そして僕は途方に暮れるの感想(ネタバレあり)
主人公が目の前で起こる嫌な事から逃げる様子をひたすら繰り返して見せてくる作品なのだけど、その嫌な事というのが映画でよくある犯罪行為的なものじゃなく、普通の生活と地続きなめちゃくちゃしょうもない人間関係の小さなほつれからきているのが面白い。
でもそのしょうもなさ故に、観てるこちらもギリギリ共感出来るバランスになってるのが絶妙だと思う。
裕一
駄目な人ではあるのだけど、怒られる状況を察知してなんとか逃れようとしてしまう気持ちは少し共感してしまった。彼の場合はそれが不器用過ぎて言い逃れとかじゃなく物理的にその場から逃げるという極端な行動になっているだけとも言える。
途中でテレビで活躍しようとした芸人がYouTubeに出ている事を批判するシーンが彼の映画の夢の向き合い方を象徴している感じで上手い。
それに対し同じサークルだった毎熊さん演じる先輩の方が真逆の意見を言うのだけどこちらはもう夢を振り切っているからこそ世の中に順応しようとしている意味で言っていて、何をする訳でもないのに彼が実はまだ夢を振り切れていないのがより強調されている気がした。
ラストの謝罪のシーンで「こんだけ色々あったのに何も変わってない」「これから変わりたいけど約束は出来ない」「なんかなんかごめんなさい」等、言葉選びがいちいち辿々しくてそれ故に彼が初めて人に向き合って謝罪を必死に伝えようとしている感じがして感動的に響く。
演じた藤ヶ谷君は演技している作品を観たことなかったけどめちゃくちゃ素晴らしかった。視線のおどおど具合とか、顔だけは良いからこそ裕一という人間の残念な感じがより際立つ感じで本当絶妙だった。
里美
彼女からの「逃げ」が一番初めなのだけど、ここの裕一の怖い空気を察した途端に喋りながら必要なものをさっさと鞄に入れあっという間に逃げ出していくのが明らかにこれまでも逃げ慣れているのを示していてめちゃくちゃ笑ってしまった
だからこそ最後のシーンで最初の「逃げ」とほぼ同じやり取りで部屋を出ていくシーンなのに自分の意思で「出ていく」事を選ぶ所が前向きに見える構成が凄く感動的。
そのまま彼女の元へ戻って「めでたしめでたし」で、良い訳はないのでここでしっかり裕一が傷ついてそれを真正面から受け止めるという過程があるのが、とても真摯だしバッドエンドじゃなく鼻を垂らしながら「まだ終わってないんだよ」と、しっかりここから人生を続けようと決意しているのがとても胸が熱くなった。
伸二
裕一の方が明らかにダメ過ぎるので特別にも見えるけど、小学校から一緒にいる様な友達でも実際に暫く共同で過ごす事で生活習慣の違いにより「お前マジか、、、」と、友情にヒビが入っていくのは結構リアルな気がする。
ここで怒られたティッシュとか洗濯の失敗を次の先輩の部屋に転がり込む時の教訓にしている感じが浅はかで笑ってしまう。
終盤での仲直りの時に彼が話す友情を「好きな監督の作品で悪いものがあったとしても嫌いになったりしない」という考え方に例えていたのが映画好きにはかなり響く感じでめちゃくちゃ納得度が高かった。
誰もずっと最低な人間な訳じゃなくて、その時々で裕一の様になり得るし、そこから這い上がる希望も示しているような話だと思う。
その後明らかになる彼と里美との関係性を考えると彼も正しさだけで生きている訳じゃないと言うのが分かって味わいが変わってくるのも良かった。
姉
今回裕一に一番当たりが強い人。
言ってる事がぐうの音も出ない正論なので、ここまで観客が裕一に対して募られせていた気持ちを代弁する様な爽快感もありつつも、自分から「話聞くよ」って言ったんだからもうちょっと手心を、、、という気持ちを同時に感じながら観ていた。
演じた香里奈のサバサバ美人感がめちゃくちゃ合っている。
しかしそこからキレた裕一から彼女への指摘は本人的にはかなり痛い所でもあって、分かっているからこそ反論できない感じ。
この血縁だからこそ片方が落ちぶれていたとしてもお互いの弱点はしっかり把握している感じとかは家族描写として結構リアルでなかなか観ていてキツかった。
「結婚出来ない理由は大体想像つくけどね!」と裕一が言った絶妙なタイミングで猫が鳴きだす所がなんか意地悪で笑ってしまった。
母
裕一をかなり甘やかしてはいる様には見えるのだけど、一方でしっかりちゃんと自立している姉の存在があるのではっきり彼女のせいでこうなった訳ではないというバランス。
しかし田舎に母親を一人残して、身体が悪くなり孤独によって、よく分からない宗教にどっぷりハマっているというのはかなり今のご時世にピッタリの観たくない地獄家族描写でかなり辛い。
この辺の話し合いは裕一1人のせいという訳ではないのであの後みんなで話し合って欲しい。
父
言うまでもなくこのまま逃げ続ける主人公の未来の姿を示しているのだけど、こういう胡散臭いのに存在感が異常なおじさん役やらせたら今日本でトヨエツの右に出る人が居ないんじゃないだろか。
裕一が母親が倒れて病院に向かおうとする中、全然動こうとしない彼に説教をかます所での「お前に言われたくねえよ!」は、観ているこちらからすると思わず「どっちもどっち!」とツッコミを入れたくなる絶妙さで、割と緊迫した場面なのにめちゃくちゃ笑った。
裕一にとっての救いにもなったけど、彼にとっても落ちぶれつくした果てで息子がこちらの世界に留まらせてくれた救いにもなっているのが優しくて好き。
↑原作になった舞台版のキャストらしいのだけど、こっちバージョンも確かに観たい。姉が江口のりこ版だともっとキツい印象になりそうだし、筒井真理子の母親役の不穏さも良さそう。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?