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[3−7]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第7話 お兄ちゃん下がって! コイツ、ぜったいお兄ちゃん狙いだから!!

「お兄ちゃん、いつ帰ってきたの!?」

 突然の出会いに、ティスリわたしは胸の鼓動を撥ね上げます。

 走り寄ってきた少女の口調から察するに、話に聞いていたアルデの妹──ユイナスさんでしょう。アルデはその妹さんに答えました。

「いま帰ってきたとこだよ。家に入ろうとしたら、シバに出迎えられてたんだ。お前は学校の帰りか?」

「うん、今日は時短だったから早めに帰ってきたんだけど……」

 ユイナスさんはそう言いながらわたしに視線を送ってきました。それに気づいたのか、アルデがシバにお座りをさせてから言いました。

「彼女はティスリ・レイドと言って、オレの雇用主だ」

「……雇用主? お兄ちゃん、衛士になったんでしょ? その仕事はどうしたの?」

「いやそれが、身分を理由に追放クビになってなぁ……」

 事前に打ち合わせしていた内容をアルデが話し始めます。その話を聞きながら、わたしはユイナスさんを眺めていました。

 長い髪の毛はツインテールでまとめられていて、その色はアルデと同じです。この辺は兄妹と言ったところなのでしょうが、それ以外はあまりアルデと似ていません。

 ユイナスさんの瞳は大きくて、そして勝ち気そうです。いつもぬぼーっとしていて何を考えているのか分からないアルデとは正反対のように感じます。肌もアルデと比べると色白で、まるで透き通っているかのようでした……これが若さというものでしょうか?

 さらに体つきもぜんぜん違います。男女の差があるとはいえ、アルデは男性としても大柄で筋肉質なのですが、ユイナスさんは、女性の中でも小さいほうでしょう。ちょっと触ったらぽっきり折れてしまいそうですが、しかしだからといって病弱な雰囲気はありません。小柄で元気な女の子、といった感じです。

 アルデを獅子に例えるなら、ユイナスさんは子猫といった感じですね。

 しかしその気性は真逆のようで、アルデはユイナスさんに早くも詰め寄られていました。

「何それ! 身分を問わないって話じゃなかったの!?」

 身分を理由に、アルデが衛士追放の憂き目にあったことにユイナスさんは憤っていました。身内が理不尽な目にあったのですから当然でしょう。

 アルデのほうは、そんなユイナスさんをなだめるかのように話しています。

「まぁそうなんだけどな。王宮ともなると一枚岩というわけにもいかないんだよ。現場では、やっぱり平民を嫌っていたようだ」

「だったらそんな制度作らなきゃよかったじゃない!」

「ま、まぁそうは言ってもだな? 制度自体はいいものだから、これから浸透していけばそういった差別もなくなるんじゃないかと──」

「だからってお兄ちゃんが犠牲になる理由にはならないでしょ!? 上の連中は何をしていたのよ!」

「い、いやだからな?」

 ユイナスさんがいう『上の連中』の最上階に位置するわたしは、身を小さくするしかありません。すべての事情を知っているアルデは、わたしに気を使ってくれているのか、『上の連中』を庇うかのように言いました。

「オレの境遇を哀れに思ってくれた上役が、今の仕事を紹介してくれたんだよ」

「それが、この人の護衛ってわけ?」

 ユイナスさんがジロリとわたしを睨んできます。衛士追放の負い目もあって、わたしは身が縮こまる思いでしたが、なんとか会釈を送ります。

 わたしが口ごもっていると、アルデが説明を続けました。

「そういうこと。ぶっちゃけ、衛士やってるより遙かに高給なんだぜ? オヤジたちに聞いてないか?」

「……そう言われてみれば、仕送りが急に増えたから驚いていたけど」

「つまりはそういうことだ。そもそもオレは、別に衛士にこだわっていたわけじゃないし、安定した職に付ければそれでよかったわけで、だったら結果オーライだろ?」

「それはそうかもしれないけれど……それで、この人はどういう人なの?」

 ユイナスさんは、両手を腰に当てて、じっとわたしを見てきます。睨まれているかのようなその眼光に、どうにもわたしは落ち着かなくなって視線を逸らしてしまいました。

 生まれてから今まで……どんな王侯貴族相手でもこんな気持ちになったことはなかったのに……どういうわけか、ユイナスさんを前にすると萎縮してしまいます……!

 これはいったい……どういうことなのか……

 自分でもらしくないと自覚しているわけですから、アルデも不思議に思っているのでしょう。アルデは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになりながらも話を続けます。

「えっと……ティスリは政商の娘さんだ。政商だから王城に出入りしていて王侯貴族とも仲がいい。なもんでオレが衛士を追放クビになったとき、上役の貴族が、護衛役の仕事を紹介してくれたわけだ」

「へぇ? で、なんで政商の娘さんが、こんな田舎くんだりまで来るのよ?」

「商売の勉強で、各地の視察旅行してるんだ。こういう農村には来たことなかったから、ならオレの地元に行くかってことになってな」

「視察旅行ね……政商の娘さんともなると暢気なものね」

「おいおいユイナス。さっきからなんだよ? ずいぶんトゲトゲしい態度じゃないか」

「べっつに。そんなことないわよ」

 ユイナスさんはむっつりしながらも、辺りをキョロキョロと見回します。何かを探しているのでしょうか……?

 お目当ての何かが見つからなかったのか、ユイナスさんはアルデに言いました。

「それで、お兄ちゃん以外の護衛や従者はどこにいるの?」

 その問いかけに、アルデは首を傾げます。

「いや? 護衛も従者もオレだけだが?」

 アルデのその簡潔な答えに、ユイナスさんは目を剥きました。

「はぁ!?」

 大きくのけぞって、数歩後ずさります。

「女性の護衛に、男であるお兄ちゃんが一人だけ!?」

「ああ……何か問題あるのか?」

「大アリよ! つまりは二人っきりで旅をしてたってこと!?」

「そうだが?」

「いつから!?」

「えーと……王都を出たのが春先だったか?」

「よ、四カ月も、ふたりっっっきりで寝食を共にしていたの!?」

「そうだよ?」

「はぁぁぁぁあ!?」

 ユイナスさんは、絶叫のような声を出してから、数瞬間固まってしまいました。

 どうしてそこまで驚いているのか……わたしもちょっとよく分からなくて、アルデと顔を見合わせます。

 するとユイナスさんは、わたしとアルデの間に割って入ってきたかと思うと、明確な敵意をわたしに向けてきました。

「お兄ちゃん下がって! コイツ、ぜったいお兄ちゃん狙いだから!!」

 その台詞に、なぜかわたしはドキリとしますが、しかしそれ以上に、アルデの妹さんに敵意を向けられたことに、自分でも驚くほどショックを受けてしまい硬直します。

 ユイナスさんの背中でぐいぐい押されているアルデは、戸惑いながら言いました。

「狙うってなんだよ? そりゃ確かに、最初は死闘したりもしたが……」

「最初は死闘した!?」

 余計なことを言うアルデに、ユイナスさんは振り返るとアルデの胸ぐらを掴みます。

「死闘ってどういうこと!?」

「い、いや……ちょっと誤解があって……」

「ちょっとの誤解で死闘するってどんな状況!?」

「ま、まぁ……そう言われると大変奇妙な状況ではあったが、ほらあれだ、貴族の権謀術数けんぼうじゅっすうってやつに填められてさ。でもそうは言っても、お互い本気でやり合ったわけじゃないから。王城は半壊したけど」

「本気じゃないのに王城半壊!?」

「ア、アルデ……!」

 どんどん話がまずくなっているので、わたしは溜まらずアルデを止めます。

「そのことは、今は関係ないでしょう!?」

「おっと、そうだった。とにかくだ、別にオレは命を狙われているわけじゃ──」

「そういうことじゃないのよ! ってかそんな状況で命を狙われていないと言い張るのもどうかしてるわ!!」

 た、確かに……改めて冷静に言われてみれば、あのときはちょ〜っと、やり過ぎたというかなんというか……

 それはさすがにわたしも反省して、それ以降、どれほどアルデに腹を立てようとも魔法発現はしないよう密かに誓っていたわけで……

 それにそもそも、対人戦最強の魔法まで発現するハメになったのは、ひとえに、アルデの戦闘能力がズバ抜けていたからでもあるのですが。

 わたしが物思いに耽った数秒の間に、ユイナスさんは言い放ちました。

「とにかく! 命を狙われた件についてはあとでじっくり聞くからね!?」

「う……」

 あまり掘り起こされたくない過去にわたしが呻いていると、ユイナスさんは話を勝手に進めてしまいます。

「それでお兄ちゃん!」

「な、なんだよ?」

「この女は、明らかにお兄ちゃんを狙っているのよ! ちなみに命じゃないわよ!」

「じゃあ、いったい何を狙ってんだよ?」

「決まってるでしょ! お兄ちゃんの貞操よ!!」

「………………ハァ!?」

 わたしの悲鳴は、アルデの生家一帯にこだましたのでした。

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