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「私が熟れた季節」の感想(ネタバレあり)

「星の時」という小説で日本翻訳大賞を取った女性作家クラリッセ・リスペクトルの小説をもとにした文芸官能ドラマ。
以前映画監督の三宅隆太さんが2022年の年間ランキングでチャンピオン枠に選ばれていたので気になってAmazonプライム・ビデオで鑑賞。

物語自体は一人の孤独を抱えた女性が一人の男との交流によって藻掻きながらも前向きに生きていくことができるのか?というシンプルな話のはずなのに全体的にとても変わった語り口で、最後の方の電話のシーンの相手等、物語的に辻褄が合わない所が何箇所あって現実に起きていることなのか彼女の精神的な映像なのか、判断が出来なくて、結構面食らうのだけど、それが不思議な味わいになっていた。
おそらく主人公の彼女の主観によって描かれている映画なので現実じゃないカットが入っているということなのかなという解釈で観ていった。

映画とか小説等でよくある「孤独を抱えた主人公」を描いた作品は星の数程あると思うのだけど、1人の人間が抱える「孤独」をとても丁寧にじっくりと寄り添う様な物語になっていて、その「孤独」を表現する演出の数々がとても印象深かった。
冒頭の小学校の授業が終わり周りの音が消えていく中彼女の心がここにない事を示す様なシーンから引き込まれる。

この彼女の主観なのか現実なのか分からない不思議な雰囲気にマッチした舞台になっているブラジルの海辺の町の情景とかも素晴らしかった。
僕はブラジルの町といえばなんとなくワイルドスピードとかの印象が強いのだけど(極端すぎる)、ああいうテンションの高いブラジル描写は無くて、どちらかというと常に強い風が吹いてて曇りの日が多くて、彼女の心情に合わせたようなちょっと暗いブラジル感がとても新鮮だった。

幻想的で面白い鏡を使った演出が良くて、主人公が母親から引き継いだ家がすごく鏡が多くてそれをとても映画的に活かされていた。
最初の方に男を連れ込んだ際にベッドで寝ていた男が彼女がシャワーを浴びている間に居なくなっているというシーンがあるのだけど、ここでのワンカットなのに映画内と観ているこちらの現実の時間の流れ方が違っている演出とかが凄く面白い。
ここも客観性じゃなくて、あくまで彼女の中の主観的な時間の流れ方を大事にしている様な描かれ方だったと思う。

あと鏡でいうと最初の方のウリシスと会った後、彼女が合わせ鏡の状態でマスターベーションをしてる所で終わったらすっと鏡を戻していく感じとかアート的で面白いし、僕には彼女が自分の本心が定めきれていないのを表現している気がして、オープニングの万華鏡の様な映像で彼女がセックスするシーンともか重なる感じがした。

母親の残したノートを見つけるのだけど、このノートに書いてるのが母親が人生と向き合う指針みたいな内容になっているのだけど、それをそのまま小学校の授業でキョトンした子供達に教えているのが、なんともシュール。
その結果、上司である教員から7歳の子供達に実存主義の話は難し過ぎるからやめなさいと言われるのだけど、同時に自分の寂しさを生徒達に共有させている事も見透かされていて実は周りにバレていたのが分かるのが気まずくて良いシーンだった。

絶妙に嫌な雰囲気の兄も映画的にはとても良い味わいがあった。
妹に対してデリカシーなく結婚を進めてきたり、自分は平気で浮気をしていたり、とても前時代的な男性像の悪い雰囲気が漂っているのだけど、主人公との最後の会話シーンとか絶妙に優しい雰囲気も醸し出しつつ彼女の本質みたいなものを理解出来ている感じもしてなんとも重層的な人物設計だなあと思った。

主演の女優さんの演技は素晴らしかったと思う。シモーネ・スポラドーレというブラジルの女優さんで初めて観たけど、最初の方の暗い表情が終盤に生気を取り戻し、ラストは孤独を慰める為のセックスではなく生きていく為にセックスをしていく様なセックスシーンが良いラストだった。

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