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[2−36]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第2章最終話 そして、わたしとアルデは背中合わせになって


 ティスリわたしは、声が聞こえてきた場内西門を見ます。すると大勢の衛兵を従えて、初老の男が歩いてきました。

「そこの女、判定はくつがえらん! 身分をわきまえて退くがよい!」

 ふんぞり返りながら歩くという器用なことをしながら、男は闘技台に上がってきました。

「そこのアルデとかいう選手の不正は明らかである! 認証局が出しゃばるまでもない!」

 男は闘技台中央までやってくると、拡声器を衛兵に持たせ、声高らかに宣言しました。

「なぜならこのワシ──フェルガナ領領主であるヴォルムス・フォン・フェルガナが認証するからである!」

 領主の登場に、会場内の喧騒ははち切れんばかりになりました。

 ジェフとやらに賭けた観客は喜んでいるようですが、その逆は落胆しています。賭け事に興じなかった観客もそれなりにいるようで、彼らはどこか白けた顔をしていました。結局は領主のさじ加減一つかよ……などと言いたげな顔ですね。

 領主の後ろに隠れた審判団の面々は、どこか安堵の表情を浮かべています。

 そして領主は、近衛隊や魔法士隊などにがっちり守られていました。

 ふふ……まぁ……やはり、そうなりますよね?

 もちろん、最初から分かっていたことではありますが。

 己の正しさを証明出来なくなった途端、権力を振りかざし相手を屈服させる。いかにもこの国の貴族がやりそうな手口です。

 だからもちろん、この展開はわたしの思うツボなわけですが。

 そう……まさに意図通りというわけですよ。

 これで目前の領主は、少なくとも、公営賭博で八百長をしていた罪状が付くわけですからね。ふふふ……

 そして、そこからさらなる取り調べをしていけば、いったいその資金がどこから流れてくるものなのか、すぐに割り出せることでしょう。

 つまりこの領主は、このわたしの目の前に立ちはだかった時点で、人生もう終了、というわけなのです。

 ふふふ……

 ふふふふふ……

「お、おいティスリ?」

 いつの間にかわたしの隣にいたアルデが、わたしに声を掛けてきます。

「落ち着けよ、な?」

 妙なコトを言ってくるので、わたしはアルデに顔を向けました。

「何を言っているのです? まったくもってわたしは落ち着いているし、極めて冷静ですよ」

「いやいや魔力が……魔力が漏れてるから……!」

 そう言われ、わたしはふと自分の体を見下ろしました。

 気づけば体中から、気体となった魔力が立ちこめていました。

 あら、いけない。

 ついうっかり、感情を高ぶらせすぎたようですね。

「ふふ、安心してくださいアルデ」

「今のお前の状況で、いったいどうして安心できると?」

「感情は多少高ぶっていても、超絶天才美少女であるわたしの思考は冷静ですから」

「だったら魔力を押さえろよ!?」

 アルデの抗議はスルーして、わたしは領主を睨み付けました。

 分不相応にも、領主が睨み返してきます。

「キサマ! このフェルガナ領領主に楯突く気か!?」

「だとしたら、なんだというのです?」

「反逆罪で即刻処刑にしてやるぞ!?」

「ふふん」

 わたしの怒気に気押されながらも、なけなしの権力を振りかざす領主を、わたしは鼻で笑います。

 それから、一歩踏み出しました。

「やれるものなら──やってみなさい!」

 そして即座に突っ込みます!

「結局こうなるのかよ!」

 アルデが嘆きつつもわたしの後に続きます。

「ひ、ひえぇぇ!?」

 他人の魔力を直接浴びたら、よくて気絶か最悪死亡ですから、衛兵たちは慌ててわたしから距離を取りますが、遅すぎます!

雷撃掃射トニトゥルーム・ストラーフィング!」

 頭上に巨大な雷の塊を出現させて、そこから無数の雷撃を打ち出します。衛兵達は泡を食って逃げ出しますが、直撃した者からバッタバッタと倒れていきました。

 領主は頭を抱えると、悲鳴を上げて後退します。

 アルデは、少し離れた場所で模造刀を振るっていましたが、わたしの元へと近づいてきました。

 そして、わたしとアルデは背中合わせになって、取り囲む衛兵達と対峙します。

「おいティスリ、加減しておけよ?」

「分かっています。衛兵達にまで罪はないのですから、眠ってもらうだけです」

「にしては、ずいぶんと痛そうだけどなぁ」

「アルデだって、模造刀で思いっきり殴ってるではありませんか」

「刃が潰れてんだから仕方がないだろ」

「なら、わたしも仕方のないことなのですよ──!」

 軽口を叩いてから、それぞれの方向に突っ込みます。

雷剣トニトゥルーム・グラディウス!」

 たくさんの観客がいますので、大出力の魔法は使えません。そしてセコンドとして立ち会っていたわたしは丸腰でしたので、魔法で剣を生み出しました。

 天の火剣レーヴァテインでは、一薙ぎで観客席もろとも吹き飛ばしてしまうかもしれませんから、それより遙かに出力を弱めた魔法の剣を手に持ちます。

 雷系統の魔法は、炎系統の魔法に威力こそ劣るものの、威力をコントロールしやすく、また延焼等の危険もないので扱いやすいのが特徴です。

「ぎゃーーーー!」

「ひええーーー!」

「お助けーーー!」

 正面からも頭上からも、触れるだけで感電死するかのように見える魔法に、衛兵達はドミノ倒しのように倒れていきます。実際は気絶しているだけなのですが、味方の生死を確認する余裕もない衛兵達は、すぐさま隊列を乱して逃げ惑いました。

 そんな衛兵に、領主が怒号を放ちます。

「キ、キサマらァーーー! 何を逃げ出しておるか!? 敵前逃亡だぞォーーー!」

 しかし衛兵達は、領主の制止も聞かずに方々へと散開していきます。どうやらあの領主、正規兵の統制も出来ない無能のようですね。

 領主への道が開けたので、わたしが歩き出すと、わずかに地鳴りを感じました。

 この感覚は……まさか……

 後陣を見ると、数十名の魔法士が杖を掲げています。魔力を放っているのは魔法士ではなくその杖ですから、あれは魔具なのでしょう。

 そうして揺れがさらに大きくなり、会場内がどよめきました。

 この魔法は、おそらく攻城戦用の──

「──大地の巨人テラ・ジャイアント!」

 魔法士が一斉に魔法を解き放つと、立っていられないほどの揺れが闘技場を襲い、観客席からも悲鳴が沸き起こります。

 そして闘技台を取り囲むかのように、土と石で出来た30体の巨人が現れました。

 人の背丈の優に数倍はあるゴーレムで、城壁などを破砕するために使われる魔法です。ですがその攻撃精度は非常に雑で、また制御も難しいので、下手をしたら観客席に向かって突進しかねません!

「この場でそんな魔法を使うなど正気ですか!? 臣民もいるのですよ!」

 しかし目を血走らせた領主は引きそうにありません……!

「知ったことか! 平民など減ったところでまた増やせばよい! キサマら平民に負けたと知られ、我ら貴族の尊厳を損なうことのほうが大問題だ!」

 とんでもないことを言ってくる領主に、わたしは唖然としてしまい、二の句が継げなくなります。

 この男、臣民の命をなんだと──

「おいティスリ! どうする!?」

 残っていた衛兵をすべて片付けたアルデが駆け寄ってきます。

「お前の魔法でやれるのか!?」

「あのゴーレムを粉砕するには、高出力の魔法でなくてはなりません。ですが打ち倒したとしてもその破片が飛び散って、観客に被害が出てしまう恐れもあります」

「だが、今から避難誘導しても間に合わないぞ!?」

 今まで気楽にしていた観客達も、ただならぬ雰囲気に恐慌し始めています。すでに出入口に殺到していて、下手をすると押し合いへし合いになって死傷者が出かねません。

 さらに魔法士たちは、今にも気絶しそうな状態です。強力な魔具が放つ魔力に耐えられなくなっているのでしょう。本来なら、十数名の魔法士が一体のゴーレムを生み出すわけですから、それも無理からぬ事ですが、気絶されてはゴーレムの制御が失われます……!

 そんな状況を数瞬で確認し──そしてわたしは判断を下しました。

「まったく……この手は使いたくなかったのですが、やむを得ません」

 そうして、わたしは虚空に浮かびます。

 さきほど作った掲示板に、自身の姿を投影しました。

 そして拡声魔法で、この場にいる全員に声を届けます。

「観客も衛兵も領主も! この場にいる全員、静まりなさい!」

 大音量のわたしの声に、周囲がいっとき静止します。

 その隙に、わたしはポケットから紋章のペンダントを取り出すと、空に向かって高々と掲げました。

「この紋章、知らぬとは言わせませんよ!」

 平民である観客達は、この紋章がどこの家のものなのかまで分かる者は少ないでしょうけれども、紋章を持つ存在が貴族であることくらいは分かるでしょうし、だから状況的に、領主より高位の存在であることも理解できるはず。

 そんなわたしの思惑通り、狂乱しかけていた観客はその場で硬直し、領主たちは呆然としてわたしを見上げます。

 アルデだけが「やれやれ……」とでも言いたげな顔をしていましたが。

 そんな痛いほどの静寂の中、ゴーレムの不気味な駆動音だけが響いていました。

「まず奥の魔法士! ただちに魔法を解除しなさい!」

 紋章のペンダントを魔法士に向けると、魔法士達は大慌てで魔法を解除します。するとゴーレムたちは、埃を上げながら土塊つちくれに還っていきました。

「つぎに領主の近衛! その剣先、いったい誰に向けているのか分かっているのでしょうね!」

 領主の周囲を固めていた近衛兵たちは、顔面蒼白になって剣を捨てると、片膝を突いて最敬礼の姿勢を取りました。

「さて……」

 そしてわたしは、でっぷりと肥えた領主を見下ろします。

「そこの領主! あなたが牙を剥いた存在が誰であったのか、言ってみなさい!」

 わたしに睨まれた領主は、金魚のように口をパクパクさせながら、擦れた声を出しました。

「ま……まさか……ティアリース……殿下……」

 さすがに領主ともなれば、王家の紋章は分かるようです。もっとも、近衛兵も魔法士も見ただけで分かったのですから、領主が分からないはずないですが。

 だというのに領主は、後ずさりながらも首を横に振りました。

「い、いや……ち、違う……」

 顔を汗まみれにしながらも、周囲に向かって叫びます。

「違う! あやつは王女殿下ではない! これはかたりだ! あの女は殿下を騙る犯罪者だ!!」

 しかし、領主配下の誰一人として起立しようとしません。

 一人で喚き散らす領主に、わたしは低い声で言いました。

「王宮より打診があったはずです。現在、わたしがお忍びで各地を視察していると」

 わたしがそう告げると、領主は目を見開き、言葉を詰まらせました。

「…………!? そ、それは……!」

「ヴォルムス・フォン・フェルガナ。いったいいつ、わたしがおもてを上げよと言いましたか?」

「…………ッ!!」

 領主は苦悶の表情を浮かべながらも、片膝を突いて、その場にひれ伏します。

 こうして、闘技場に突っ立っている人間は、アルデただ一人となりました。

「おーいティスリ、オレも最敬礼したほうがいいかァ?」

 などとマヌケな声を上げてくるので、わたしは無視を決め込むと、領主を見下ろします。

「さて、ヴォルムス。何か申し開きがあるのなら聞きましょう」

「で、殿下! これは……これは違うのです!」

 わたしが許可を出してもいないのに、領主は顔を上げて言い募ります。

「これは……ちょっとした余興だったのです! それ以上でも以下でもございません! わ、わたしは、この武術大会を盛り上げるために尽力しようとしただけで……! しかしそれが少々行きすぎてしまったのは痛恨の極みであり猛省する所存でありますが……そ、それに、行啓中であらせられる殿下のことは、ついぞ今まで存じなかったわけでして、まさか殿下の従者が大会出場していたとは夢にも思わず──」

「ヴォルムス」

「は、はっ──!」

「あなたには、賭博罪と詐欺罪の容疑がかかっています」

「ま、待ってください殿下!?」

「さらに、闇賭博への関与とマフィアとの繋がりもわたしは疑っていますが、それらについては、今後の調査と裁判で明らかになることでしょう」

「そ、そんな──!?」

「いずれにしても、たった今、あなたが行った戦闘行為だけでも重罪です」

「お待ちください殿下! わたしは、あなたが殿下だとは知らなかった! なのに反逆などと受け取られては──」

「そんなことはどうでもよろしい!」

 わたしが言い放つと、領主はヒッと悲鳴を上げて尻もちを付きました。

「真実をねじ曲げ、おのが欲のために臣民をないがしろにしたその行為! とても領主の所業とは言えません!」

「ま、待って──」

「ゆえに王権をもって断じます! ヴォルムス・フォン・フェルガナは、フェルガナ領領主を解任! さらにフォン家家長かちょうとしての地位と権限も剥奪! その罪状が確定するまで、牢獄に閉じ込めておきなさい!」

「待ってください殿下!? ど、どうかお許しを!! どうかお慈悲を!? 王女でんかあぁぁぁぁぁ!」

 直視に堪えないほどに泣き叫ぶ元領主は、自分の部下であった近衛兵二人に腕を取られ、引きずられるかのように退場させられました。

「はぁ……まったく……」

 そしてわたしは浮遊魔法を解いて、闘技台に着地します。

 闘技台で、一人だけ突っ立っていたアルデが、気楽に声を掛けてきました。

「お疲れさん」

 そんなアルデの顔を見たら──

 ──どういうわけか、くすぶる怒りは霧散していきました。

 だからわたしは、疲れた声で言いました。

「まったく……素性を隠してスローライフを満喫していたのに、気分台無しです」

「ま、いいじゃんか。そのおかげで、コロシアムの観客は元より、きっと、この領地すべての民が救われたんだからさ」

 そんなことを言いながらアルデが観客席を見たので、わたしもつられて臣民を眺めました。

 事態の収拾を悟った臣民たちは、最初は呆然としていたものの、やがてそこかしこで拍手が起こります。

 そうして数分後、場内は、割れんばかりの拍手と喝采に包まれたのでした。

(エピローグにつづく)

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