[2−29]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第29話 だって……お二人が愛を誓い合った指輪ですし?
ティスリたちは、地下水路に乗り捨ててあった馬車に、捕らえた黒づくめを詰め込んで、あとついでに変態三人組も乗せていました。
てっきり、変態組は逃げ出したかと思いましたが、制御室の外で律儀にわたしたちを待っていました。わたしたちは彼らにもう用がないのですが、しかし変態組が言ってきたのです。
「お、お願いします! オレたちも助けてください!」
「はぁ? なぜわたしたちがあなた方を助けなくてはならないのですか」
「ここまで案内したじゃないですか!」
「あなた方がグレナダ姉弟を攫わなければ、こんなことにはならなかったのですよ?」
「ち、違う! オレたちが攫ったんじゃない! オレたちもあの黒づくめ達に脅されたんです!」
「だとしても、当初は共謀していたのでしょう?」
「そ、それはそうですが……でも反省してます! この通りです! でないとオレたち、そいつらの仲間に殺されます!」
そう言って三人が土下座をしてくるので、わたしはため息をついて言いました。
「はぁもう……分かりましたよ。ならあとで、一定期間使える魔具を上げますから」
「本当ですか!?」
「ええ。そうしたら魔具を使って、どこへなりとも逃げなさい」
「ありがとうございます!」
「これに懲りたら、もう、こんな悪事に荷担するのではありませんよ?」
「肝に銘じます!!」
こうして、わたしたちは変態組に黒づくめを運ばせて──黒づくめ達の悲鳴がうるさいので沈黙魔法を掛けたりして、さらに、途中で乗り捨ててあった馬車を見つけたので、今は水路内を馬車で移動していました。
飛行魔法で帰ってもよかったのですが、アルデ達にも、わたしの考えを早めに共有したかったので、乗り物のほうが話しやすいのです。
ということで馬車の荷台には、わたしとアルデ、グレナダ姉弟に変態長兄が座っています。残り二人の変態は御者をさせていました。
「それでティスリ、オレも武術大会に出場するってどういうことだ?」
アルデが聞いてきますが、わたしは順を追って話すことにしました。
「その前にまず状況を整理しましょうか。そこな変態さん」
「へ、へい」
「あの黒づくめ達は、この街のマフィアだと思いますか?」
「へい、おそらくは……この辺り一帯を牛耳っているキヴィタス・ファミリーではないかと思います」
「そうですか。そのマフィアは裏賭博でも開催しているのですか?」
「だと思います……だから、自分たちの都合のいい上位入賞者を仕立て上げたいのでしょう」
「ふむ……そうですか……」
わたしはいっとき考えを整理していると、アルデが言ってきました。
「なら、そのナントカファミリーを倒しに行くか?」
アルデのその発言に、変態さんが唖然としています。
「そ、そんな気軽に……古くからこの地域に根付いている一大マフィアですよ?」
「そうなのか? けどティスリなら余裕だろ。オレだけでも、隙を突いてそのボスを捕らえるくらいなら出来そうだし」
アルデの問いかけに、わたしは首を横に振りました。
「そのマフィアを壊滅させること自体は難しくありませんが……しかし、事はそこまで簡単ではないかもしれません」
「へ? どういうことだよ」
アルデはもちろん、グレナダ姉弟も首を傾げていたので、わたしは全員に向かって話しました。
「そもそも、闇賭博だからと言って八百長をする必要は必ずしもないのです。なぜなら賭博というものは、誰が勝っても負けても、最終的に胴元が儲かるようになっているのですから」
わたしのその説明に、アルデが「へぇ……そういうものなのか」と目を丸くしているので、わたしは頷きました。
「そういうものなのです。特に長年、この地域一帯に根付いているマフィアなら、胴元としてのノウハウも熟知していることでしょう。だからわざわざ、八百長などという面倒なことをしなくてもいいはずなのです」
「じゃあなんで、今回は八百長しようとしてんだ?」
「まだ確証はありませんが……マフィア以外の勢力も関わっているのかもしれませんね」
そしてわたしは、荷台の隅に転がされている黒づくめ達に視線を向けます。
「さきほど戦って思いましたが、彼らは、マフィアというには訓練されすぎています。まるで、正規兵の訓練でも受けたかのような身のこなしでした」
わたしがそういうと、全員が驚いて黒づくめ達に視線を向けます。その視線を受け、黒ずくめ達は目を逸らしました。
するとフォッテスさんが言ってきます。
「ま、まさか……この街の貴族が関わっている、とか……?」
「街というか、この地の領主が怪しいですね」
「りょ、領主!?」
驚くフォッテスさんたちに、わたしは頷きました。
「ええ、正規兵を動かせる身分は領主だけですから」
「で、でも! もしも領主様が関わっていたとしたら一大事ですよ!? わたしたちなんかでどうにか出来るわけが……」
平民のフォッテスさんが、そのような反応をするのも無理ありません。ましてや、彼女たちのお父様が警備隊に所属しているなら、貴族がどういう存在なのかはよく知っているでしょうし、だから領主ともなれば雲の上の存在にでも見えるのでしょう。
なのでわたしは、フォッテスさんを安心させるために言いました。
「大丈夫です。わたしは王都で政商をしていたわけですから、王族とも繋がりがあります」
「ほ、本当ですか!?」
繋がりがあるも何も、わたしが王族そのもの──だったわけですが、そこは黙ってわたしは頷きました。
「ええ。とはいえ、もし領主が悪事を働いていたとなれば、証拠とまでは言わないまでも、ボロを出させる必要はあります。万一、領主が悪さをしていなければ目も当てられませんし」
内乱覚悟で、王族の権限を振りかざせばどうとでもなりますが、今のわたしにそこまでの権限はありませんし、他領主達を混乱に陥れるのも本望ではありません。独裁政治なんてまっぴらですし。
そして領主が八百長をしているとなれば、何をしたいのかはだいたい予想がつきます。そのためにも──
「──ということで、アルデには頑張ってもらわねばならなくなったわけです」
アルデは、ぽかんとした顔でわたしを見てきました。
「いやだから……話の筋がまるで見えないんだが」
「アルデにも予想外の優勝候補になってもらうのですよ」
そもそも、我が国は公営賭博を禁止していません。にもかかわらず闇賭博が存在しているのは、掛け率の桁が違うからでしょう。
公営賭博はあくまでも娯楽の一環ですから、射幸心を煽るような掛け率は設定しないのです。まぁそれでも、のめり込む臣民がいると聞くので考えものではありますが……
それに闇賭博の証拠は、現場を押さえるだけで事済みます。だからマフィアはいつでも逮捕可能ですが、そうなると蜥蜴の尻尾切りよろしく、陰で糸を引いている領主を取り逃します。
なので今は、マフィアはしばらく泳がせておくのが得策でしょう。それに領主にもなる存在が、闇賭博に直接手を出しているとも思えません。
そんな説明をすると、アルデが聞いてきました。
「なら結局、領主がわざわざ八百長するのはどうしてだ?」
「目的はマネーロンダリングでしょうね」
「マネー……なんだって?」
「資金洗浄です。銀行が普及してから、金銭のやりとりが追跡できるようになりましたから、裏金や不正取引は摘発されやすくなっています。だから公営賭博を資金洗浄に利用しようと考えたのでしょう。闇賭博を隠れ蓑にして」
「えーと……すまん、何を言っているのかさっぱりなんだが……」
だと思いましたので、わたしはアルデを念頭に説明を続けます。
「もし領主個人が、何かしらの不正な手段で大きな金額を得ようとした場合、その理由が必要になるのです。仮にすべて現金で受け取ったとしても、不動産などの大きな買い物をすればすぐバレるわけですから」
例えば領主が、マフィアから裏金をもらう代わりに闇賭博を黙認しているのだとしたら、裏金の受け取り方法が問題になります。
そこで領主は、公益賭博で八百長をして、必ず優勝をする選手を作り出し、そこに大きな金額を掛けます。逆にマフィアは、必ず負ける選手に掛けます。
それら金額を預かるのは公益賭博の実行委員会ですから、その時点で、誰のお金か分からなくなります。領主とマフィア以外にも、様々な臣民がお金を投じるのですからますます分からなくなるでしょう。
しかし領主からしたら、優勝する選手は分かっているのですから、公益賭博はもはや賭け事ではなく、たんなる金銭の受け渡しなのです。そしてそのときの支払い元は、マフィアではなく実行委員会になりますから、金銭の出所には問題がなくなります。
だからこそ上位入賞選手──とくに優勝選手は必ず当てる必要があります。そのための八百長というわけです。
わたしが説明をし終えると、アルデが聞いてきました。
「領主は公益賭博の胴元なんだから、この大会でメチャクチャ儲けるんだろ? なのにまだカネが欲しいのか?」
「いえ、領主は主催者ですが胴元ではありませんよ」
「え? どういうこと?」
「公益賭博の胴元は国家です。実行委員会は、領主の要請により国家が組織して、そこで得られた収益は国家に入ります。そして国全体の様々な公共事業に利用されるのです」
「へぇ……そうだったのか。そうなると領主にはなんの旨みもないってわけか」
「主催者としての給金は十分に支払われるのですけどね。その程度のお金では満足できないということなのでしょう。一昔前は公益賭博という概念もなく、領主や貴族が自由に賭博を開催して荒稼ぎをしていましたから、新制度に不満があるという側面もあると思います」
「なるほど……もしかしてその制度って……」
「ええ、そのもしかしてです」
アルデは、公益賭博制度を作ったのはわたしなのかを聞いてきたのでしょうから、わたしは同意しました。この場でわたしの身分を知るのはアルデだけなので公言は出来ませんが。
頷いた後、わたしが話を続けます。
「いずれにしても、アルデは優勝、ベラトさんには準優勝をしてもらい、ついでにわたしは女子部門で優勝しましょう。どうせ、女子部門でも八百長をしているのでしょうから」
わたしがそう言うと、ベラトさんが聞いてきます。
「優勝すると、領主様はどうなるのでしょうか?」
「裏金を受け取れないどころか、賭博で大損しますから、慌てふためくでしょうね。そうなれば、支払い元であるマフィアと接触を図るでしょう。逆にマフィアは大儲けをするのですから」
「なるほど……そこを取り押さえるというわけですね?」
「その通りです。もしも、マフィアとの繋がりまではなかったとしても、八百長をしているのは事実でしょうから、その報いとして掛け金は失ってもらいましょう。そもそも、アルデやベラトさんが勝つことには、なんの不正もないのですから」
わたしの説明を聞き終えて、フォッテスさんも言いました。
「そうなると、ベラトも責任重大だね」
「ああ、がんばって準優勝を目指すよ──って言うのもなんか締まらないけど、相手がアルデさんとなるとね」
ベラトさんが苦笑しながらアルデに視線を向けると、アルデはぼやきました。
「まぁ……そういう事なら出場もやむなしか。なんだか小難しい話を聞いたけど、要は、領主の子飼いをボコせばいいんだろ?」
今までわたしが説明してきた苦労を霧散させるその台詞に、わたしはため息を付きつつも頷きました。
「端的に言いすぎて的も射ていませんが……アルデがやることに絞るなら、そうなりますよ」
「了解だ。であれば単純だし、なんの問題もないぜ?」
「そうですか……ではよろしくお願いします……」
わたしはちょっと徒労感を覚えながらも、グレナダ姉弟に言いました。
「それと……今後、誘拐などという目に遭わないよう、お二人にはこの指輪を渡しておきます。アルデも、しばらくベラトさんに守護の指輪を渡しておいて頂けますか?」
「ああ、そうだな」
わたしとアルデが指輪を外していると、フォッテスさんが「で、でも……!?」という驚きの声を上げました。なぜ指輪を渡されるのか不思議に思ったのでしょう。
なのでわたしが、指輪の効果──誘拐されそうになったら攻勢魔法が発現することなどを説明すると、それでもフォッテスさんは躊躇いがちに言ってきました。
「けど……お二人の大切な指輪なのに……」
その台詞の意味が分からず、わたしは首を傾げます。
「まぁ……武具店に持っていけば値が付けられないほどの魔具だとは思いますが、わたしならすぐ作れますし大丈夫ですよ」
「いえ……そういうことではなく……」
「ではどういうことなのです?」
「だって……お二人が愛を誓い合った指輪ですし?」
「違うと言っているでしょう!?」
いつまでも勘違いをしているフォッテスさんに、わたしは悲鳴のような声を上げるのでした……
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