[3−23]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第23話 農家に一人、魔法士ですか……悪くないですね……
もはや恒例行事といってもいいかもしれない朝の一悶着をこなした後、アルデたちは、ミアの農地にやってきた。魔動車がなかったら遅刻してたところだ。
ちなみに……魔動車に乗り込んだユイナスがそのスピードに驚いたり、魔動車を乗り付けたら村人達が驚いたりしたが、まぁその辺は想定通りといったところか。
そうして農地に集まったのは、オレたち三人の他にはミアと、あとウルグじいさんがいた。それ以外の村人たちは、すでに作業を開始しているので散り散りになっている。
オレはティスリに「ウルグは、村に来たとき、最初に再会したじいさんだよ」と説明したが、頭のいいティスリは、顔どころか名前まで覚えていた。オレなんて、あの程度の挨拶なんてすれ違いみたいなものだから、すぐ忘れるというのにすげぇな。
っていうか、なんでウルグがミアの農地にいるんだ? ウルグは自分の農地を持っているはずだが。
オレは疑問に思ってそれを尋ねると、ウルグが答えた。
「ミアんちの収穫作業が遅れているから、手伝いを頼まれたんじゃ。あとお前達の面倒も見ることになっとる」
「へ? 収穫遅れてるの?」
子供の頃から手伝いをしていたとはいえ、農業に関してオレは素人なので、どの程度の進行具合なのかまではよく分からない。しかしその素人考えだとしても、収穫作業が遅れているのに、ほぼ観光でしかない農業体験なんてさせていいのだろうか?
オレは疑問に思ってミアを見ると、ミアはなぜか慌てながら言ってきた。
「だ、大丈夫だよ? 農業体験といっても、人手が増えるのに違いはないから、むしろ助かるし……」
「そうなのか? ならいいんだけど……」
とは言っても、今回はガッツリ手伝いというより、あくまでも体験だから、そこまで効率は上がらないと思うけどなぁ?
オレが首を傾げていると、ウルグがオレの肩をポンポンと叩く。
「まったくおまいさんは……言わんこっちゃない」
「な、なんだよじいさん……どういう意味だ?」
「この面子を前にまだ気づかんとは……肝が据わっているのかバカなのか……」
「だからどういう意味だよ?」
「本気で背中には気をつけるんじゃぞ?」
「真面目な顔して不吉なことを言うな! そもそも意味不明なんだが!?」
しかしウルグは、それ以上何も言わずにティスリを見た。
「さて。そうしたら早速じゃが、収穫方法を教えるぞ」
ウルグにそう言われ、ティスリは真剣な面持ちで頷いた。
「はい、よろしくお願いします。ウルグさん」
そしてウルグの農業授業が始まる。
ちなみにオレとユイナスは、作業工程自体は把握しているので復習といった感じだ。オレは率先して、ユイナスは嫌々、子供の頃から収穫作業に駆り出されていたからな。何しろ小麦の刈り入れは、手作業でやらざるを得ないから村総出なのだ。
まず鎌を片手に刈り入れをする。つぎは刈った小麦を束ねて乾燥させる。その後の脱穀なんかは、ある程度の大型農具を使うものの、もちろん全自動というわけにはいかない。人の手で地道に脱穀しなければならないのだ。
というわけで午前中は、刈り入れ作業をみんなですることにした。本来は何日もこの作業をやるわけだが、今回は農業体験が目的なので、午後からは、刈り入れ以外の農作業も一通りやる予定だ。
「あ、皆さん。ちょっといいですか?」
ティスリは全員を呼び止めてから魔法発現する。
「日焼け止め」
オレたちの体が少し光ったかと思うと、すぐにその光は消えてなくなった。
ミアが驚きながら、自分の体を見回してティスリに聞いた。
「い、今のは……なんですか……?」
平民の、しかもこんなド田舎の農村にいたら、魔法発現を見ること自体が珍しい──というより生まれて初めてのはずだ。
もちろんユイナスも驚いて自分の体を見下ろしている。ウルグはポカンとしていた。
そんなみんなに向かって、ティスリはにこやかに言った。
「日焼けするのを完全に防いでくれる結界魔法です。効果は12時間ほどですので、今日は日焼けを気にする必要ありませんよ」
ティスリのその説明に、ユイナスが半ば呆然としながら「これが、魔法……?」とつぶやいていた。
さらにミアがティスリに言った。
「あ、ありがとうございます……本当に魔法士なんですね……あ、いえ、疑っていたわけではないんですが……驚いちゃって……」
「いえ、お気になさらず。日焼けをしすぎると体に悪いと言いますからね」
別に見た目に気を使っていない、オレやウルグにも魔法を掛けたのはそういう理由か。ウルグは帽子を被って長袖長ズボンだが、それでもけっこう日に焼けているからな。
「それでは始めましょうか。ウルグさん、レクチャーお願いしますね」
そうしてオレたちは、ウルグからレクチャーを受けた後、今度こそ刈り入れ作業に取りかかる。
腰をかがめて、茎を根元から刈り取っていく作業は……相変わらずしんどいな。こればっかりは、どんなに体を鍛えたところで我慢するしかない。同じ姿勢で居続けることは、体を鍛えるのとはまた別種のツラさがあるからだ。もちろん、丈夫な体でいることに越したことはないが。
そんなわけで、小一時間もやっていると早くもユイナスが音を上げた。
「あーーー! 腰が痛い! やってられない!!」
ユイナスは、大きく体を反らせながらそんなことを叫ぶ。その近くで作業をしていたオレは、ユイナスに言った。
「やりたいっていったのはお前だろ」
「農作業自体をやりたいわけじゃないのよ、わたしは!」
「ああ……そうか。お前、ティスリと仲良くなりたかったんだよな」
「ちちち、違うわよ!?」
「違うも何も、昨日言ってたじゃん」
「言ってたけど違うの!」
「照れ隠しってヤツだな」
「そうじゃないんだけど!?」
「まぁ農作業を延々とやってたら、仲良くなるどころじゃないしなぁ。そりゃ愚痴りたくもなるか」
「妹の話を聞いてるお兄ちゃん!?」
気晴らしにユイナスをからかっていると、少し離れた場所で刈り取りをしていたティスリも体を起こす。
「ふぅ……確かに、想像以上の重労働ですね。こんなに体を酷使するとは知りませんでした……」
そりゃあ、ティスリは王女殿下だったんだから、普通に過ごしていたら一生涯、農作業なんて知らなかっただろう。ってか知る必要もないというか。
するとミアも体を起こしてため息交じりに言った。
「毎年、麦畑が黄金色になるのを見ると、喜び半分、憂鬱半分なんだ……」
それを聞いて、ティスリは感慨深げに頷く。
「なるほど。農作業を知らないわたしたちからすれば、ただひたすらに美しくて喜ばしい光景ですが……この広大な麦畑を、人の手で刈り取らねばならないと考えると、確かに憂鬱になるでしょうね。これはちょっと、対策を練る必要がありそうです」
そういって、ティスリは思案顔になる。ああいう顔をするときのティスリは、何か、とてつもないことを考えているときなのだが……いったい何を考えているのかまでは、オレには想像すら付かない。
それから少しして、ティスリが全員に向かって言った。
「とりあえず今日は、体の負担だけでも軽減しておきましょうか──疲労回復、身体強化」
ティスリが魔法発現すると、またぞろオレたちの体がいっとき輝く。
すると、さきほどまで感じていた腰の痛みがあっという間になくなった……!
「ん……?」
ちょっと遠くで、黙々と刈り取り作業をやっていたウルグも、体の調子がいきなり変化したのに驚いたのだろう、こちらに向かってくる。
「おーい、お嬢ちゃん、今度はいったい何をしたんじゃ?」
「体に溜まる疲労物質を少々軽減したのと、あとは酷使される部位の自然治癒力をアップさせました。それと魔力により、全身の筋肉を補助しているので、動きやすくもなるはずです」
「な、なんと……!?」
ティスリの説明に、ウルグさんは目を丸くする。それから腰を捻ったり、ジャンプしたりして魔法の効果を試していた。
「ほ、本当じゃ……! 腰痛がなくなっているし、信じられないくらい体が軽い……!」
「身体強化は魔力製のパワードスーツを着るようなものですからね。とはいえ無理は禁物ですよ?」
「ぱわー……なんじゃって?」
ティスリはさらりと説明しているが、もちろん、これら魔法はティスリだから発現できるのだ。
衛士をやっていたころ、魔法理論も学ばされたことがあったが、そもそも、魔法で疲労回復なんてできないはずなのだ。怪我の治療はできても。
もし魔法で疲労回復できるのなら、兵士の疲労を取り除くことで、まるで永久機関のような軍隊が完成しているところだ。
まったく疲労を感じない兵士なんて怖すぎるわけだが、もちろんそんなことできるわけがない。
だというのに……ティスリは、不可能であるはずの魔法をさらりと発現するんだよなぁ……
この場にいる全員が驚いているが、もし魔法士が居合わせたのなら、驚き過ぎて失神しているかもしれない。
オレがそんなことを考えていたら、ティスリがみんなに言った。
「少なくとも、体の痛みはなくなるはずですから、午前中はこれで乗り切りましょう」
するとウルグさんは笑顔で言った。
「いやぁ、助かるよお嬢ちゃん。ありがとうな」
「これくらい、お安いご用ですよ」
「それにしても魔法とは便利なものじゃのぅ。農家に一人、魔法使いが欲しいもんじゃ」
う〜ん。魔法って、そんな気軽に使えるもんじゃないんだが……
ティスリのせいで、木訥としたじいさんにあらぬ誤解を与えてやいないか心配になってきたが、ウルグの台詞を聞いたティスリは、なぜか真剣な面持ちになっていた。
「農家に一人、魔法士ですか……悪くないですね……」
いやいや……さすがのティスリでも、魔法士を量産することはできないだろ──
──とオレは思うも、ティスリのことだから、本気で魔法士を量産しかねないと思うのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?