[3−20]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第20話 ということはティスリって、リリィのことが……
「まぁまぁ……! ミアちゃんと会ったの?」
「ええ……中央広場で偶然に」
「どうだった!?」
「え、えっと……どうだったとは、どういう意味でしょう……?」
夕食が始まり、ユイナスはむっつりしながらも、あの女──ティスリとお母さんの会話を聞いていた。
ティスリと一緒に食事するなんて冗談じゃないわよ部屋をわざわざ宛がったんだからそこで大人しく独りで食べてなさいよ──という言葉が喉元まで出かかっているのだけれど、「ティスリさんを邪険にしてはいけません!」とお母さんにしつこく言い含められたので、わたしはやむを得ず黙っている。
それに、わたしには仕事ができたのだ。ティスリのことを探るという仕事が。だから無下にするわけにもいかない。
そして今の状況は好都合でもある。お母さんが、根掘り葉掘りとティスリに探りを入れているからね。だからわたしが話し相手をする必要はないのだ。
当面の目標としては、リリィとティスリを合わせて、かつリリィを強制送還させないことになっている。ティスリは王女だって話だから、本気で命令されたらリリィとて従わざるを得ないそうだ。
しかもこの目標が成功したなら……なんと、特別報酬として10枚もの金貨を支払ってくれるとのこと!
金貨10枚もの大金があれば、今すぐわたしが王都に上京したって、あと10年はお兄ちゃんとイチャイチャできる! もちろんわたしがお兄ちゃんを養った上で!!
だから絶対に成功させたい。失敗しても前払いの金貨を返せだなんて言わないって話だけど、貴族のことなんて信用できないし、何よりも、わたしとお兄ちゃんのために成功させたい!
ティスリとリリィを引き合わせて、二人の仲を取り持つことができたなら……邪魔なティスリは排除できるし、わたしはお兄ちゃんと結ばれるし、オマケに遊んで暮らせるし、一石二鳥どころではないのだ!
そうしたら──こんな貧乏かつ田舎な暮らしとはおさらばして、ハイソな王都で、オシャレな部屋を借りて、お兄ちゃんとふたりっっっきりで暮らすんだ。
あ、そうだ。シバも連れていこう! お父さんとお母さんじゃ、散歩も満足にできないだろうし。なんだったらお父さんとお母さんも王都に連れて行って、治療に専念させたっていい。治療で入院させれば、わたしとお兄ちゃんの邪魔はできないしね。
そうしてわたしは、お兄ちゃんと一緒に、オープンテラスのカフェなんかで優雅にお茶したり、王都の賑やかな街中でクレープとか食べ歩いたり、魔動車とかでドライブしたり、そしてそして……夜景がキレイな温泉旅館でお兄ちゃんと──!
そんな暮らしが、どう考えたって諦めざるをえないはずの生活が、もう手の届く場所にあるのだ!!
「うふ……うふふふふ……」
「ちょっとユイナス? 何を一人でニヤけているの?」
もう間もなく実現するであろう想像に、わたしが思わず笑みをこぼしていたら、お母さんが怪訝そうな顔つきでこちらを見ていた。
だからわたしは、慌てて口元を押さえる。
「べ、別に、ニヤけてなんかいないわよ……」
「また何か、悪さを企んでいるんじゃないでしょうね?」
「悪さなんて企んでないし、そもそもまたって何よ!?」
「あなたがそういう顔をするときは、大抵、悪巧みをしているときでしょう?」
「そそそ、そんなことないもん!」
まったくもって根拠のない言いがかりに、わたしは大声で否定する。
そもそも、ティスリの情報を提供することのどこが悪巧みだというのか。ちゃんと依頼を受けてるんだから、立派な仕事だというのに。
……まぁ、それをお母さんに言えないのは事実なわけで、わたしの隠し事を察したお母さんが、悪巧みと勘違いしても無理からぬことだけど。
わたしがそんなことを考えていたら、ティスリが「ふふっ」と微笑しながらわたしに言ってくる。
「何か、楽しいことでもありましたか?」
気安く話しかけてくるんじゃないわよあなたなんて来なければよかったのにさっさとお兄ちゃんを返してよ──という言葉が口元まで込み上げてきたけれど、わたしはグッと堪えて答える。
「べ、別に、楽しいことなんてないわ……いつも通りよ……」
わたしが返事をしたのがそんなに嬉しかったのか、ティスリの顔がパァっと輝いた。
「いつも通りというと……ユイナスさんは今日何をされていたんですか?」
「何って……」
まさか「あなたの親戚と会ってたのよ」だなんて言えるわけもないので、わたしは適当に嘘をつく。
「夏休みの宿題をしてただけ」
するとお母さんが横から口を挟んできた。
「あなた、夕方まで家を出てたじゃない」
ぐ……お、お母さん、余計なことを……
わたしはにわかに慌てて言い募る。
「その辺をブラブラしてただけよ。帰ってきたあとは宿題をしてたの……!」
なんとか辻褄を合わせると、ティスリがにこやかに言ってきた。
「偉いですね、夏休みはまだ始まったばかりなのでしょう?」
「そうね。今日が終業式だったから、正確には明日からが夏休みだけど」
「そうなんですか。だというのにさっそく宿題に手を付けるなんて、ユイナスさんは優秀な学生なんですね」
……ふん、見え透いた嘘を。
わたしと仲良くなりたがっているティスリだから、そんなおべっかを使ってくるのだろう。
お兄ちゃんをたらし込むために、家族から丸め込むつもりなんだろうけど、そうはいかないんだから。
そんな見え透いた手に苛立って、わたしは今すぐこの場を後にしたかったけど……ここは金貨10枚のため、がまんがまん……
わたしがそう言い聞かせていたらお兄ちゃんが言ってきた。
「ああ、そうだユイナス。ティスリに勉強を教えてもらえよ」
「………………はぁ?」
いきなり意味不明なことを言われ、わたしは素っ頓狂な声を上げる。でもお兄ちゃんは、お構いなしに話を続けた。
「ティスリって、めちゃくちゃ頭いいんだよ。例えば、外に魔動車を停めてるだろ? あれ、ティスリが開発したんだぜ?」
「………………はぁ!?」
時代の最先端である魔動車は、噂話くらいは知っていたけれど、実物を見るのは初めてだった。まさかその開発者がティスリだとか本当なの!?
わたしが驚いてティスリを見ると、苦笑を返してくる。
「もちろん、わたし一人で開発したわけではありませんよ。原案と基本設計は作りましたが、それを実現するために、たくさんの技師が頑張ってくれましたから」
それはもちろんそうなんだろうけど……原案を作ったって、実質的にメインの開発者じゃない……!
この国の王女は優秀だとはよく聞くけど、それは政治の話だとばかり思っていたわ。まさか、機械なんかにも詳しいなんてね……
わたしが唖然としていると、お兄ちゃんがティスリに言った。
「ティスリなら、平民学校の勉強なんて余裕だろ?」
「ええまぁ……もしユイナスさんがよろしければ──」
ティスリが上目遣いで、わたしをチラチラ見てくるので、わたしは鬱陶しく感じながら答える。
「却下よ却下。わたし、誰かに教えを請うほど頭悪くないのよ、お兄ちゃんと違って」
にべもなくわたしが断ると、まずお兄ちゃんが顔を引きつらせた。
「い、妹よ……オレだって学校は卒業したんだぞ……」
「足りなかった座学の成績は、体育で補ってかろうじてだったじゃない」
「そ、それでも卒業したが!?」
「いやだから、座学の単位が足りなかったのは事実でしょ」
「く、くぅ……!」
お兄ちゃんが呻いているその横で、ティスリがちょっとシュン……としながら言ってくる。
「自学自習で済むなら、それに越したことはありませんからね」
っていうかあなた王女なのよね平民に勉強教えたがるって普通じゃないでしょどんだけ下心があるのよふざけんな──と頭の中でわたしは叫んでいたが、頭の中だけに留めておく。
そしてわたしは、改めてハッキリと言った。
「とにかく! 勉強なんて教わらなくても大丈夫だから! 変な気を回さないでよね、お兄ちゃん?」
「わ、分かったよ……」
わたしがジロリとお兄ちゃんを睨むと、お兄ちゃんは肩を落とす。そして、隣に座っていたお父さんに、落とした肩をポンポン……と叩かれていた。普段から物静かなお父さんは、励ましの言葉とかは言わなかったけれども。
っていうか……!
夏休みの宿題とか、そんな話はどうでもいいのよ!
リリィと会わせるための情報を引き出さないといけないのに……!
だからわたしは、いささか強引だと思ったのだけれど、無理やり話題を変えることにした。
「そんなに勉強を教えたいなら、王都に帰って姉妹にでも教えたら?」
「え……?」
わたしのその台詞に、ティスリは一瞬ぽかんとする。やっぱり、いきなり姉妹の話にしたのは無理があったかな……?
だけどティスリは、わたしに話しかけられたことのほうが嬉しかったのか、あまり深くは考えず、むしろちょっと浮かれた感じで答えてきた。
「わたしに姉妹はいないんですよ。一人っ子なんです」
「でも親戚くらいはいるでしょ? 従兄妹とか」
「同世代の従兄妹もいないのですが……でも遠縁になら、年の近い女の子がいますね」
「遠縁って、同世代の子供はそのコしかいないの?」
「ええ。わたしの家系は、どうも子宝に恵まれなかったようでして」
王族が子宝に恵まれないって危機的状況なんじゃないの?──と思うも、そんなこと平民にとってはどうでもいいし、今はむしろ好都合だ。
親戚に子供がいないなら、話題に出てきたそのコがリリィで間違いないわね。本当は名前を確認したいところだけど、自分の身分を隠している手前、本当の名前を言ってくるわけがないし。名前まで確認するなんて不自然だし。
だからわたしは、名前は聞かずに話を進める。
「ならそのコに勉強教えてあげればいいじゃない」
「そうですね……でもあのコも優秀ですから、わたしが教えなくても……」
「何よ、わたしには教えたがってたくせに。もしかして何か下心でもあるわけ?」
「あ、ありませんよ……!?」
「なら、なんでイヤそうなのよ?」
「別にイヤというわけではないのですが……ただちょっと……あの子はなんというか……少し特殊で……」
「特殊って、何が?」
「その……性格が……」
……ふむ。
まぁそれは、ちょっと話ただけのわたしでもよく分かったけど。
あれ?
ということはティスリって、リリィのことが……
わたしは少し不安になって、カマをかけてみることにした。
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