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あのこは貴族の感想(ネタバレあり)

イオンシネマ京都桂川で鑑賞。2021年初映画館。
京都の緊急事態宣言が明けたので映画館での鑑賞もこれから少しずつ増やしていこうと思う。

日本にある階級差をそれぞれの立場で生き辛さを抱える女性の目線で語られる「今」を描いた一級の物語、その原作を素晴らしい脚本と鬼の様に上手い演出で見事に映像化した今年を代表する大傑作だと思う。2021年一本目の鑑賞に相応しい作品だった。

価値観の正しさ

「邂逅」のシークエンスで逸子が華子と美紀を会わせるのだけど、どういう意図でそうしてるか分からなかったので僕も観ながら「修羅場になる!」という先入観を持ってしまった。
だけど、そこで逸子が言う通り「別に叩き合う必要なんてない」というのがごもっとも過ぎて恥ずかしい気持ちになってしまった。
それ以外でもよくある物語的に分かりやすい「男vs女」「地方vs都会」「貴族vs庶民」みたいな対立構造をこの映画は描いてなくて、それぞれ生き方を肯定しているみたいでとても優しい。

前半の美紀のパートでは、まだ映画のトーンが分かっていなかったので大学内での階層でどんどんおかしくなっていく人を描いた「愚行録」みたいな展開になってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、全然そんなことなかった。というかあれとは極北の作品だったな(あっちはあっちで最悪で好き)

なんというかこういう予想や先入観を裏切って、観てるこちらの価値観のアップデートを促してくれる様な正しさを持った映画だと思う。

乗り物で示す登場人物の生き方

冒頭のタクシー演出から素晴らしくて、主人公華子がタクシー運転手と話す内容と態度で、彼女の立場や僕らとは違う階級の人間であるのが分かる。

その次のタクシーは幸太郎との初めての食事の後で「こんな事あるんですか?」と彼女から話しかけた後の運転手の優しい返し、先程とは対照的で彼女の喜びが伝わってくる、窓から見える景色も変わって見える感じ。

ただタクシーはあくまで他人が決めた目的地に運んでいく乗り物で、結局自分で選択する事が出来ない彼女の生き方そのもの。

そして幸太郎との結婚の後も幸せになれず、この先も結局誰かに操られるだけの人生なのか、と冒頭と同じ様に死んだ目でタクシーに乗りながら街を眺めている時に颯爽と自転車で横を走って行く美紀に思わず声をかける。

その美紀との再会の後、誰かに運んでもらうのではなく、自分の足で東京の街を歩きながら沢山の人とすれ違い、橋の上で美紀と里英を思わせる「ニケツ」をした女の子2人と手を振り合う所で「他の人にもそれぞれの人生がある」と彼女の価値観が変わっていくのが、特にセリフがある訳でもないのに凄まじく感動してしまう。

そこから一年後に自分で選んだ仕事を自分が運転する車で緑の中を走るシーンの爽快感。
彼女が自分の意志で人生をコントロールして人生が始まっていくまでの一貫した「車」の演出の流れが鮮やかでとても映画的。

それに対して美紀が愛用しているのは自転車。 
大学時代自転車を漕ぎながらゴミが道を塞いでるシーン等先行きの暗さを暗示するシーンの後、現在は東京の街で、車の横を軽快に走っているのを観てるだけで幸せな気持ちになった里英とのニケツなど、自分の力でなんとか器用に人生を切り開いてきた彼女の生き方を象徴しているみたいだ。

登場人物

華子

叔父である山中崇が買ってきた高級和菓子を断りジャムを指で舐めているシーンで窮屈さの中から出る彼女の幼さが垣間見れる。
そして幼さを見せる事が出来る肉親が血の繋がりのない叔父だけというのがなかなか辛い。

途中のとにかく人の紹介で婚活しまくるシーンの出てくる男達のダメでコミカルな感じは「美人が婚活してみたら」等と通じる面白さ。特に姉の紹介の遊び人サラリーマンのカメラのピントが合ってないモデル風の女をジロリと視線で追う所は笑った。「普通が一番難しい」という言葉が後から鈍く響いてくる。
それだけに高良健吾登場!の所のいい男度が尋常じゃない。でも彼が一番「普通」ではない訳だけど、、、

僕らと階層の違う人なのだけど、彼女の身に降りかかる不自由さが観ていて同じ様に苦しく感じてしまう。
地方や都会、貴族階層の違いはあっても結局親族から求められるのは「結婚」、その次は「子供」というのは同じなんだなぁ、、、。

美紀

金銭的な理由で大学を中退した事もあり、別に疎遠という訳ではないけど家族間に微妙な緊張感。
特に父親の嫌な雰囲気が絶妙で口数は少ないけど「女なんだから、でしゃばるな」と圧をかけてきてくる。
嫌っている訳ではないけど邪魔臭い家族という縛りみたいな空気感は裕福な華子の家族とも通じている。

でも家や大学を離れ、1人相当苦労して築いてきたこれまでをあんまり重く描かないのが映画として上品。

幸太郎との関係もある意味お互い利用してきたとも言えるのだけど華子との邂逅の後、初めて意気投合して安いお店で「1番の友達だった」と、告げて別れていく場面の切なさに泣いてしまう。

サバサバさと上品さを併せ持つ美紀という役に水原希子がピッタリハマっていて、これまで観た映画の中でもベストアクトだと思った。

逸子

階層分けされている世界の仕組みみたいなものを一番理解しているのだけど、誰ともフラットに接する事が出来る女性。
途中段差を下りて知らない人の帽子を拾ってあげる所がさりげないけど彼女らしさを表している。

「ヴァイオリンでは食べていけないから日本に戻るんでしょ」みたいな友達の会話からもなんとなく匂わせているけど、彼女も彼女で苦労はあるっぽいが、現在の美紀と同様生き辛さみたいなものを表に出さないのがカッコいい。

幸太郎

ジャムに指を突っ込んで舐めてた華子と同じく、自分の家族に結婚の挨拶した後、疲れた顔で池に小石を投げる所で完璧に見えていた彼の人間味が見える。

華子以上に自分の生き方を選ぶ事が出来ない、というか諦めきっていて、心の底では誰の事も大事に思えない人に感じた。

将来の「夢」について彼女と話す時に「僕と君は同じでしょ」と言った所で完全に断絶してしまった様で切ない。

自虐的にも言っていた彼の人生の転期はいつも雨で自分でコントロール出来ない不自由さが不穏に纏わりついてる様に見えた。

だからこそ「雨男」に縛られてきた彼が華子と天気が良い広原で再会し、以前とは違う別の生き方をしているお互いを讃える爽快で優しいラストシーンが素晴らし過ぎる。

しかし青木家のおじいちゃん登場シーン「ジャバザハットかよ、、、」と思う位太々しい座り方で戸を開けた瞬間に笑っちゃった。

そんな感じで数ヶ月ぶりの映画館で観た映画が今作で本当に良かった。
お話的な正しさも素晴らしいのだけど、映画としての演出や役者さんの演技の奥深さで観てるだけでずっと多幸感に包まれる様な映画体験だった。
岨手由貴子監督、初めてだったけど今後の活躍が楽しみ。

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