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[1−37]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第37話 さぁ──選べよティスリ!

 アルデオレは、吹き飛びそうになるのを姿勢を低くして堪えていた。

 魔法発現したティスリは、今や、空中庭園の上空数十メートルの高さで、炎の竜巻の中に傲然と浮かんでいる。炎の竜巻は曇天をも突き抜け、その雲を引っかき回したせいか豪雨が降り始めた。

 その豪雨が炎の竜巻に触れると一気に蒸発し、予期せぬ乱気流を生み出して、もはや空中庭園はぐっちゃぐちゃの大嵐と化している。

 当然、その場にいた数百人の衛士とお偉方は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出していた──そんな最中さなか、オレの脳裏に声が響く。

「アルデ・ラーマ! お姉様を止めなさい!」

「はぁ!? あんなバケモノ、止められるわけねーだろ!?」

 オレは周囲に視線を巡らせるが、逃げ惑う衛士達の後ろ姿が見えるばかり。しかし声はオレの頭に直接響いてくる。これは……念話魔法というヤツか?

 声の主はさらに言ってきた。

「このままでは、あなたもろとも王城が真っ二つです!」

「どんな魔法だよそれは!?」

 オレの叫びに、別の女性が念話してくる。

「あれは天の火剣レーヴァテイン──対人戦における殿下最強の攻勢魔法です! 伝承にある『天の火』を模して考案された業火のつるぎで、その丈はデフォで斬馬刀の三倍もあり、しかも伸縮自在! リリィ様がおっしゃる通り、一振りでこの王城が溶解する威力です!」

「対人戦でそこまでの威力にする必要ないだろ!? しかもあの竜巻はなんだ!」

「業火の竜巻はレーヴァテインの余波に過ぎません! しかし触れた途端、人体は灰燼に帰します! 瞬く間もなく!!」

「あの女はやはりバケモノだ!」

「お姉様をバケモノ呼ばわりなど万死に値しますよ!?」

「知るかよ!」

「いいからお姉様を止めなさい! さもなくば──」

 しかしそこで念話が途切れる。短距離用の魔法らしいから、通信するには距離が開きすぎたのだろう。

「くっそ! 自分たちは逃げてるくせに!!」

 悲鳴と怒号が交錯し、豪雨と火の粉が降り注ぐ中、竜巻の中心がカッと輝いたかと思うと光子が一閃。パックリ割れた竜巻の中から、炎の大剣を携えたティスリが降り立った。

 ぶっちゃけ、こえぇ……

 たぶん魔族だって、あそこまでの威圧と魔力は放てないと思うぞ……?

 ティスリは本当に人間なのだろうか?

 オレが顔を引きつらせていると、ティスリが口を開く。

「さて……アルデ。覚悟はいいですね?」

 なんというか……場違いなほど穏やかな口調だった。

「いいわけないだろ!? 話を聞けって!」

「あなたの話はもう十二分に聞きました。ですので──」

「くっ!!」

 ティスリが一気に間合いを詰めてくる。

「──そろそろ死になさい!」

 ズン──!

 オレは抜刀すると火剣を受け止める。

 だが火剣を止めたのは防御結界だ。巨大な火剣を携えたティスリに、さきほどまでのスピードはなくなっていたから、指輪の結界が発現したのだろう。

 しかし──!

(なんて威力だ!?)

 オレは結界ごと薙ぎ払われ、数十メートルは吹き飛んだ!

 オレが吹き飛ばされた地点には逃げ遅れた衛士達がまだ残っていて、悲鳴を上げて散っていく。

 しかし奴らに構っている余裕はない!

 吹き飛ばされたが、結界のおかげでノーダメのオレはすぐ立ち上がる。が、すでにティスリが間近に接近している。

「この、分からず屋が!!」

 オレが全身全霊で刃を振るうが、しかしティスリに纏わり付いている炎によって刀身が溶解してしまった!

「まぢかよ!?」

「アルデ! あなたいま本気でわたしをヤろうとしましたね!?」

「お前だって本気だろーが!?」

「わたしはいいのです! だから大人しく死になさい!!」

「どんな理屈だ!?」

 武器を失ったオレは、大上段から振り下ろされる火剣を、無駄だとしりながら両腕をクロスさせて防御姿勢を取る。

 バチ! バチバチバチ──!!

 すると火剣と結界が激しくつばぜり合い、そこから電撃やら火花やらがほとばしった!

「くそっ!?」

 ってかなんて重さだ!?

 結界越しでもティスリの剣圧が伝わってきて、オレは押し潰されそうになる。空中庭園の石床にはすでに無数の亀裂が走っていて、下手すりゃ床が抜けそうだ!

「こなくそおぉぉぉぉぉぉ!!」

 オレは渾身の力を込めて体をよじり、火剣を横に逸らす。

 石床に触れた火剣は、瞬く間に石床を溶解させて、周囲一帯が溶岩のようになった!

 どんだけ熱いんだよあの剣は!?

 オレは溶岩に足を掬われないよう飛び退いて、さらに後退を余儀なくされる。

 四方の出入口が渋滞しているせいで逃げられない衛士達に叫んだ。

「お前ら邪魔だ! 死にたいのか!?」

 衛士達は泣き叫びながら散っていく。

 しかし間髪入れずティスリが突っ込んでくる。

「くそ! いい加減にしろティスリ!!」

「絶対に許さないと言ったでしょ!」

 オレの懐めがけて火剣が迫るので、オレは右腕でガードしながら足を踏ん張る。

 ズガン──!

 結界と火剣がぶつかる激しい衝撃に吹き飛ばされないよう、オレは腹に力を込めた。

「いい加減にしろよティスリ! 下手すりゃ死人が出るぞ!!」

「わたしを裏切った人間なんて知りません!」

「裏切ったって、少なくともオレは裏切ってないだろ!?」

「わたしの純潔を奪って姿をくらませたくせに!」

「だからそれは誤解だっつってるだろ!?」

「誤解でもなんでも、わたしをあんな気持ちにさせたのは事実です!」

 あんな気持ちって──ティスリは一体何に怒ってるんだ!?

 オレはまたもや吹き飛ばされて、錐揉みしながら石床の上を滑っていく。そこをめがけて、間髪入れずにティスリが大剣を振り下ろしてきた!

「くっ──!」

 オレは、真剣白刃取りでもするかのような格好で火剣を受け止める。実際に受け止めているのは結界なのだが──その結界が警報を鳴らしてきた!?

 ──ビー! ビー! ビー! 完全防御結界の許容量を上回るダメージを被弾しています。直ちに退避してください。

 な、なんだと!?

 完全な防御だから完全防御結界なんじゃないのか!? どうなってんだ!?

 ──ビー! ビー! ビー! 設計思想を上回るダメージを被弾しています。直ちに退避してください。

 ピキッ!

 その小さな音がヤケに大きく聞こえてきて──

 ──音源を見れば、ティスリの指輪にヒビが入っているんだが!?

「お、おいティスリ!? 話をしよう!?」

「あなたと話すことなど何もありません!!」

「オ、オレが悪かった! 本当に悪かったと思ってる!!」

「何を今さら! わたしの気持ちも知らないで!!」

「いや待て! お前の気持ちはよく分かってる! 分かってるから!?」

「あなたみたいな人に分かるわけないでしょう!?」

「分かってるって! ぼっちだから寂しかったんだろ!? な!?」

「はあ!?」

 ズドン──!!

 ティスリの剣圧がさらに増した!?

 ──ビー! ビー! ビー! 結界の許容量をオーバーしています! ただちに退避を!

「わたしが寂しいわけないでしょう!?」

「す、すまん! 今のはオレの勘違いだった!!」

 ──ビー! ビー! ビー! ダメージ過多! 結界維持不可能! 間もなく結界は消失します!

「あなたにわたしが理解されるなんて不愉快です!」

「だよな!? そうだと思った!」

 ──ビー! ビー! ビー! 結界消失まで残り5秒!

「わたしと契約しておきながら! わたしの前から姿をくらませて!!」

「仕方がないだろ!? 寝てる間にさらわれたんだよ!」

 ──ビー! ビー! ビー! 結界消失まで残り4秒!

「わたしの護衛なら! 攫われること自体が裏切りなのです!!」

「無茶いうな!?」

 ──ビー! ビー! 結界消失まで残り3秒!

「指輪を持たせたのだから! わたしの元にすぐ戻って来られたでしょ!!」

「その指輪がもう壊れそうなんだが!?」

 ──ビー! 残り2秒!

「なのにあなたは! 王城で親衛隊の女子とよろしくやっていたわけですか!!」

「それこそ誤解なんだ!? 信じてくれ!!」

 ──残り1秒!

「信じられるわけないでしょ!」

 ──結界消失!

「くっ!」

 オレは一か八かで横っ飛びする!

 その直後、今し方オレがいた場所で大爆発が起こった。

「うおおおおおおお!?」

 オレは爆風に煽られて宙を舞い、方向感覚を一瞬失うもすぐ立て直し、なんとか着地に成功する。

 体を手早くチェックするが、爆発による怪我はなかったようだ。しかし……

 左手薬指を見れば、そこに指輪は填まっていない。結界消失と共に、木っ端微塵に砕け散ったようだ。

 えーっと……これって……

 もはや、詰みじゃね?

 後ろを見れば、すでに空中庭園の端まで追い込まれている。頑丈なはずの柵は吹き飛び、地上数百メートルに位置するこの空中庭園から飛び降りれば当然即死だ。決死の覚悟で壁伝いに降りたところで、ティスリに上から一薙ひとなぎされたらジ・エンドだろう。

 そうしてもちろん、オレの前面には業火の大剣を携えたティスリが、悠然と迫ってくる。

 その体には蛇のような炎が纏わり付き、豪雨をすべて蒸発させ、右手に火剣をだらんと構えたティスリは、ゆっくりと歩いていた。

 その形相は──オレは、生まれて初めて鬼を見たと思えるほどだった。

 一体全体、どうしてこんなことになったんだ?

 オレは、なぜか冷えていく頭の中で自問を繰り返す。

 つい先ほど……午前中までは、ティスリが来てくれたらすべてが解決すると楽観視していたのに、なぜかそのティスリに追い詰められて絶体絶命ときてる。

 ああ、そうか。午前中と言えば──

 ──ティスリが言っている『親衛隊の女子とよろしくやっていた』ってのは、あの毒を盛ろうとした女兵士のことか。

 だとしたら誤解であることは間違いないのだが……あの女兵士がティスリにいらんことを吹き込んだのだろうか?

 しかしだとしても、今この場で、オレが無実だと証明することができるはずもない。産科医院に行って精密検査を受けてもらえれば無実は証明できるかもしれないが……そもそも、嘘をついている貴族連中がそんなことをしてくれるはずもない。

 ん……ちょっと待て?

 だとしたらティスリが怒っているのは、自分が手籠めにされたことではなくて……

 オレが、他の女に手を出したことに怒っているということか?

 まぁ……ティスリのこれまでの発言から察するに、今はまともな思考が出来ていないようだから、自分のコトと他の女のコトと、どちらもが渾然一体になってしまっているようではあるが。

 だとしたら……

 えーと……

 オレは、どうすればいいのだろう?

 出口のない思考に填まっていたら、気づけばティスリが目前に迫っていた。

「さて……アルデ。覚悟はいいですか?」

 激高を通り越し、今や恍惚とした笑みを浮かべるティスリに、オレはもはや……ため息をつくしかなかった。

「分かったよ……もう、お前の好きにしてくれ」

「ふふふ……よい覚悟ですね?」

「だがこれだけは言っておく。オレはお前を裏切っていないし、お前や他の女に手を出してもいない。オレは潔白だ」

「まだそのような戯れ言をいうのですか?」

「戯れ言じゃない。それが真実だ」

「……信じられません」

「だからもういいって言ってるだろ。オレを信用できないというのなら、お前の手で一思いにやってくれ」

「………………」

 ティスリの瞳から感情が消える。だが火剣を持つ右手が──いやティスリの華奢な全身が小刻みに震え始めていた。

「さぁ、選べよ。オレか貴族か。オレか王族か。オレを選んでくれるのなら、このまま旅に出掛けよう。オレの故郷が見たいんだろ、連れてってやるよ」

「…………!」

「だが王侯貴族を選ぶというのなら、もう知らん。オレを殺して、元の鞘に収まれよ。そもそもそれこそが、お前の役目なんだからな」

 オレが突きつけたその選択肢に、ティスリが苦悶の表情を浮かべながらも火剣を大上段に振り上げた。

「わずか二日間しか行動を共にしなかったあなたのことを……そこまで信じられるはずがないでしょう!?」

「なら、ひと思いにやれと言ってるんだ」

「諦める前に、わたしを信用させるだけの言い分けをしなさいよ!?」

「何もねぇよ。オレは、なんの後ろ盾も権力もないただの平民だ。そんなオレに目を掛けてくれた、唯一の存在が王女殿下だったんだからな。そのお前がオレをもう信じられないというのならそれまでだ」

 気づけば、周囲に衛士は一人もいなくなっていた。王女が戦っているというのに無責任な奴らだ。まぁ……こんなデタラメな攻勢魔法を見せつけられたのでは無理もないが。

 オレは、天の火を模したという火剣──レーヴァテインを見上げる。その火力はさらに激しくなったようで、相変わらずの豪雨をもろともせず、朦々と水蒸気を上げて、ティスリの頭上に煌々と輝いていた。

 見るだけで身がすくむかのような、そんな暴力的な刀身だったが……しかしオレは、まったく怖くなかった。

 なぜなら、あの業火を操っているのはティスリだから。

 ティスリは、あの刃をオレには振り下ろせない。

 オレの中には、その確信が芽生えていた。

「さぁ──選べよティスリ! オレと一緒に追放されるか! それとも王侯貴族共にこのまま飼い慣らされるか! どっちなんだ!」

 オレの声に、ティスリの表情が苦悶に歪む。

「あなたは──」

 そしてティスリは叫んだ。

 まるで泣きじゃくる幼子のように。

「あなたは──卑怯です!」

 そしてティスリは、レーヴァテインを振り下ろした。

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