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習う意識

ピアノや趣味の茶道を通して気づいたことを書きます

自分は習う立場でもあり教える立場でもあるわけですが、
公開レッスンの聴講や、伴奏者としてレッスンに付き添う時、また茶道のグループの稽古などで「誰かが指導を受けているシーン」を山ほど見てきました

で、結局のところ
教わる側が「欠けた意識」でいると教える側がイライラしだす、っていうのを感じます(笑)

欠けていると感じていても、そんな自分もOKってことに本人がしていれば、比較的和やかな空気が流れるんですが
自分はそもそも欠けていて、「レッスンや稽古が欠けたものを埋めてくれる」という意識だと
常に「自分はダメ」が根底にあることになるんです
自分で自分に「ダメ」ってしてると、周囲の評価や承認が欲しくなるんです

でも、先生や周囲の
凄いね
成長したね
よく頑張ったね
この言葉をとりにいこうとすればするほど苦しくなるのは目に見えていますよね

そんなことよりも
自分の可能性が見えた時に喜びが湧き上がりませんか?

少しずつでも自分は成長できるし
前は気づかなかったことを気付けるようになった
今までできなかった小さなチャレンジをしてみた
こういう気づきや成長、チャレンジって周囲には見えないくらい小さく、些細なことなんです

でも自分にとってそれが大きいことなわけですから、そんな自分を褒め称える!褒め称えてあげる!ってことをしていくと自己肯定感って勝手に上がっていくような気がするんです

習い事じゃなくても全てのことに言えると思います

自分って凄い!自分ってよくやってる!
自分ってほんとーに頑張ってる!
あー凄い。まぢ凄い。
昨日弾けなかった音1つ弾けた自分まぢ凄い
朝7時に起きた自分まぢ凄い
ブログ書いた自分凄すぎ
あー凄い!ほんと凄い!

笑笑笑

こうやって自分をおだてて、自分を褒めて、自分にチャレンジさせていくことで、自分の世界にある「怖いこと」が減っていくんだなと思うんです

アクションできるところに自分を立たせる
そのために自分しか気づかない自分の些細な成長を自分で自分に褒める

やってみてね✌️

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