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パールのネックレスと、ラベンダーとカモミールの香り

 降水確率90%の今日、大きめの傘を持って家を出た。英国人が好みそうな緑のタータンチェック柄の傘。一昨年、実家から貰ってきたものだ。杖なしで歩けなくなった両親は、その頃から自分で傘を持つことさえ出来なくなった。雨はすぐ止み、大きめの傘と、大きめのバックを抱えて実家へ行った。明後日からお世話になる、母のショートステイの荷物を揃えるために。

 買った靴下は履き口が伸びやすくて、足首が痛くならないもの。他に薄手の長袖の下着も買ってきた。ショートステイでは、一日中冷房をつけてあるだろう。母の痩せた身体は確実に冷えるはずだから、シャツも長袖、カーディガンとベストも用意し、それぞれ名前を記入した。病院から処方された飲み薬や湿布もバックに入れた。家のお薬カレンダーに入っている薬の袋は、あと6袋だった。



 あれ程ショートステイを渋っていた母は、思っていたより気分が落ち着いていた。散々文句を言って、不安や不満を言い続けていたからさっぱりしたのだろう。学生時代、部活をしていた頃感じた事がある。いつも試合前、『もうだめだ〜緊張する!』と言葉に出していた人に限って、いつも以上の力を出せていた。逆に何も言わず、きっと大丈夫だと思われてた人に限って、実力を出しきれずにいた。何も言わない父の方が心配だった。

 蒸し暑さにハンカチを取り出そうとトートバックを覗いたが、見事に忘れていた。もともと汗っかきな体質なうえ、敏感なお年頃の身体を持つ私。外出するときは、必ず2枚以上タオル地のハンカチを持って出ていた。お財布、ケータイ、その次に大切なアイテムを忘れるなんて、想像以上にダメージを受けているのかもしれない。父に似ているのかもしれない。



 帰りがけ、ドラッグストアに寄ってボディクリームを物色した。ローズの香り、シアバターの香り、ジャスミンの香りなど次々と試供品を手につけてみた。右手の甲、左手の甲、右手の指、左手の指、塗りすぎて何だかわからなくなってきた。最後にラベンダーとカモミールの香りを右の手首につけてみた。安らいだ香りが今の私にぴったりだった。

 自分の体調は自分で調えなくては。心や身体を壊したら元も子もない。最近カフェに行き出したのも、香りに癒しを求めるようになったのも生命体からのサインなんだろう。人生は何が起こるかわからない、ゴールが見えないゲーム。課金して(購入して)色んなアイテムを手に入れ、バージョンアップする。救急箱を手にした私は、まだ戦えそうな気がする。



 小さな川辺から生える小さな草花に、モンシロチョウが留まっていた。ヒラヒラ舞いながら、また留まって、自分の世界を楽しんでいるかの様だった。川の向こうでは、紫や白い紫陽花が風に揺れていた。街路樹の葉っぱから、雨の雫がポツリと落ちてきた。そうだ、雨が止んだから、カフェにコーヒーを飲みに行こう。実家では外してたアクセサリーをつけて。

 デニム生地のトートバッグから、パールのネックレスを取り出した。車が往来する小さな路地の隅で、そっと、それを首元に着けた。コンビニのガラスに反射して見えた、青いボーダーシャツを着た私。Vネックの首元で、パールがキラリと笑っているようだった。風が吹き、手首につけていたボディクリームの、ラベンダーとカモミールの香りが鼻腔をくすぐった。







大丈夫、今日も最強。















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