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ベイクドナオキ流結婚出産離婚再婚

お疲れ様です。ベイクドナオキです。

今回の内容はあくまでも僕個人の考えですのでご了承ください。

僕には15歳と10歳の娘がいます。長女が産まれた時は一人目だったのでかなり戸惑い嫁と協力しながら(ほぼ嫁の頼りっぱなしでしたが…)苦難を乗り越えました。

僕の家系は母親と兄が喘息持ちでした。家系なのもあるのかわかりませんが長女も小児喘息でした。今は大分落ち着いてますが3歳の時に一度だけ入院したことがあります。

当時は3歳の子供なのでパパかママがいないと寝れない程に寂しがり屋だったので嫁と僕で交代して病院に泊まり込みました。

僕は仕事した帰りに病院に行って嫁と交代して子供と一緒に寝て、朝方に嫁と交代して僕は帰宅してお風呂に入ってから仕事に向かいました。嫁は僕と交代したら帰宅して家事をして着替え持ってきたり僕のご飯を作り置きしてきれたりしました。

僕は決してしっかりしているわけではなく、常識を兼ね備えた人間とも思っていません。長女が3歳の時、僕は24歳でしたがまだまだ若造でした。

多分、病院の看護師さんにも内心は「こんな親父で大丈夫かいな?」と思われていた気がします。

僕自身は小学生にあがる時に両親が離婚したので父親というものがよくわかりません。よくわからないからこそ、自分がいつも思っていた「こんなお父さんがいたらいいな」という理想の父親像を自分が実行しています。

今では珍しくないですが当時はまだシングルマザーという言葉もなかった時代でしたので周りの友達は父親がいましたし、父親がいないせいでいじめられた事もありました。

だからなのか僕はほぼ毎日のように父親が欲しいなと思っていました。実際に自分が父親になった時に父親とはどうするべきか、どうあるべきか悩んだ事もありましたが嫁と話し合ったり、お叱りを受けたりして成長できたと思っています。

虐待されてきた子供は自分の子供にも虐待したりすると聞いたことがありますが僕はそうは思いません。僕の父親の記憶は殴られて頭から血を流していた記憶が一番残っていますが自分の子供に虐待しようとは思いませんし、したこともありません。

単純に「自分が嫌がる事は人にするな」という幼稚園の頃に教わった事を守っているだけです。

僕は虐待されて痛いのは嫌でしたし、父親がいないのは寂しかったし、母親が中学の時に突然いなくなったのも寂しかったです。

人には向き不向きがあります。結婚や子育てに向いていない男女も間違いなくいます。子供に何回も寂しい思いをさせたり、虐待する人は向いていないと思います。

僕と嫁は好きな食べ物、音楽、趣味と合わないところが多くあります。ただ笑うポイント、子供を大事に思う気持ちは同じです。

僕は昔から思っていた事があります。結婚して子供が産まれたら離婚はしない。もしどうしようもなく離婚したとしても違う家庭を持つと子供が近づきにくくなったり、寂しい思いをするかもしれないから再婚はしないと思っていました。

以前、嫁と真剣に離婚した時の事を話したことがあり、その時に嫁が「私は離婚しても再婚はしないよ。最近変な事件も多いし、娘に何かあったら可哀想で顔向けできないし、再婚相手がそんな事をする人じゃないなんてわからないから再婚はしない」と言っていました。

僕は古臭くて固くておじさんの考えなのかもしれませんが結婚、出産、離婚、再婚は人生を懸けてしなければいけないと思っています。

だからこそ最初が肝心だとも思っています。一時の感情だけで結婚して離婚してだと子供が寂しい思いをしてしまいます。自分が嫌がる事を人に、自分の子供にやっているだけだと思ってしまいます。

DV等で離婚するのは当たり前だと思っています。でも再婚するのは当たり前だとは思いません。もし僕が離婚したとしても少なくても子供たちが成人して独り立ちしてから再婚していいよと言われるまでは再婚はしないです。

それが僕の理想の父親像のひとつです。



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