見出し画像

ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー:ヴェルサーチ暗殺』より、アメリカ社会に根付く差別意識

0. ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー:ヴェルサーチ暗殺』

0-1. ドラマ『ヴェルサーチ暗殺』の概要

このnoteでドラマの話をするのは珍しいというか、初の試みなのだが、今回は、ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー:ヴェルサーチ暗殺』について3つのポイントに絞って書いていきたい。

『アメリカン・クライム・ストーリー』(American Crime Story)とは、過去にアメリカで起こった猟奇的でセンセーショナルな犯罪を取り上げたテレビドラマシリーズである。

2018年に放映開始されたシリーズ第二弾となる『ヴェルサーチ暗殺』は、1997年7月15日、マイアミビーチの別荘前でファッション・デザイナーであるジャンニ・ヴェルサーチ(Gianni Versace; 1946-1997)が暗殺された実際の事件をモチーフにしている。

ジョルジオ・アルマーニ (Giorgio Armani;1934-)やジャンフランコ・フェッレ (Gianfranco Ferré;1944-2007)とともに「ミラノの3G」と呼ばれた、イタリアを代表するデザイナー・ヴェルサーチ。

このヴェルサーチを暗殺したのは、指名手配中の連続殺人犯アンドリュー・クナナンであったこともあり、その悲劇的な天才の死に、世界中が悲しんだ。

全9話構成の本作では、最初に事件当日の様子が描かれた後に、被害者と加害者の過去と現在が、行きつ戻りつする形でストーリは展開される。

加害者の不幸な生い立ちと犯罪の間に因果関係を匂わせる表現によって、犯罪の動機付け、つまり加害者に対する同情を呼び起こすようなことは、筆者は、個人的によくないことだと思っている。

それでもなぜ、筆者が今回このドラマについて書きたい気持ちになったのか、次の節で説明を進める。



0-2. なぜこのドラマを今取り上げたいのか

筆者は、海外ドラマといえば、『フルハウス』と『ダウントン・アビー』くらいしかまだ観たことがなく、海外ドラマに詳しいというわけではない。

筆者がこの『アメリカン・クライム・ストーリー:ヴェルサーチ暗殺』に興味を持った理由は、イタリアのファッション・デザイナーに興味を持ったからであるが、それ以上に、本作の中でアメリカに根付く差別意識が生々しく表現されていることに感銘を受けた。

結論から言うと、本作では、性的マイノリティーに対する差別、人種差別、生まれに対する差別など、様々な差別とそれに苦しむ人々が描かれている。

被害者のヴェルサーチもゲイであることを公言していた一方で、加害者のアンドリューもまたゲイであった。

ところが同じ性的マイノリティーであっても、社会的立場などが違えば、彼らが受ける待遇は天と地ほどの差がある。

特に2020年6月現在、ミネソタ州ミネアポリスにて白人警官が黒人男性を窒息死させた事件が起こったことを皮切りに、アメリカでの人種差別を訴える声が次々と上っているというニュースを毎日のように目にする。

このようなニュースを見るにつけ、差別を受ける側の人々は、どれほどの苦しみを日常的に味わっているのかと言うことを考えずにはいられない。

筆者自身もイタリアで生活し始める前までは、アジア人として「差別される側」に置かれることはなく、このような問題を自分のこととして考えることはできなかった。

今回、素材としてドラマが適切かどうかは判断できないが、アメリカ社会における差別について本作をもとに考えてみたい。

以下、1. 本作に再現されるヴェルサーチの世界、2. 犯人の虚言癖にある背景、そして3. アメリカ社会におけるマイノリティーへの差別 という3つのトピックに分けて書いていく。

最初に断っておかねばならないことであるが、本作は、ヴェルサーチという著名人が殺害された実際の事件をもとに作られてはいるが、ドラマである以上、勿論、創作や演出の部分がある。

今回のnoteでは、そのドラマからの考察ということで、著者は、実際の事件の報道をリアルタイムで見たわけでも、当時の新聞などを読んだわけでもない。

そのため「事実」との距離を明確にしておくことが重要になってくるのであるが、このnoteでは、あくまでもドラマから見た考えということを改めて強調しておきたい。



1. 豪華絢爛なヴェルサーチの世界を再現

1-1. 神殿のようなヴェルサーチの邸宅

実は、犯行現場になったジャンニ・ヴェルサーチのマイアミにある別荘は、現在ホテルとして営業している。

そのために、本作は、この建物を使って撮影されており、その装飾の見事さにまず心が奪われるだろう。

イタリア半島の長靴の先と言ったら良いだろうか、レッジョ・カラブリア出身のヴェルサーチは、この町の古代に由来する歴史や文化にインスピレーションを受け、創作活動を行った。

彼の別荘は、まるで太陽の光が似合う地中海文明の遺跡のように、カラフルなタイルや均整の取れた柱が特徴的で、まるで宮殿のようである。

画像9

FILM DAILYより転載。紫の照明が印象的なヴェルサーチのビジュアル。紫といえば、古代ローマの皇帝が身に付けていたとされる高貴な色が連想される。)

このドラマのフィルム越しに見るマイアミは、陽気だがどこか怠惰な海の街という印象を受け、それは、太陽の光が降り注ぐ真っ青な地中海とは、同じ海でも違うもののようにも感じる。

その他、彼のアトリエやショーの映像も登場するため、この部分は、デザイナーとしてのヴェルサーチに興味がある方も楽しめるのではないであろうか。


また本作の中でヴェルサーチの店は、「最初はミラノのスピガ通りの小さな店から始めた」と語られている。

こちらは現在のスピガ通りの写真であるが、ヴェルサーチの店舗はこの通りにはない。


画像1

(2020年6月撮影)

道幅が狭いスピガ通りは、左右の建物の影になって、夏場でも少しひんやりとして気持ちが良い。

そこには世界を代表するブランドのブティックが立ち並び、大きな紙袋を持つ人をよく目にしていたのだが、2020年6月現在、当然のことながら観光客の姿はほとんどなく、ポツポツと地元の人が散歩しているのを見るだけであった。



画像3

(2020年6月撮影)

現在のヴェルサーチの店舗は、モンテ・ナポレオーネ通りにある。

ミラノの老舗洋菓子店マルケージのモンテ・ナポレオーネ店すぐそばである。



画像4

(2020年6月撮影)

こちらのモンテ・ナポレオーネ通りも、高級ブランドショップが立ち並ぶのであるが、現在は寂しい人通りである。




1-2. 各俳優陣の役作り

ドラマのセットもさることながら、このドラマの俳優陣たちの役作りにも注目である。

挙げ出すとキリがないので、主要人物3人に言及したい。


連続殺人犯アンドリュー・クナナン役:ダレン・クリス(1987-)

ヴェルサーチを射殺したフィリピン系アメリカ人青年を演じたのは、ダレン・クリス。

画像10

(FILM DAYLYより転載)

このドラマによって、数々の賞を受賞した彼であるが、見る人を不安にさせる狂気に迫った演技は、見事である。

このダレン・クリスは、私生活では長年付き合っった彼女と結婚したばかりということでありが、本作を最後にゲイの役を演じることをやめると宣言しているらしい。

というのも原作ではアフリカ系アメリカ人である登場人物を白人が演じることを意味する「ホワイト・ウォッシュ」という言葉があるように、私生活ではゲイではない役者が、ゲイの役を演じることにダレン・クリスは疑問を持っているからとのことであった。

つまり性的マイノリティーの人の活躍の場を、演技の分野でも奪わないようにという彼の配慮であり、この考え方が今後どのように展開していくか注目である。



ジャンニ・ヴェルサーチ役:エドガー・ラミネス(1977-)

ヴェルサーチ役を演じたのは、ベネズエラ出身の俳優エドガー・ラミネス。

殺人犯アンドリュー役ダレン・クリスと10歳しかその年齢は離れていないが、ドラマ上では、27歳のアンドリューに対して、50歳のジャンニ・ヴェルサーチを演じ切った。

画像5

(Netflix公式トレーラーより)

なるべくヴェルサーチの外見に近づけるべく、ポレンタやパスタなど、炭水化物を食べ増量することで、典型的なイタリア人中年男性の体型を作ったというエドガー・ラミネス。

さらに晩年のヴェルサーチの髪型に似せるために、額に詰め物をしてカツラをかぶったとのこと。


画像11

(FILM DAYLYより転載)

イタリア人中年男性の体型あるあるで思わず肯いてしまったが、煌びやかで重厚感のあるヴェルサーチの衣装もよく似合っているのである。



ドナテッラ・ヴェルサーチ役:ペネロペ・クルス(1974-)

ジャンニ・ヴェルサーチの妹であり、ジャンニの存命中からヴェルサーチを支えていたドナテッラを演じたのは、スペイン出身の女優ペネロペ・クルス。

画像6

(Netflix公式トレーラーより)

黒髪にキュッと捲れ上がったような唇がセクシーなペネロペであるが、今回の作品では、ドナテッラのトレードマークであるプラチナブロンドに染めていたため、筆者は、ペネロペ・クルスであることに気づくのに少し時間がかかったくらいである。


彼女は、イタリアのカラブリア出身のドナテッラが話す南イタリアの言葉まじりの英語を慎重に再現しているとのことである。



2. 塗り重ねられた嘘:人種差別に対する悲しい抵抗?

本章より、主要登場人物2人の生い立ちをもとに、本作で描かれる差別について書いていきたい。


2-1. アンドリュー・クナナン

本作は、犯人の生い立ちが描かれることで、彼のパーソナリティーの異常さが巧みに表現されている。

冒頭でも触れたように、不幸な生まれと犯罪に因果関係を見出し、加害者に同情することはあってはならないということをあくまでも前提として、犯人のアンドリューの背景について取り上げてみたい。

アンドリューは、フィリピン系アメリカ人の父・イタリア系アメリカ人の母のもとに生まれたが、父は、他の兄弟を尻目に特にアンドリューの教育に力を入れた。

その父は、アンドリューに、自分は、特別な存在であることを刷り込ませるために、母親を必要以上 に罵倒したり、高価なプレゼントを与えたりして、家庭内で序列をつけているようである。

画像12

(FILM DAYLYより転載)

当の父は、アメリカ海軍での勤務を得て、アメリカ人となった苦労人ではあるが、自分の能力をそれ以上のものとしてアピールする力に長けていた。

それは裏を返せば、実力は、アピールしたものには及ばず、いい会社に入社したものの、業績は振るわないというように、徐々にそのメッキは剥がれていくことになる。

結果として父は、詐欺を働き、祖国のフィリピンに逃亡するのだが、その時に「アメリカ人になるため」といったような言い訳をする。

この父の能力は、不幸にもアンドリューにも受け継がれてしまい、アンドリューは口を開けば、本当か嘘か分からないことを話す大人となった。

(英語版のトレーラーであるが、0:58頃から、色々な肩書きを話すアンドリューの映像が流れる)

周りの人々は、最初魅力的なアンドリューに近づくのだが、段々彼の上っ面だけの話に気づき、離れていく。

孤独になり、注目を再び集めようとして、さらに嘘を重ねるアンドリュー。

また本作では、男娼を斡旋する会社の人から「アジア系だからほとんど需要がない」と露骨な人種差別を受けるシーンがあるのだが、このようなコンプレックスが彼の中では澱となって溜まっていき、次の瞬間には嘘をついてしまうのであろう。

少し話が脱線するが、筆者が過去に日本の大学にてアラビア語の授業をとっていた頃、配られたテキストのコピーを見て、思わず笑ってしまったことがあった。

それは英語で書かれている少し古いアラビア語のテキストで、どこでいつ作られたかまでは覚えていないが、日本についての説明の箇所には、吊り上がった目に出っ歯、七三分けの髪型にスーツ、極め付けに首からカメラをぶら下げている男性が数人描かれたイラストが載っていた。

これが着物を着た女性やお寺のイラストだったら、気にも留めなかったと思うが、これが日本イメージかと感銘を受けたので記憶に残っている。

これはステレオタイプな例であるが、1990年代後半から2000年代にかけて、ポケモンや任天堂の本格的な進出、中国のめざましい経済発展、東南アジアの新興国の勃興などによって、アメリカ社会におけるアジアに対するイメージは、さらに変わっていったはずである。

またアンドリューが生きた1980-90年代のアメリカ社会におけるアジア人イメージを精査しようと思ったら、さらに膨大な分析が必要であるため、ここでは一つの見解として主張するに止まるが、エキゾチックで興味はある、ただ同等に扱うには条件が必要という扱いをアジア系の人々は受けてきたのではないであろうか。

でもここで立ち止まって考えたいのは、差別を受けたから、人から好かれなかったからといって、嘘をついたり、犯罪に手を染めたりして良いのかということである。

残念ながら、アンドリューは、父によって家の中の王子様として育てられたこともあり、そのコンプレックスを克服するために努力するということを知らなかったのであった。


2-2. ジャンニ・ヴェルサーチ

先にも言及した通り、ジャンニ・ヴェルサーチは、イタリア南部のレッジョ・カラブリア出身であり、ドレスメーカーの母親の影響を受けて育った。

ドラマには、幼少期のジャンニが、ラテン語の時間にスタイル画を書いているところを先生に咎められるシーンが登場する。

ところが、ジャンニの母親は、先生に破られたスタイル画を褒め、「本物になりたかったら、努力しなさい」と彼の夢にエールを送った。

画像7

(Netflix公式トレーラーより)

結果、南イタリアの小さな町から出発したジャンニは、1978年、ファッションの中心地ミラノのスピガ通りに最初の店舗を出すことに成功した。

その後もコレクションで評判を呼ぶと同時に、型破りでセンセーショナルなコレクションを発表し続けたことから、『Vogue』の編集長アナ・ウィンターには「アルマーニの服は、妻に、ヴェルサーチの服は愛人に」とまで言わしめた。

なぜジャンニの成功がここまで衝撃的だったかという理由の一つに、イタリア半島に根強く残る南北問題が挙げられるであろう。

イタリアでは、ミラノ、トリノ、ヴェネツィア、フィレンツェそして首都ローマなど、北部・中部イタリアの都市が19世紀後半以降、急速に発展した一方で、農業経済に依存する南イタリアはその発展に取り残されたというのが通説である。

しかもミラノの人々はスノッブで、首都ローマに代わって、自分たちがイタリアの経済を支えてきたという自負がある上に、ミラノには北イタリア発祥の伝統的なブランドがごまんとある。

このような南と北に対する意識が強い中でジャンニは、ミラノの一等地に店を出すのに成功したと同時に、わずか10-20年で、アメリカでも成功を収めることになる。

筆者は、ヴェルサーチの1980年代のファッションイラストを見た時に感じたのだが、南イタリアの古代の遺跡に感化されたヴェルサーチの金や赤、青などの原色の色使いは、80年代の好景気にわくアメリカのトレンドに見事に応えるものだったのであろう。

画像14

(ミラノのコルソ・コモで開催中の「アントニオ・ロペス」展より、2020年3月撮影)

本作では、幼少期のジャンニと、成功してからの晩年のジャンニしか登場しないため定かではないが、彼は、経済的に遅れている南イタリア出身というハンデーションを、まずは北イタリアのミラノで、そしてアメリカで克服していった。

それは彼の努力と才能の賜物であることは、確実であろう。



3. 容赦なきゲイへの差別

3-1. ジャンニ・ヴェルサーチ

前章で言及した通り、ヴェルサーチは、南イタリア出身でありながら、ミラノとアメリカで、つまりファッション界で成功を収めた人物であったが、彼自身のセクシャリティーを公表する場面は印象的に描かれている。

ジャンニ・ヴェルサーチは、ゲイであったが、それを雑誌のインタビューで公表しようとしたところ、妹のドナテッラに「顧客が離れるから」と会社全体の問題であるとして咎められる。

当時、多くのデザイナーが同性のパートナーを持っていることはあったとしても、それを公にすることとは別問題であったことがよく分かる場面である。

アメリカで成功した後のジャンニ・ヴェルサーチは、ブランドの顔であり、彼のイメージは、もはや彼一人のものではなく、ヴェルサーチという下に何千人もの従業員を抱える会社全体のものであった。

それゆえにジャンニがセクシャリティを公表したことは、当時のセクシャルマイノリティーの方々に大きな衝撃であったに違いない。

ジャンニを殺したアンドリューもその一人であり、その後、彼は、会ったこともないジャンニ・ヴェルサーチに妄執していくことになるのである。



3-2. アンドリュー・クナナン

ヴェルサーチを殺害したアンドリューは、エキゾチックな顔立ちをしたゲイとして、同級生や年上の男性を次々と魅了していた。

IQ147と診断されていたように、その持ち前の頭の回転の速さと巧みな話術によって、人々の心の隙に入っていった。

ところが、彼は肝心なところで、誰かの一番にはなれず、絶望を味わうことになる。

「自分は才能がある特別な人物であるはずなのに」なぜか報われないという屈折が、彼の虚言癖に拍車をかけると同時に、同じゲイでありながら成功している人に異常なほどの執着を見せる。

前章でも述べた通り、アジア系の、さらにセクシャルマイノリティーとしてコンプレックスを募らせていたアンドリュー。

これはアンドリュー個人の人間性の問題であるとしても、彼のことを、アメリカ社会におけるアジア人・ホモセクシュアリティの一時例として、考えることには意味はあるだろう。

もちろん、アンドリュー個人から一般化することはできないが、ある意味、アジア人のゲイというものを、何か面白いものアクセサリー的なものと捉えていた層もいたのではないであろうか。

アンドリュー自身、こういった金持ちの男性に拾われ、彼らの富と名声を利用するとともに、その繋がりは儚いものであることを身をもって知らされる。

だからと言ってそれが誰かを攻撃していい理由にはならないことは、ここでは、繰り返し述べておく。



3-3. クリーンで自由なアメリカ

前節で述べたアンドリューの異常さを引き立てるかのように、本作では、アンドリューによって殺された二人の友人ジェフリー・トレイルとデイヴィット・マドソンの家庭環境も描かれている。

彼らもゲイであり、それぞれが家族へのカミングアウト、職場での人間関係に葛藤しつつ、生活していた。

特にジェフリーは、ほとんど男性ばかりの集団生活でゲイへの差別と偏見が激しい海軍の出身であり、本作には、彼が海軍時代に思い悩み命を断とうとする描写もある。

彼らとアンドリューが一時的な恋愛関係にあったような表現もあるが、結果的に、彼らは、アンドリューの上っ面の会話に辟易し、縁を切ろうと思っていた矢先に、逆上したアンドリューによって殺される。

被害者となった彼らと、アンドリューは、共にゲイであったが、彼らを分けたものは何であったのか。

繰り返すように、それはアンドリュー個人の異常性という結論に着地してしまうのであるが、本作では、セクシャルマイノリティーでありながらも、様々人との関係や自分の未来と折り合いをつけつつ、懸命に生きていた人もいるということに気づかせてくれる演出となっている。

画像8

(Netflix公式トレーラーより)

また、アンドリューがマイアミでヴェルサーチを暗殺する直前で知り合ったゲイの男はすでにエイズに感染しており、人生に絶望していた。

この男も重要参考人として警察で取り調べるのだが、そこで「ヴェルサーチのような奴は、俺らとは違う」という衝撃的なセリフを吐く。

つまり同じセクシャルマイノリティーでも、ヴェルサーチのようなすでにある業界で成功し、世界から称賛される人物は、ゲイということも、一つの個性と見なされることもある。

それぞれの人の生きづらさの程度を測ることはできないが、セレブリティではないゲイの人々に対する世間の目は、彼らを苦しめるに十分であったのだろう。

世界のどこにでもある異質なものを排除しようとする意識は、特にアメリカ社会においては、特別な意味を持つという可能性に言及して、本章を締めくくろう。

独立戦争を経て、アメリカという国家が誕生したのは、フランス革命より十数年前の1776年のことであり、ネイティヴ・アメリカンの歴史を度外視するならば、入植者たちによるこの国の歴史は、この時に始まったのであった。

建国から日の浅いアメリカをリードしたのは、主に白人(ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント(WASP)であり、彼らは、強くてクリーンなアメリカを作るために、自分たち以外のものを差別し、利用してきた。

自由の国アメリカや人種のサラダボウルという言葉と裏腹に、2020年になっても、人種差別はこの国に存在する。

それはこの国に住んでいた先人たちが、アメリカ人というものを作るために、自分たちとそれ以外のものに厳しく線引きをしてきた結果であり、それは簡単に拭い去れないものなのではないか、と考える。

一方で、ゲイカルチャーが発展し、毎年レインボーパレードが行われるアメリカではあっても、その中の人は、あっちの世界の人、というように、本当の意味での共生・協調というものを、普通の住民たちはするつもりがあるのだろうかということは、ただニュースを見ているだけでは分からない。

本作で描かれているのは、1990年代後半のアメリカ社会における差別意識であり、それぞれの登場人物が、葛藤しつつも生きていた。

本作を、犯罪ドキュメンタリーと観るか、ファッションムービーと観るか、それとも社会ドラマと観るか、捉え方は様々であろうが、筆者は、アメリカ社会の複雑さを考えるきっかけになるのではないだろうかと思っている。



---------------------------

偶然にして、そして不幸にも2020年6月現在、アメリカにおける差別意識が、世界中から注目を集めている。

本作以外にもこの問題を考えさせるような文学作品や映画、事件は、数多くあるが、今回のnoteは、遺されたヴェルサーチの妹ドナテッラについての言及で締め括りたい。

画像13

(FILM DAYLYより転載)

本作のラストで、ドナテッラが、兄ヴェルサーチを祀る墓廟でたたずむシーンがある。

そこにはヴェルサーチのマークとなっているメドゥーサが描かれた鏡がかけられており、ドナテッラはそこに自分の顔を写す。

つまり、メドゥーサの顔と重なって写し出された自分の顔を険しく見つめ返すドナテッラ。

この解釈は様々であろうが、この時にドナテッラは、天才的な兄を失って、ヴェルサーチという大きな組織を動かす芯となる覚悟を決めたことが描かれているのではないのであろうか。


ドナテッラが投影されたメドゥーサは、ギリシャ神話において、自分の美しさを過信し、アテネ神を冒涜した咎によって、その顔を見たものは石になってしまうおぞましい姿に変えられてしまった人物として描かれている。

同じく魔物の姉以外、誰も自分を見てくれないメドゥーサは、孤独である。

その前のシーンで、ドナテッラが、ヴェルサーチの長年の恋人アントニオ・ダミコ(役 リッキー・マーティン)をヴェルサーチという組織から切り離す様子が描かれるなど、彼女は、今後のヴェルサーチをどう運営するか、苦悩する姿が、本作の所々で描かれている。

もう兄のいた日は戻ってこない。

ドナテッラは、孤独なメドゥーサのように、ヴェルサーチという組織のトップで舵を切ることになったのである。




画像4

(2020年6月撮影、ヴェルサーチ・ガレリア店)

参考:

「ダレン・クリス、役者冥利に尽きる!『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』インタビュー」『海外ドラマ NAVI』(2018年6月21日付記事)

「新ドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』:まるで現場を見ていたかのような…」『GQ JAPAN』(2018年7月7日付記事)

「「Glee」人気俳優がシリアルキラーを熱演!「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」評」『シネマトゥデイ』(2018年8月17日付記事)

「『ヴェルサーチ暗殺』ファッション界最大のスキャンダルに迫る実録犯罪ドラマに全米が夢中になる理由」『Frontrow』(2018年6月13日付記事)

「ドナテッラ叙事詩:Versaceのクリエイティブ ディレクターが喪失、薬物依存、ブロンドのパワーを語る」『SSENSE』(2020年6月6日閲覧)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?