性と──例えばラーフルのほうが断然あり得ます!」
「わ、分かったから……」
「そもそも、白昼堂々と男女が肌を触れあわせることがどうかしているのです! わたしの目の前を歩くあの方々は羞恥心というものを持ち合わせていないとしか──おや、アルデ?」
ふと気づくと、アルデはなぜか涙目になっていました。
「いったいどうしたので──あ! 今のわたしの台詞が揶揄になっていたのですね! だからアルデは──」
「今のは完全無欠の悪口だ!!」
アルデは、涙目で笑いながら突っ込んでくるという器用なことをしてきましたが、しかしそんなことはどうでもいいのです。
アルデを打ち負かす事は出来たのですから。
「まぁこの際、悪口だとしても構いません」
「勝負の趣旨が違うだろ!?」
「いいのですよ。趣旨は違っても目的は完遂したんですから」
「前言撤回! お前はやっぱり根腐れしてるワ!」
「ふふん? せいぜい負け惜しみを吠えてなさい」
やはり、アルデには揶揄より悪口のほうが効くようです。
今後もアルデにからかわれたら、罵倒で応戦しようとわたしは決意するのでした。
(おしまい)
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