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[1−33]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第33話 あはは……あはははははははは

「それで、いったいなんの用です?」

 ティスリわたしはラーフルをリビングに案内するや否や本題を切り出しました。あまり長話をしたくもなかったので。

 わたしの意図に気づいたラーフルも、すぐに話し始めます。

「実は現在、アルデ・ラーマが王城内で暴れております」

「………………は?」

「そのため、殿下のお力で取り押さえて頂きたいのです」

 本題を問うたわたしでしたが、あまりに唐突な話に首を傾げるしかありませんでした。

「い、意味が分からないのですが……もう少し詳しく説明してください」

「承知しました」

 ラーフルが言うには、先日、アルデが王城に乗り込んできたと思ったら、衛士達をバッタバッタとなぎ倒し、城内で大暴れしているというのです。

 不幸中の幸いだったのは、わたしが開発した迷宮結界により地下階を彷徨うことになり、王族や上級官僚にはまだ被害が及んでいないそうですが……それも時間の問題だとか。

 しかもアルデは、衛士では太刀打ちできないほどに強いそうで、だからわたしの助力が必要とのことでした。

 詳細を聞いてみても……意味がさっぱり分からず、わたしは眉をひそめるしかありません。

「不可解な点がいくつもあるのですが、何よりもまず、アルデが単身で王城に攻撃を仕掛けるなんて出来ないと思うのですが……」

 王城に攻撃を仕掛けるということは、国家を相手に戦争するのも等しい行為です。

 わたしくらいの魔法士ならともかく、アルデはただの衛士で魔法適性はありません。体つきから、それなりに修練を積んでいるとは思いますが、だからといって国一つを単身で相手に出来るはずないわけで……

 わたしが不審に思っていると、ラーフルが聞いてきました。

「殿下は、あの男に魔具を下賜されたのではないですか?」

「魔具を下賜? いえ、そんなことはしていませんが……」

「ですがあの男は、殿下が開発された守護の指輪を所持しています」

「守護の……あっ!?」

 思い出しました。

 一昨日の晩にわたしが……くっ……

 お、思い出したくないところは省略して……

 とにかくわたしは、アルデに守護の指輪を填めたのでした……!

 そしてそれを回収し忘れて寝入ってしまったのですが、アルデは守護の指輪を持ったまま去ったということですか。

「思い出しました。確かに下賜しましたね」

 下賜というか、単に悪ノリで填めたあげく回収し忘れただけなのですが、体裁が悪いので下賜ということにしておきましょう……うん。

「そうでしたか……ところでティスリ様、急にお顔が真っ赤になられましたが体調が──」

「いえ! 体調は問題ありませんから!」

「ですが、あまりにお顔が──」

「ほんと平気ですから! 話を先に進めなさい!」

 指摘される度に……わたしがアルデに半裸で迫ったことを思い出してしまうでしょ!? などとは言えずに、わたしはグッと堪えます。

 ラーフルは怪訝そうな顔つきでしたが、それ以上に指摘されては敵わないのでわたしから話を切り出します。

「確かに守護の指輪があれば、王城戦力では太刀打ちできないでしょうから、暴れ回れるのは分かりますが……しかしどうしてアルデはそんなことを……」

「あの男は、衛士追放の復讐をしにきたのだと思われます」

「復讐? あのアルデが?」

 確かにアルデは、衛士追放された際は困っていたと思いますが、それは主に金銭面で困っていたのであり、わたしが護衛職を与えたことでそれは解決されたはずです。復讐を企てるほど、衛士という職業に執着していたとは思えませんが……

「アルデが復讐を企てるなど、とても考えられないのですが……」

「殿下、大変なご無礼になるかもしれませんが……自分の推測を聞いては頂けないでしょうか?」

「………………いいでしょう、許可します」

 なぜか、聞きたくないという気持ちが先走りますが……わたしはそれを飲み込んで頷きました。

 もし本当にアルデが、わたしの魔具を用いて王城を襲撃しているのであれば、確かに王命が出されてもおかしくないほどの緊急事態です。しかもわたしの魔具が原因ですから無視をするわけにもいきません。

 ラーフルは礼を言ってから、自分の推測を話し始めました。

「あの男は、復讐が目的で殿下に近づいたのではないかと自分は考えています」

 ラーフルの推測は、第一声からお門違いに聞こえました。

 おバカまる出しのアルデが、わたしに取り入るために近づいたなどとは思えませんでしたし、そもそも、アルデに近づいたのはわたしの方からです。

 わたしが作った中途半端な政策のせいで、理不尽な扱いを受けた平民出の元衛士に少しでも償いをしたくて……だから近づいたのですから。

 しかしわたしのそんな内心にはお構いなしで、ラーフルが話を続けます。

「自分がそう考える根拠もあります。まず第一に、王女殿下の魔具を持ち去ったことです。あの男は、早晩、守護の指輪に目を付けていたのでしょう」

 それも違いますね……確かにわたしは、守護の指輪のことをアルデに説明しましたが、物欲しそうな素振りを見せるどころか、怖がっていたようでしたから。

 そもそも守護の指輪を渡したのはわたしですし……その恐怖を少しでも軽減して欲しくて……

「第二に、王女殿下であることを知っていたと思われます。あの男は王城勤めでしたから、王女殿下のご尊顔を知っていてもおかしくはありません」

 まぁ……確かにアルデは衛士でしたから、どこかでわたしの顔を見たのかもしれませんが……

 ですが、わたしと接していたアルデは、わたしが政商の娘であると欺されていたようにしか見えませんでしたが……

 だから、アルデがわたしを王女と知っていて利用しようとしたなどとは考えられません。そのような態度は微塵もなかったのですから。

「第三に、王女であることを知りながら……その……殿下に卑劣な行為に及んだことです」

「……はい?」

 ラーフルの、あまりに荒唐無稽な推測に、わたしはついに声を上げました。

「なんです? その卑劣な行為とは?」

「大変申し上げにくいのですが……その……夜の営み的な……」

「夜の営み? えっと……一緒の部屋で寝泊まりしたということですか? まぁ確かに少し軽率だったとは思いますが……」

「少しどころの騒ぎではありません!」

 ラーフルが身を乗り出して言ってきます。

「万が一にでも子供を授かっていたらどうされるおつもりなのですか!?」

「はぁ?」

 わたしはしばし首を傾げ……そして理解します。

 なるほど……夜の営みとはそういう……

 ラーフルは、わたしとアルデが同じ屋根の下で寝泊まりしたことで、ただそれだけの事で、何かとんでもない勘違いをしているようです。

 ま、まぁ……一昨日はちょ〜っと危うい場面がなきにしもあらずでしたが、結局わたしはあのあと酔い潰れてしまったようですし、だからそのような行為に至れるはずがないのです。

 なのでわたしは、ため息交じりに説明しました。

「ラーフル、それはあなたの早合点というものです」

「……と、言いますと?」

「確かにわたしとアルデは、この宿で一晩過ごしましたが、ですがそれだけです。あなたの考えているような事は起こっていません」

「アルデ本人が自供しているというのに?」

「だとしてもです。そもそも、わたしがそんな分別もない人間だと思われていたこと自体が心外──え?」

 今、ラーフルがさらっと言った台詞が気になって、わたしは言葉を止めました。

「ラーフル……今、なんと言いましたか?」

「アルデ本人が自供した、と申し上げました」

「じ、じきょう……?」

 わたしの頭の中は、疑問符で一杯になりました。

「あの……どんなことを自供したというのです?」

「それは……」

「いいから……! 包み隠さず言いなさい!」

 なぜか心臓が激しく鼓動を始め、わたしの全身が脈打ちます。

 きっと顔は真っ赤になっているでしょうけれども、今はそんなこと気にしている場合ではありません!

 そんなわたしが凝視するラーフルは、やがて意を決したかのように言ってきました。

「我々は、一時的にあの男を拘束していたのですが……その際、尋問した衛士に向かって、あの男は『王女殿下の腹の中にはオレの子供がいる』と自供したそうです」

「はぁ!?」

 あまりにも意味不明なその自供に、わたしは思わず声を上げていました。

「い、いるわけないでしょう!? そんな行為に及んでいないというのに! その尋問した衛士の聞き間違いに決まっています! あり得るはずがありません!!」

 慌てふためくわたしに、ラーフルはしばらく難しい顔つきでこちらを見ていましたが……少しして何かに気づいたのか、静かに言ってきました。

「殿下……もしかするとそのとき、お酒を嗜んでおられませんでしたか?」

「え……? そ、それは……まぁほんの少し……」

「なんと……ではやはり……」

「やはりなんなのです!? はっきりと申しなさい!」

「おそらく殿下は、その最中の記憶を失っているのだと思われます」

「そんなわけありますか! 初めてなのですよ!?」

「では、なおさらかもしれません」

「なんで!?」

「お酒には、そのような作用があるのです。嫌な記憶が失われるような作用が」

「そ、そんな……!?」

「あるいは、殿下は完全に気を失っていたのかもしれません」

「な、ならそんな行為──」

「いえ、気を失ったのが男性であれば、そのような行為は出来ませんが、女性が気を失ったとしても、男性が元気であるなら問題ないと聞き及んでおります。ですので……」

「う、うそ……?」

「……大変申し上げにくいのですが……おそらくは……」

 わたしは、あまりの事実に体中から力が抜けていくのが分かりました。

 そのくせ、心臓が脈打つ音だけはやけにうるさく聞こえてきて……

 その心音のリズムに合わせるかのように、ラーフルの声が聞こえてきます。

「真相はこうです。確かに、殿下とアルデ・ラーマが出会ったのは偶然だったのでしょう。しかしあの男は、最初期から、殿下が王女であることを見抜いていたと思われます」

「…………」

「さらに、守護の指輪には絶大な力が秘められていることも看破していたのでしょう。それこそ、一国の王城などたやすく攻め落とせるほどに力があることを」

「……………………」

「おそらくあの男は、最初の晩に今回の計画を考案したのだと思います。まずは守護の指輪の奪取。次にカルヴァン王家に自分の血筋を流し込むこと」

「………………………………」

「何しろこの二つが叶えば、あの男が玉座に着くことすら不可能ではないのですから。そうしてアルデ・ラーマが玉座に着いたときこそが、衛士追放の復讐を達成したということでもあるのです」

「…………………………………………そんなの、嘘よ……」

 ラーフルの推測を聞き終えてもなお、わたしは信じられませんでした。

「アルデが、そんなことを考えていたなんて……信じられません……」

 だってアルデは……ただのお馬鹿さんで……

 衛士追放されて途方に暮れていただけの平民で……

 そんな、城攻めとか王位簒奪さんだつとか……そんな大それたこと考えられるような頭なんて持ち合わせていなくて……

 ただただ平々凡々とした、どこにでもいるような、だけどちょっと生意気な程度の一般人だったのですよ……!?

 わたしがそんなことを振り返っていたら、まるで畳みかけるかのようにラーフルが言ってきました。

「殿下。あの男が失踪した際、何かを言われていませんでしたか?」

「……え?」

「殿下の前から姿を消したときです。何も言わずに去ったのでしょうか?」

 わたしの脳裏に、一通の書面が飛び込んで来ました。

 まるで、フラッシュバックのように。

 それこそが忘れたい記憶なのに、どうしても忘れられなくなってしまった記憶が……

 ラーフルの声が聞こえてきました。

「おそらくあの男は、殿下はもう用済みだと判断したのでしょう」

「……わたしが……用済み?」

「そうです。魔具を得て、殿下を手籠めにし……だから殿下にはもう用がなくなった。だから殿下の前から姿を消したのです……!」

「……つまり……わたしは………………もてあそばれたと?」

「まさにその通りです!」

 この、わたしが?

 国内貴族達をすべて平伏させ、国外王族達にも恐れられてきた、このわたしが?

 あんな呆けた顔をした平民に、弄ばれたと?

「現にあの男は、親衛隊の一人も手籠めにしています!」

「……は?」

「つい先ほど──旅館の支配人と入室の話を付けているときに連絡が入ったのです。殿下の子を成したことの裏付けを取るために、親衛隊の一人をあの男の元に向かわせたのですが……ブリュージュ家三女のクルースです。覚えておいででしょうか?」

「え、ええ……それはもちろん……」

「酷な任務でした……しかし彼女は嫌な顔一つせず、あの男の元に向かい……そしてしっかりと言質を取ってきました。『オレは、王女殿下を毒牙に掛けた危険な男だぞ』との言質を」

「…………」

「そしてその後……クルースは……同じ毒牙に掛かり……! 確かにあのコは、なぜかフィアンセにすぐフラれ、お見合いをしては破談されるを繰り返しておりましたから、非常に焦ってはいたのですが……」

「……………………」

「だとしても! あんな犯罪者に手籠めにされるなんて!」

「………………………………」

「帰投した彼女は、もはや目はうつろで、会話する力も残っておりませんでした……だというのに、自らを犠牲にして得た情報だけは、しっかりと口にしたのです。それが……」

「…………………………………………王女殿下を毒牙に掛けた、と?」

「はい、その通りです」

 ……ぷつん。

 何かが──わたしの頭の中で、何かがキレる音がしました。

「ふっ……ふふっ…………ふふふのふ……」

 そう。

 そうですか……

 このわたしを弄んだばかりか……

 他の女にまで手を出すとか……

「ふふっ…………ふふふふふ……」

 あんな、なぁぁぁんにも考えてなさそうな馬鹿面を下げていたというのに……

 その胸の内では、この国を取り仕切るわたしに復讐を考えていたとか……

「ふふふふ……まるで……まるで気づきませんでしたよ……」

 もはや、見事と言っていいでしょう……

「ふふふふ……ふふふふふ……」

「あの……殿下……?」

「ふふふふふ……ふふふふふ……ふふふふふふふふふふふふ」

「だ、大丈夫ですか? 殿下……!?」

「ふふふ……あはは……あははははははははははははははははははははははははははは」

「殿下!? お気を確かに!? 体中から魔力が漏れてます! 部屋どころか旅館が崩壊しちゃいます!?」

「あは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 あの男!

「ぜっっったいに許しません!」

 わたしは立ち上がります!

「このわたし自らが叩きのめしてあげます! わたしを弄んだこと──必ず後悔させてやります!!」

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