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出席簿#11「実習生が語ったことば」

【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」

6月3日、月曜日。

5月は怒濤のような忙しさでしたが、ようやく一息つけそうです。何に追われていたかというと、浦島研究に関する研究奨励事業への申請書作成や、詩吟の大会への遠征など。また、気になっていた文学賞への投稿もどうにかこうにか終わったところ。こんなことを書くと、何をやっている人なんだろう、と思われてしまうかもしれませんが、浦島も詩吟も文学も、私を構成している、どれひとつとして欠かすことのできない要素なんですよね。

さて、今回のお話は教育実習生さんとの思い出です。

教員がそれぞれに違うように、それぞれの楽しみや私生活があるように、教育実習生さんにも、それぞれが歩んできた道や、それゆえにその人にしか語れない言葉があると感じています。自分を語るって、そして、相手に語りかけるって、難しいんですけどね。

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「実習生が語ったことば」

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職員朝礼が終わった。「いつもなら、このあとすぐ行くんだけどね」。前置きをしてから、生徒朝礼の打ち合わせ。突き合わせた顔がこわばっている。「大丈夫、大丈夫。自己紹介、考えたんでしょ」。教育実習生がやってきた。

私の朝礼を何回か見てもらって、いよいよひとり立ち。連絡事項がないときも、「今日の連絡は、特に、ありません」。じっくり大切なことのように口にする実習生くん。「もっと好きに話していいよ」と投げかければ、「ゆっくり話して、緊張が見えないようにしてるんです」。

たしかに思いを語るのは、知識を語るのより、事務連絡を伝えるのより、エネルギーがいる。でも、せっかくだし……、部活動の話したら。彼はうちの花形運動部出身。県総体の直前だった。

翌日、ゆっくり連絡をしたあと、彼は続けた。「大事な大会を、皆さん、控えています」。あ、語ろうとしてる。いつもと違う様子に、教室の空気がぴんとする。「僕は昨日、部活動で張り切って、けがをしました」。一瞬の戸惑いのあと、ゆるい笑いが教室を包む。でも、実習生くんはペースを崩さない。「一番悔しいことは、本番で自分の力を発揮できないこと。今だからこそ、基本を大切に、無理はしないで。自分はそれを怠ってけがをしたから、みんなに知ってほしい」。

部活動の話を契機に、彼は少しずつ「語る」ようになった。部活動のエピソードから掃除をすることの大切さを語る。誕生日を迎えるからと向こう一年の抱負を語る。少しずつ大人の顔になる。どんなときも、自分を語るのは大変で、それだけに相手に響く。掃除中、彼に話しかける生徒が増えた。あの言葉を受けて、頑張っている自分を見てほしいのかな。遠くで見守りながら自然と頬がゆるむ。誕生日の日には「おめでとう」、そして最後の日には「ありがとう」の文字が黒板を彩っていた。

「すぐ大学に戻るの」と尋ねれば、「そうですね。でもときどきは、また部活を見に来たいです」きっと生徒も喜ぶでしょう。また、いろいろ話においでよ。

自分を語る時間、相手への願いを伝える時間。毎日ほんのわずかな時間に重ねた言葉は、少しずつ教室にしみこんでいった。先生の顔になった彼は、立派なクラスの一員だった。

(2015/6/24 朝日新聞島根版掲載)

作品に寄せて

5月末から6月頭、というと、多くの学校で教育実習生が実習に励んでいる時期でもあります。はじめて教室で朝礼をするとき、授業をするとき、見ているこっちも緊張してしまうんですよね。授業に汗をかく姿ももちろん素敵なのですが、朝終礼や掃除の時間に、自分の学生時代の体験に裏打ちされた言葉で、生徒たちに語りかけようとする姿の中には、その実習生さんにしか出せない味わいも輝きも詰まっているように思えます。

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