マガジンのカバー画像

手と仕事

22
100人を撮ることになってからからのことやぼくの思想そのものを文章化した。
運営しているクリエイター

#仕事

マイノリティだけに囚われない生き方。|手と仕事#22

近年でいうところの「個性」 個性的な、個性を、人それぞれ、という言葉と共にマイノリティという社会的に少数派の人たちによく焦点が当たっている気がする。 人はいいじゃないかと、私は私なのだから私らしく生きさせてくれなんて言うのだろう。 人と比べることをやめてオリジナルを求める時、あの人とは違うからとその他大勢から逃げるように個性に生きようとする人たちに会うことがある。 まるで少数派をヒーローみたいに祭り上げてるみたいで、ぼくにとっては違和感だ。 そんなぼくはどちらかと言うと

カメラの仕事もらうためにしてきたこと=コレってマーケティングだよね|手と仕事#21

フリーランスフォトグラファーとして活動してまだ2年と少し。 そんなぼくが、どうしてお腹が空かずに生きていけるのか。 あの頃にはわからなかったことがわかってきたので、少しだけ長くなるだろうけど書いてみよう。 仕事を見つけるのってどうやるの?そもそもだ。 そもそもフリーランスにいきなりなって、さぁ仕事だ!というわけにはいかない。 何事も順序ってのがあって、カメラマンになったはいいけれどどこから仕事をもらうのか? 個人でやる人にとってこれが1番の難関なんだろうなと思うし、1番苦

ただ好きなだけで続けてきた、|手と仕事#20

ただ好きなだけでやってこれた。じゃなきゃ続いてなんかないだろう。 人生30年、社会に出て15年、移住して4年 移住してからの奇想天外ないつもの暮らしの中に、ぼくの中の価値観をいつもぶち壊そうとしてくるのが「手と仕事」だ。 約一年と半年をかけてまだ42人しか撮影できていないのだけれど、こればかりは仕事との兼ね合いだったり時間との調整だったり、色々な制約がつきまとう中続けてきた。 いろんな人の思いが乗っかっている今、ぼくは中途半端なことはもうできないんだろうって。

人の口説き方を間違えると自分の価値を下げる|手と仕事#19

カメラマンになろうと思った時って一体いつだろうかなんてわかんないけど、20歳の時にカメラを手にした時には少なくともそんな夢見ていなかった。 ぼくがカメラを持つ理由を見つけた時に憧れた人はもちろんカメラマンで、アーティストで、芸術家で、気まぐれな大人で、そんな人の価値観を間近で覚えながらカメラと生きてきたぼくの感性はいつだってフォトグラファーや写真家って呼べるほど堅苦しいものじゃなくて、ぐにゃぐにゃと場所と環境で形を変えて、好き勝手に生きるように見えては何かを生み出すことをや

一流の仕事を見ることが一番早く仕事をとりにいく方法。|手と仕事 #17

『手と仕事』を撮り始めてようやく一年が経つ、実は色々な思惑のもと撮り始めたこの企画は実は一番の目的というものがあった。 職人さんの手と仕事を撮る意味も、100人という意味も、掘り返してみればさまざまな意味が後からつけられては補正されているけれど、始めた動機はぼく自身のリハビリ。 2022年の春、拠点を移すと同時にぼくは車で交通事故に遭ってしまった。 軽めの追突だからとそう重く受け取ることもなかったのだが、事故後から日を追うごとに不調が訪れた。 よくあるむち打ち、そして最大の

「やらない」を決めた時、仕事が舞い込んでくるようなった|手と仕事 #16

未来のことは未来のぼくがどうにかするだろう、なんて曖昧で無責任なことを今のぼくは口にする。 カメラマンとして活動をしていく中、様々なことを撮影することがあったけれどどれをやるべきで、どれをやめるべきかなんて取捨選択をする理由が必要なのかあの頃の僕には分からなかった。 だって仕事は仕事であってどんな形であっても「カメラマン」として報酬をいただくものになんら変わりないだろうって思っていたんだ。クライアントやお客さんは僕だからと頼んだ人はあの時は少なくかったと思うよ、だってまだ

悲しみで花が咲くものか、つらい努力は実らない|手と仕事 #15

努力って結局実るのか? 実る努力もあれば、どうにもならない努力もある。 つらくて苦しくて、自分の痛みに蓋をするように歯を食いしばるような努力のあとは、傷だらけの自分がそこにいたのだと思い知るのだ。 この地獄を乗り越えれば今はつらいけどこれを超えさえすればって、頑張って頑張ってどんなことも我慢して超えた先には案外普通の景色が広がっているんだ。 想像していたよりも普通で、どうやってもこの努力の対価としてはあまりに不釣り合い。 努力ってのは方向を間違えるとなにもならなくて、

人に会うための言い訳を、ぼくはいつも探している |手と仕事 #14

人生における人との出会い、ぼくはその出会いと呼ばれる何かをこの三年間を通してたくさん経験してきた。 移住したばかりの3年前に限らず、住み込みをして日本中を転々としていた時からも、その前からも ずっとずっと人に出会い続けている。 新たな人間関係につながる出会いもあれば、本当にはじめましてをする出会いまで、ぼくはこれを日常にしてきた。 何百回と初めましてを言い続けて、何百人と人に会ってきているぼくは、誰かに会うための言い訳を探し出すのに必死。 どんな口実を用意しようか どんな

すぐれた芸術作品は、人の心を深く傷つける|手と仕事#13

『手と仕事』が始まってから8ヶ月が経った。 この8ヶ月の期間、たくさんの作り手さんに出会って、熱い想いも素敵な作品もこの作品にかけた時間も、本当に多くの方の手を撮ってきた。 そうやっていろんな想いを見てきたからこそ、時折見せるその人の手や顔が素敵で、思わずぼくは息を呑む。 一つの金属棒から指輪を作り出したり、地元産の製材から木工作品を作り出しり、普段はきっとここに人はいないはずの場所にぼくは立ってシャッターを切る。 切るたびに変わっていくその作品たちを見てぼくはね『し

演劇の向こう側 表現者との距離感 |手と仕事#11

季節は春。 モゾモゾと世間は動き始めて新生活や新学期、新しい職場など環境が変わっていく人がまちを賑やかにしていくのだろうって そんなぼくもこの春には市内ではありながらも拠点を移し、その町の小さな劇場ではなんとも愉快な劇団員さんたちが自分たちのできることを精一杯に表現していた。 この小さい劇場の距離感では、演者さんの息遣いも涙がこぼれる一瞬さえも何もかもが見える。 ふっと大きく息を吸い込んだ途端にその綺麗な目からはとめどなく涙が溢れて、初めて見るそれにぼくは思わずシャッター

ぼくにとってのカメラと写真の存在意義|手と仕事 #10

最近は凍えるような寒さに、ストーブの前から離れることができない毎日を送りながらも、日々カメラに向き合い時には雪深い外での撮影もすることもあって手袋と長靴が必須な毎日となってきました。 ただどうしても依頼される方で『暖かくなってから、、』という方も少なくなく冬は撮影がやばいなあと思う日もありますが、そういう時は潔くぼくはバイトしてます。 『カメラ一本で食っていこう』なんてまだまだ先のことだと理解しながらも、夢ってのを追いかけたくなるのが人間というもの。 2022年の9月か

行動することが結局は一番早く信頼を得る方法 | 手と仕事 #09

めっきり寒い、朝起き上がればストーブをつけて、モゾモゾと夏よりも鈍く起き上がる。 日光のある場所を求めてずりずりと動く。 まだ体温のあがらない重たい朝を迎えた僕はこれでもカメラマンでカフェの人、エプロンをかければカフェの人になり、カメラを持てばカメラマンとして活動する。 僕のカメラマンになるって決めた時のことを書いたnote はこちら↓ カメラマンとして活動していると明言しているのだから、当然お仕事をいただいている。 イベント系のカメラマンであったり、個人の方からご依頼い

カメラを買い替えたら仕事が決まった|手と仕事 #8

どうも、最近めっきり寒くなってきて ホットコーヒーが美味しい季節がやってきたなと感じている、なおとです。 (平然とこんなこと言ってますがまだこんな挨拶は2回目)    カフェの店主としての顔をもちながらカメラマンとして活動している中で、すこし前の話になりますが今年一番の大きな買い物でカメラを買い替えました。 結果としては最高の結果になったからよかったですが、買った時は仕事無かったらどうしよう、、、。って本心では焦っておりました。 カメラの限界と、欲求の狭間で カメラとい

半径二メートル先の芸術がぼくの世界をまた変える。|手と仕事 #7

どうも、最近芸術にどっぷりハマっています、なおとです。 カフェの店主の一面を持ちながらも、カメラマンとして活動しているぼく。 最近なんの因果か芸術関係の方の写真を撮ることが増えてきてね、そういうところの情報がやってくるようになったんですよ。 カフェの営業中、お皿も洗ってお客さんはまったりしていて、なんだかちょっぴり眠くなっていた時だったかな、カフェの営業と100人の撮影と仕事での撮影がピークの時でさ、ぼくの住むまち長野県松本市ではそのときちょうど 『FESTA まつもと』