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「夜明けのすべて」の感想(ネタバレあり)

主演が松村北斗という事でSixTONESファンっぽい人達や、もう1人の主演である上白石萌音との「カムカムエヴリバディ」での夫婦役の2人の再共演という事で朝ドラファンっぽい人達もいるのか、かなり客席は埋まっていた印象。

ただ映画ファン的には何と言っても三宅唱監督の新作という事でめちゃくちゃ期待していたけど、今回もやはり傑作になっていたと思う。


三宅唱監督の優しい目線

「ケイコ目を澄ませて」と同じく別に悪人がいる訳じゃないし、何なら良い人ばかりなのだけど、その中で生きづらさを抱えて藻掻く2人の主人公への映画の目線が優しい。
おそらく現実にはもっと彼らに悪意を向ける人間は沢山いると思うのだけど、他のすべての登場人物が彼女たちを見守るような描き方になっていて、これが映画だから出来る優しい世界への希望を提示しているみたいで感動的だった。
それでいてすべての登場人物にいろんな背景と実在感を感じさせる佇まいの演出が本当に三宅監督は上手い。
パンフレット読んだら、役者さんの情報だけじゃなく色んな登場人物の背景がそれぞれ書き込まれていて、観終わって読むととても味わい深かった。
栗田科学の社長の光石研が会社を大きくするために過重労働で弟さんを亡くした詳細とかが書かれているのを見ると、彼が主人公二人を見守り、植物に水をやり続けるシーンが印象的に挟み込まれるのが後から振り返ると切ない。

あと自然だけどコミカルな演出も素晴らしかった。
最初に二人が心を溶かすきっかけになった藤沢さんが自転車をあげようとして山添君の家を訪ね、散髪になる流れとか彼女の病的なお人好しさに最初ビックリしてしまうのだけど、躊躇なく髪をバッサリ切ってしまう所でへたり込む山添君と一緒に思わず笑ってしまったし、そのあとカットが変わってメンタルクリニックでバッサリ髪を切った山添君の「いや、特に変わったことはないですね」と答える所も最高だった(あの後あそこまでよく整えたなぁというのがまた笑える)
この散髪のシーンから映画のトーンが少し変わって風通しが良くなっていく気がして、観ているこちらも「あ、この映画こんな笑っていいんだ」と気付く感じで、主人公二人のチャーミングさにどんどん引き込まれていった。

光と闇を使った演出もとても映画的だったと思う。自然光が入ってくるタイミングや登場人物に影がかかってくるタイミング等はかなり意識的にされていたけど、作り出した不自然さがなくて僕らの生活と地続きなさりげないライティングが心地よい。
これまでの三宅監督の作品も光の使い方は印象的だったけど今回は夜の闇や朝の光が物語的にも重要にリンクしていく作品だし、演出としてとても親和性が高い。
山添君が発作を起こした帰り道の小さなトンネルの闇の中の背中を追いかけて藤沢さんが追いかけていく場面や、後半2人の道が分かれるのさりげなく同じトンネルで示す所とか、本当映画的で美しい描き方だと思う。

お仕事映画の側面

過去から届く宇宙の光という話が、そのまま社長のかつて亡くなった弟さんとのエピソードがリンクしていき、仕事論の様な話になっていく流れも感動的だった。
誰かの残したモノを受け継ぎ、輝かせ、それを観た誰かの心の光になっていく。
生きづらさを抱えた2人が、生きる事が出来なかった人の仕事を肯定し、自分の人生も肯定していくラストに思わず泣いてしまう。
プラネタリウムのシーンは一見とても静かだけど、めちゃくちゃ熱い展開だった。最後のメモを読むところは生きづらさの果てに亡くなってしまった弟さんのそれでも残した希望がにじみ出ていて本当に切ない。
色んな映画やドラマで何度も聞いた事がある「夜明け前が一番暗い」というフレーズで、こんなに泣いてしまうとは思わなかったなぁ。

そして主人公2人が仕事を通して少しずつ世界と繋がっていく様な展開を思い出す度に、自分が今やっている仕事に対する目線も変わってくる感覚があって、この映画を見る事で救われる人が沢山いると思う。

藤沢さん

自分のPMSによる態度のツケみたいなものを返すために過剰に良い人であろうとした結果、より態度の差がクッキリ現れてしまい悪循環になっているみたいで、最初の方はかなり見ていて辛い。
そんな彼女が山添君との交流の中で助け合う事で自分の事も見直していく様なシーンの数々がとても素晴らしかった。

山添君が最初の方に言う「僕とあなたは同じじゃないですよね」と言う会話は確かにその通りで、でも違うからこそ客観的に理解しようとしながらお互いに助け合う事が出来るのを示していくのが観ていてとても暖かい気持ちになった。
職場で彼女がPMSの症状が出た時に山添君が外にに連れ出して車の掃除へと促していく流れとか凄く良い。このやりとりで彼女のPMSでの苛立ちが、チャーミングにも見える様になっていて、手がつけられなくなる訳じゃなくて誰かとなら乗り越えられるのを示していた。

常に人にお詫びの為なのか、お菓子やお守り等を沢山買っていたり、躊躇なく自転車あげたりするのが優しいのだけど、若干のサイコみも感じるバランス。(自転車のカゴに空気入れも入れてるの抜かり無さすぎる)
この辺のギリギリのヤバさみたいな部分を上白石萌音が見事に体現出来てたと思う。
これまでいかにも朝ドラヒロイン的な純粋で優しい役が多かった印象だけど、そのイメージがあるからこそ今作で急激に感情が爆発してしまうの彼女の温和なパブリックイメージからの落差にビックリしてしまった。
映画冒頭が暗い雨の中バス停で崩れ落ちる様に項垂れていた彼女の後ろ姿で始まっていくのに対し、雨は降っているけど光の中で前に歩いていく後ろ姿で終わっていく彼女のラストカットで終わっていくのが、綺麗に繋がっている映画的で美しい終わり方だったと思う。

山添君

自分のことで精一杯の最初の感じの悪い態度から藤沢さんとの交流を通して段々と他者に興味を持ち思いやっていく流れがこちらも感動的で、後半藤沢さんにもらった自転車に乗って彼女にして貰ったような「おせっかい」を彼が進んでやる展開が素晴らしかった。
何でもない道を一生懸命自転車を漕いでいく所をじっくり撮っていくのだけど、太陽の光とかだけで何故か感動してしまう、映画的な風景の切り取り方が本当に三宅監督は巧みだと思う。

山添君を見守る渋川清彦の視線がそのまま映画を観てるこちらの目線にも近いのだけど、終盤のカフェでの自分の仕事を楽しそうに語る表情を見て思わず落涙してしまうシーンでもらい泣きしてしまう。
映画の最初の方に山添君が彼に愚痴っていた「仕事にやりがいなんか求めるべきじゃないんですかねー」から色々あったけど、ここでの活き活きした表情への変化が本当に眩しかった。

あと映画の目線と同じく優しく素朴に流れ続ける音楽も素晴らしかった。
サントラほしいのだけど見つからなくて、多分今のところ無いっぽいのだけど発売してほしいな。

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