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障害者施設集団感染の余波と、見えないものへの恐れ


夕方、私の携帯が鳴った。知的障害の兄が通う、障害者支援施設の相談員さんからだった。母、兄、祖母の施設から電話が来ると、私の心拍数は急上昇する。何か問題がなければ施設は電話してこない。

パブロフ的に身体が反射する。まだ通って6日目。何かあった?また大声出した?様々な不安がよぎる。覚悟を決めて電話に出た。相談員さんが早口で内容を告げてくる。

「お兄さんの利用を、通所から「長期入所」に切り替えても良いですか?急で悪いけど週明けから」

週明けは3日後、確かに急すぎる話だった。話を聞いていくと、千葉の障害者福祉施設での集団感染が関係していた。

同じ千葉の障害者施設で、あの集団感染が起きてしまった。どこの施設も神経質になっている。これまで以上に感染リスク対策をしなければならなくなった。今もそれについて緊急対策会議で話し合っているところ。

その中で、兄の通所が問題になった。毎日外から通所し、入所者に混ざって日中活動している兄。兄がコロナの侵入経路になることが懸念された。

本来はまだ入所資格が与えられる時期ではなかった。市役所に事情を説明したら急きょOKが出た、とのことだった。

コロナが絡むと役所の動きは素早くなるのか?一週間前は通所一択だったはずなのに。確かに、状況は理解できる。でも、職員さんたちも通勤している限り、叔母の家と施設を車で往復している兄一人の動きを変えた所で、どの程度のリスク回避になるんだ?

一瞬頭をよぎったが、そんな事は皆承知の上でこの提案を伝えてきているはずだ。それくらい現場は緊迫しているんだろう。

集団感染を出してしまった障害者施設の実情も教えてくれた。その施設では食事を作れない状況が続いている。しかし、近隣の弁当宅配業者に注文依頼を出したところ、全ての業者から宅配を断られてしまったそうなのだ。

施設内にはまだ多くの障害を持つ利用者が生活し、そこで治療も行われているにもかかわらず、だ。今は周辺施設が協力し合って、なんとか食事の提供が行われている、とのことだった。

弁当宅配業者はなぜ断ったのか?接触による感染の心配なら、容器や置き場所を工夫すれば回避できるはず。要は、その施設に出入りしている弁当宅配業者、という事実を作りたくないだけなのかもしれない。

兄の施設でも、感染者が出た場合には、食事を提供している業者の職員さんたちが皆引き揚げると言っているそうだ。

集団感染が施設で起きた場合に想定されるシナリオはこうだ。感染状況とともに何度も何度も施設名が全国放送される。多くの障害者たちは施設の各個室から出られない状況が続き、感染疑いのある職員も出勤ができず深刻な人手不足が起きる。周囲の協力が得られない場合には、食事の確保さえもままならなくなる。第2、第3の集団感染施設になりたくないと思うには、十分すぎる条件だ。

兄は来春の本入所に向けて、通所と短期入所、半年後には長期入所を組み合わせながら、徐々に施設に慣れていくという計画だった。

環境の変化に弱い兄のために、できるだけ変化を緩めたかった。変化に対応できないと不安定になり、一年かけてようやく退院した病院に、最悪また入院、ということにもなりかねない。

入院で一番怖いのは薬が増えることだ。叔母の元で少しずつ薬を減らしてきた努力が一気に徒労に終わる。それだけは絶対に避けたかった。兄の飲んでいる薬に対して私は物凄く懐疑的で、1錠でも1㎎でも減らしたい気持ちがある。

だが、他に選択肢がないならこの提案でやるしかないと思っていた。相談員さんからは、会議に戻って報告するから、と即決を求められた。私は一言「入所させてください」と伝えた。

前の施設を"退所する"、と決めたのが一週間前。そこでは、感染リスク対策で自宅待機を指示されたまま、一ヶ月経っても施設に戻る見込みを示してもらえなかった。それから一週間も経たずに、今度は感染リスク対策によって次の施設に"入所する"ことになったのだ。

たった一週間が随分長く感じられる。しかし感傷的になっている場合ではない。入所への準備もあるし、本人にも伝えなければ。こんな時期に兄を受け入れてくれた施設だ。感謝してるし、つべこべ言わずやってみるしかない。

入所後は、終息宣言でも出されない限り、面会、外出、外泊は一切できなくなる。兄も私も、また新たなチャレンジに入った。生きている限り、これからもまだまだこんなことは続くんだろう。


目に見えないウィルスへの恐怖に、これだけの人を動かす力がある。福島第一原発事故のときと同じだ。

誰かを責めることには意味がない。私たちは目に見えないものや、目に見えていても予測できないものが怖い。恐怖は、人間が危険を回避するために必要な機能だ。

怖がっていい。ただ、恐怖にのまれたくない。恐怖にのまれ、過剰な自己防衛になっていないか?思考停止になり、みんながする行動に追随して安心していないか?自分の頭で考えたのか?その行動は本当に疑わなくて大丈夫なのか?時々問いかけてみる。

自分の頭で考え、自分で正しいと思う行動をしていく人間でありたいと思う。

言うは易し。自分がやれる人間かどうかが試されている。


感染が出てしまった施設の利用者の皆さん、ご家族、職員の皆さん、この状況の中で、支援をされている周辺施設の職員の皆さん、一日でも早く、平穏な日常に戻れることを切に願っています。

追記:兄は今日無事に入所しました。「泊まるのが楽しみで眠れなかった」と、朝4時から台所の椅子に一人座っていました。

応援してるよ。



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