[2−6]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第6話 大地を燃やし尽くさんとする煉獄の業火よ……
首尾良くキャンプ用品を一揃えできたアルデたちは、その晩、さっそくキャンプをすることにした。
っていうか、普通に宿場町に到着できる距離だというのに、平原のド真ん中でわざわざ野宿している。
ティスリは、やっぱりキャンプがしたいのだろう。素直じゃないんだからなぁ……まぁ別にいいけども。
「よーし……じゃあまずはテントを張るか」
オレがキャンプ用品一式を魔動車から取り出すと、ティスリはそれらをしげしげと見つめていた。
「アルデは、テントの組み立て方が分かるのですか?」
「ああ。衛士の野外演習で組み立てたことあるしな。サイズは違うけど構造は似たようなもんだろう」
「なるほど……野外演習も、キャンプと言えなくもないですね」
野外演習は、お貴族様のレジャーキャンプみたいに生易しいものではなかったが。っていうかオレ一人がしごかれていたんだっけ。
オレがそんなことを思い出し、いささかウンザリしているとティスリが聞いてくる。
「それで、最初はどうするのですか?」
「まずシートを敷かないとな。地面に直接寝るわけにもいかんし」
「ふむ……なるほど。しかし風に煽られ吹き飛んだりはしないのですか?」
「もちろんその可能性はあるから、このピンペグでしっかりと固定するんだよ」
「へぇ……意外と華奢なのですね。戦場の本陣などで設営される天幕のようなものをイメージしていましたが」
「あんなサイズ、魔動車のトランクに入るわけないからな」
「それもそうですね」
シートを敷いて、骨組みとなるパイプを繋げているオレの様子を、ティスリはしげしげと眺めていた。
オレは、ティスリの護衛というか従者というかであるからして、こういった雑用も仕事のうちなわけだが……テントの組み立てを進める度にティスリに質問責めにされていた。
「なぁ……もしかして、ティスリも組み立てたいのか?」
「え……? べ、別にそんなことはありません」
「ならいいけど」
「キャンプは、知識としては知っていますが行うのは初めてですから、経験値を上げておくためにも確認しているだけです」
「ならやっぱ組み立ててみるか? そのほうが経験値もあがるだろ」
「そ、そこまでは……子供じゃないですし……」
「いや別に、組み立てが子供の役目ってわけでもあるまいし」
「そう言われてみれば確かに……」
親がやっていることに興味津々で、「ボクも手伝う!」と言ってくれるのはいいが邪魔になるだけの子供……と見えなくもないが、そこは黙っておいた。
なんとなく、子供に懐かれている気分になっているとティスリが言ってきた。
「では……わたしも手伝いましょう。何をすればいいですか?」
王女様に雑用をやらせるなんざ従者失格とも言えるが、まぁ本人がやりたがっているのだからいいか。オレを従者にしたり王城を飛び出したりと、珍しい王女だよなぁほんと。
「そうしたら、このテントの布地に穴があるだろ? そこに組み立てた骨組みを通してくれ」
「分かりました……こうですか?」
「そうそう。オレが骨組みを支えておくから」
とはいえティスリは成人の大人だから、子供の手よりはぜんぜん役立つわけだが。というか、人手が一人増えるだけで、ずいぶんと効率があがるので助かった。
だが、いよいよテントを立てる段階になると、ティスリの腕力握力では厳しそうだった。
「う〜ん……」と唸るティスリを見かねてオレは声を掛ける。
「ティスリ、それはオレがやるからいいぞ?」
「む……」
オレは気遣って言ったつもりだったのだが、ティスリは不服そうな顔をする。
「心配無用です──身体強化」
いきなり無詠唱で魔法発現したかと思うと、ティスリは余裕で骨組みを立ち上げていく。
「ふふん、どうです? わたしに不可能の文字はないんですからね」
「おまいさんは、本当に負けず嫌いだなぁ……」
テントを張るためだけに、わざわざ魔法を用いるのはティスリくらいだろう。普通、こんなことで限りある魔力を減らしたりしないと思うが。
ま、ティスリは魔力が有り余っているようだから、一日に消費できる魔力の上限なんて気にもしていないのだろうが。
そんなやりとりをしながらも、オレたちはテントを二つ組み上げることができた。さらには雨風を避けるタープも設置して、その下に折り畳み椅子やテーブルを並べていく。
ちなみにランタンは、ティスリが魔法で灯りを作れるというので購入しなかった。今はすっかり日も暮れたので、タープに張り付くような感じで魔法の光が灯っている。
「おお……こういうキャンプはオレも初めてだが、サマになってきたな」
オレがそう言うとティスリも頷いた。
「本当ですね。屋外なのに、ちょっとした小部屋のようです」
そういうティスリも満足げだし、わざわざ野宿にしてよかったと思う。こういう手間暇を掛けるのもスローライフの一環なのだろうし。
そんなことを考えながらオレは言った。
「そうしたら火を起こそうか。そこで晩飯も作ろう」
「そう言えば薪を購入してましたよね。魔法で火を起こせるというのにどうしてです?」
「こういうのは自然の火がいいんだよ」
「へぇ。そういうものですか」
「まぁ種火は魔法で起こしてもらうし、薪が切れたらやっぱり魔法になるけど」
今日は風もないし、焚き火を起こすのに風防はいらないだろう。なのでオレは焚き火台をセットすると薪を並べていく。この辺は草原だから、地面に直火だと火事の恐れもあるし、焚き火台があれば鍋も置けるので便利なのだ。
「よし、セットオッケー。そしたらティスリ、この木片に種火を付けてくれ。ちょっとでいいからな?」
「分かりました……大地を燃やし尽くさんとする煉獄の業火よ……」
「おいなんだ!? その物騒な呪文は!」
「ちょっとした冗談ですよ」
「お前が唱えると冗談に聞こえないんだよ!」
などとゾッとするやりとりをしたあと、ティスリは無詠唱で種火を付ける。そもそも呪文いらないじゃんか……
そして焚き火が完成するが、少し火力が強すぎたようだった。これだと鍋が置けそうにない。
「薪を入れすぎたな」
するとティスリは、燃え上がる焚き火を凝視しながら言ってきた。
「しばらくこのままでいいですよ。まだ空腹でもありませんし」
「そうか? ……ってかお前、なんでそんなに焚き火を見てるの?」
「焚き火なんて初めて見るので……確かにアルデの言う通り、こういうのは自然の炎がいいですね」
「まぁそうだけど……」
「ふふ……なぜでしょう……なんだか何時間でも見ていられそうです……」
「………………」
「ふふ……ふふふふふ……」
焚き火の光に当てられたティスリの瞳は、なぜか怪しげな感情が滲み出ている気がする……半笑いだし、ちょっと怖い。
おとぎ話に出てきた悪い魔女でも見ている気分になったが、しばらくすると火力もちょうどよくなってきたので、オレは焚き火の上に網と鍋を載せた。
料理の準備を始めたティスリが言ってくる。
「ところで、本当にアルデは料理ができるのですか?」
「切って煮たり、あと焼いたりくらいはできるっつーの」
「切って煮たり……もうその台詞だけで大した料理はできないと思い知った気分です」
「そりゃ、王宮の料理人みたいな真似は出来ないけどな。平民の家庭料理くらいは一通りできるって。実家では、家族みんなの料理をしてたんだから」
「そうなのですか? そもそも、平民の家庭料理とはどのようなものなのです?」
「そうだな……ああ、ちょうど、この旅路で宿泊している宿屋の料理って感じだな」
「なるほど。あのざっくりとした感じの料理ですか」
宮廷料理を食べ慣れているティスリからしたら、家庭料理ってのは大味に見えるのだろう。それはそれで気に入ったらしいが。
しかも今は屋外で調理器具も調味料も限られているから、オレは念のため付け足した。
「だけど、こういうところで食べる料理は、ほんと、焼いたり煮たりくらいしか出来ないからな? 文句言うなよ?」
「食べられるのなら、文句なんて言いませんよ。ただ以前、アルデが作った燻製肉があまりに不出来だったので心配になっただけです」
「それを文句と言うんだよ……」
オレはため息をついてからタープまで歩いて行く。その後ろをティスリがちょこちょこと付いてきた。
「何をするのですか?」
テーブルに食材を置きながらオレは答えた。
「野菜と肉を切るんだ」
「本当に大丈夫でしょうね?」
「平気だってば」
「まぁ……仮に指を切り落としたとしても魔法でくっつけてあげますから安心なさい」
「痛々しい例えをするなよ……!?」
「で、これから何を作るのです?」
「まだ肌寒いし鍋にしようかなと。本当はジビエっぽい料理にしたいんだけど、この辺は野生動物もいないしな」
暗くなった周囲を見回しても、月明かりに照らされた草原に動物の気配はまるでない。夜だからなおさらではあるが。
いずれにしても、大きな森でもなければ動物を狩ることは難しいだろう。だから今夜は肉屋で普通に買ってきた生肉を使う。
「アルデは狩りも出来るのですか?」
「ああ。オレの両親は体が弱くて、あんまり働けないって前に言ったろ?」
「そうでしたね」
「だから子供の頃から、いろんな仕事の手伝いをして賃金をもらってたんだよ。だから猟師の手伝いとかもしてて自然と覚えたんだ」
「なるほど……」
「興味あるなら、今度どこかの森にでも行ってみるか?」
「いえ……狩りはいいです」
「そうなのか? 貴族なんかは、趣味で狩猟をすると聞いたことあるけど」
「それは男性向けの趣味ですし、そもそも、生活の糧でもないのに殺生するのはどうかと思いますし」
「へぇ……まぁそう言われてみればそうだな」
普段からオレの事をコロすだの爆殺だの言っているわりに、動物には情が深いんだな。ということは、オレは動物以下ということなのだろうか……?
そんなことを考えながらも、オレは肉や野菜をぶつ切りにして、調味料でザッと味付けをする。ちなみにお金持ちのティスリがいるから、屋外だというのに調味料はけっこう充実した。
下味まで付けてから焚き火のそばに戻り、オレは食材をざーっと鍋にぶち込んだ。
その様子を見ていたティスリが呆れ顔で言ってくる。
「……やはり、アルデに任せたのは失敗でした」
「食べてもいないのになんだよ」
「本当に、切って煮るだけじゃないですか」
「いいから煮えるまで待ってろって。こういう場所で食うこういう料理が、実は美味しかったりするんだよ」
「そんなバカな……」
半信半疑のティスリをよそに、オレはスープの味も調えていく。
そうして煮詰まったのを見計らってから、スープを皿に盛るとティスリに手渡した。
「ほい、完成だ。今日はスプーンもあるからな」
以前、手掴みで食事することをティスリが嫌がっていたのを思い出しながらスプーンを渡す。
「………………」
ティスリは、湯気が立ちこめる皿をしばし見つけてから、意を決したかのように、ほこほこの鶏肉を口に入れた。
「………………!?」
そしてオレは、ティスリの目が丸くなるのを見逃さない。
「へへん、どうよ? 旨いだろう?」
「………………ま、まぁ……」
そしてティスリは、そっぽを向いてから言った。
「こういう場所で食べる食事は、大したことなくても美味しく感じるというのは本当のようです。少なくとも、以前の燻製肉よりはマシだと認めてあげましょう」
「あのなぁティスリ。旨いものは旨いと認めて食べた方が、より旨く感じるんだぞ?」
「ま、まずいとは言ってませんし?」
「まったく……素直じゃないなぁほんと」
「わたしが素直に頷いたら、アルデはここで精進をやめてしまうでしょう? 言わばこれはあなたへの教育なのです。つまりここでわたしが認めなければ、あなたはますます精進することになり、わたしはよりよい食事を食べられるというものです」
「へいへい、分かりましたよ。今後も従者として精進しますよ」
「ええ、そうしてください。まぁ今回は、キャンプという開放的な雰囲気にも助けられたとはいえ及第点はあげましょう」
「さよけ。ありがたきお言葉です」
などと言い合いながら、オレたちはあっという間に鍋を平らげるのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?