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【本】『異常 アノマリー』は異次元の読書体験

なかです。

今回の本は、『異常 アノマリー』エルヴェ・ル・テリエ著 早川書房 


平衡感覚を失うような、衝撃的な読後感。

ミステリーなのか、SFなのか、もう、ジャンルもわからないくらい

現実世界の地平が揺らぐような、今までにない感覚に囚われた。

フランス文学独特の言い回しや、物理学の小難しい話に慣れない方もいるとは思うが、これはまず、読んでみてほしい。


3ヶ月前の自分が、自分と同じ世界のどこかに生きているとしたら?
そして、その自分と対面しなければならなかったら、何を話すだろう?

 ファンタジー小説では、死んだ自分がこの世の人を訪れたり、回想で現れることは鉄板のプロットではあるが、

この作品では、「現実に起こりうるもの」として描かれている。

 ありえないはずの設定なのに、リアリティーがありすぎる。
 本当に、起こるのではないか という怖さを感じてしまうのだ。

 あまりにネタバレになってしまうと、せっかくの楽しみがなくなってしまうので内容について詳しくは書かないことにするが、

 ある「飛行機事故」を境に、この世界に「もうひとりの自分」が再生されてしまう。
 
 なぜ、その「事故」が起こったのか。
 その「事故」によって、犠牲になったのは 誰なのか。
 そして、「その後」の世界は、どうなるのか。

 様々な登場人物が、最初はバラバラに描かれるが、ある「乗り物の事故」を境にして、その点が繋がる。
 
 3ヶ月前にはガンを告知され、今は死んでしまった人。

 3ヶ月前には自分のされていた虐待の意味がわからなかったけれど、今はその事実の意味を知ってしまった少女。

 3ヶ月前の自分を殺してしまわなければ、自分の存在そのものが消される殺し屋。

 3ヶ月前にある小説を書き残し、今は自殺してしまった作家。

 ・・・・・

 それぞれに、それぞれの人生があり、「私はこの世に一人である」という前提のもと、この刹那を生きているというのに、

 過去の自分が、この世に生きているという不条理。

 どちらが本物なのか?

 どちらの「私」を優先するべきか?

 どちらとも「共に」生きる道を選択するのか?

過去の「生きている」自分と対峙した登場人物たちは、それぞれの答えを見出そうとし、答えを見つけたものは、「自分達の在り方」に落とし前をつけ、前に進もうとするのだ。

(その解決方法は、様々。バッドエンドもあり得るわけで)

ミニマムな「私の人生」を描く一方で、この事件がもたらす「世界的な影響」も同時に描かれていく。

 その不思議な「事件」を引き起こした現象は、世界各国で見られるようになるが、各国の首脳が選択する対応が、現実世界のそれと重なり合っているのだ。

 あくまでもフィクションではあるが、現実世界の各国首脳を彷彿とさせる人物が登場し、口にしそうなセリフが描かれているので、現実と非現実の境目がうっかり無くなりそうになってしまう。

 読み手の「これは作り話だ」という、安全弁が、小説中盤ではことごとく壊されていく。私達が気づかないうちに。

 読者の私達も、気づいたときには「このおかしな世界」の住人になってしまうのだ。

  世界を混乱に陥れた「その」事件の後、「世の中」は、次第に「日常」を取り戻していく。
 

「今までの正常な日常」に戻ることはないのに、

 あたかも「異常」を「日常」で蓋をしながら、平穏に暮らしていくのだ。

 平穏な日常を過ごしている私達の裏で、さらなる「事件」の予兆がやってくる。

 秘密裏に、その「予兆」を掴んだごく僅かな人間で、その「異常」をねじ伏せようとする。

 「兵器」という「力」を使って、

 「事件」を予測し、回避させようとするが、

その結果は、

 この小説には 書かれていない。

 ばらばらになった、

 文と、

 言葉たちが、

 地平に

 散ら
 
 ばっ

 て
 い
 る
 だ
  け。

 
  その有り様に、私は恐怖を覚えた。


 小説の力、文学の力を、まざまざと見せつけられた

 『異常 アノマリー』

 この本に出会えたことが、奇跡。

 時間を忘れて「読み耽った」本は、本当に久々だった。

 好みは分かれるかもしれないけれど、本好きな方には、ぜひ読んでほしい。

 今年1番の、傑作であることに、間違いはない。

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