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ケイコ目を澄ませての感想(ネタバレあり)

三宅唱監督最新作

三宅唱監督の作品は登場人物に寄り添った静かだけど確かな演出力と、フィクションなのに今の現実世界の空気感をそのまま切り取った様な生々しさで傑作映画にしていく作家という印象がする。

そんな中で僕らの生活と地続き感をこの上なく嫌な方向でドラマ化したネトフリ版の「呪怨」が、僕は今作を観る前まで一番好きだったりして、こんな残酷ホラーも撮れるというのが意外だったし、これが面白いんだからどんな種類の映画ジャンルで活躍出来る人だと思うので、何気に職人監督的な手腕も確かな人だと思う。

今作も1人の人間の生活に寄り添いつつも、コロナ禍で先行きの見えない不安が今より強かった2020年の空気感等を大事にして、そこに登場人物達の悲しみや寂しさとシンクロしながら映画が進んでいく感じがして、その閉塞感から抜けていく様なラストの爽やかさが本当に素晴らしい傑作だったと思う。

ケイコ

当然セリフがほとんどないし、常に何かに苛立っている様なしかめっ面で他の人に心を決して覗かせまいとしている様だった。

それ故に他の登場人物と同じ様に観ているこちらも彼女の本心みたいな部分を完全には理解出来ないまま映画が進んでいく。
この辺はもちろん意図的で彼女の心情を表す様な劇伴がないのも、とても効果的に作用している。

弟の言う様に何があっても動じない様に生きている事が「彼女は強い」という印象を与えるのだけど、それに対して「私も強くない」と返している意味が分かってくる日記を読む所で、当然なのだけど人間的に色んな事を感じながら日々を生きている彼女の生活の営みの喜びや人間味が伝わってきてとても何気ないからこそ凄まじく感動的だった。

橋の下や川沿いで電車や車の光が点滅する暗がりの中で彼女が1人でいるカットが何度か出てきて印象的なのだけど、これが彼女が世界に居心地の悪さを抱えているのをとても映画的に示しているように見えた。
だからラストに下から上に上がって他の人が歩く明るい道に合流していくのが、これからもおそらく大変なんだけどちゃんとこの世界で生きていく事を決意しているみたいで静かなのにめちゃくちゃ感動的だった。
その直前の対戦をした女性に挨拶をされ「また。」と言われた時の彼女の困った様な嬉しい様な表情も素晴らしくて、日記にも書いてあった通り殺す気で闘った相手だし、試合中靴を踏まれてめちゃくちゃ印象も悪かったと思うのだけど、相手もまた自分と同じ「強くない人」なのだと気づいた様に僕は見えた。
こういう登場人物の世界の見え方が変わる瞬間の切り取れる繊細さはやっぱり三宅唱監督だなぁと思う。

ジムの人々

三浦友和は流石の存在感で作品の中心にドスンといる佇まいが凄かった。
途中のケイコが手紙を持っていこうとした時に、悪くなった視力で自分の試合の映像を必死でテレビにしがみついている所とか、その後ケイコがもう一度入り口から入り直してシャドウボクシングをする流れにめちゃくちゃ感動してしまう。

トレーナーの2人も素晴らしかった。
松浦慎一郎は吉田恵補監督の「BLUE」での松山ケンイチをボコボコにしてたクソ野郎っぷりが嘘の様に寡黙で真面目なコーチを演じ切っていた。そういえば岸井ゆきのも吉田作品だと今年公開された「神は見返りを求める」の恩を仇で返すユリちゃんが今回と真逆の役どころだし、俳優さんって凄い職業だなぁと改めて驚かされる。

彼のエピソードは全然詳しく描かれる訳じゃないけどやっぱり佇まいだけで、「どういう事があってコーチをやっているのかなあ」と想いを馳せてしまうし三宅唱監督の人間演出力が本当見事だと思う。

入院して会長がいなくなったジムで思わず溜め込んだモノが込み上げて泣き出すのを見てケイコが笑顔になるシーンが、そこまで険悪だった2人の関係性が戻ったというか、以前よりもそれだけで深くなっているみたいで、とても好きだった。

もう1人の昔ながらの強面トレーナーの三浦誠己も素晴らしかった。
最初の方の体重オーバーしたボクサーを怒鳴りつける声が聞こえてくる場面とか微妙にコミカル。そこから段々と優しい一面が垣間見えてくるのが良い。
途中で警備の仕事の後の制服姿で、ケイコの為に他のジムに挨拶で同行してくれるシーンが説明的じゃないけど凄い人情味が感じる演出でまあ上手いなぁ。

コロナ禍初期の時期の表現も本当素晴らしくて、この前なのに忘れつつある先行きの見えない不安感が改めて蘇ってくるみたいだった。

経営悪化により閉めざる負えないジムも、もちろんそうだし彼女はホテルの清掃の仕事をしている訳だけど、こちらもモロにコロナの影響を受けている場所の筈で経営状況の不安もおるだろうし、世の中みんなマスクをしているせいで唇の動きも読めず、彼女の中で世の中への壁が更に高くなっている状態なのだと思う。

最後の大事な試合も無観客での開催で寂しいのだけど、それ故に自分の生活と地続きな場所でそれぞれの人達が彼女と繋がっていて、最初の試合で同じ場所にいるのに心が遠かった人たちが、近づいている様な気がしてとても感動的だった。

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