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「イニシェリン島の精霊」の感想(ネタバレあり)

「スリー・ビルボード」のマーティン・マクドナー監督最新作。
今回も人と人とのすれ違いを滑稽だけど哀愁と愛おしさを持って描かれた素晴らしい作品だった。

パードリック

これまで島に暮らしていて、島での暮らしこそが幸せだと信じてやまない感じで、遠くから聞こえる砲弾の音に対してのセリフから分かる通り、外の世界で何が起こっていても全く興味がないのだけど、その価値観が変わらないまま映画が終わっていくのが面白い。
失っていくものが沢山あったし、多分一生コルムや妹の気持ちは理解出来ないと思うけど、他者と真の意味で分かり合えなくても、自分の生き方を変えない強さみたいなものを手に入れて映画が終わっていく感じがして、不思議な爽やかさがあった。

コルムが音楽等の芸術作品を創作して残す意義へのアンサーとして、小さな「優しさ」だって意味があるんだ!と酔っぱらいながらも必死に反論するシーンがとてもグッときた。
コルムが「優しさ」なんて何十年かしたら誰も覚えていない!とは言うのだけど、彼が生きてきた中で大事にしてきた優しさ(みたいなモノ)は価値はないのか?というと僕は見ながらそうも思えなくて、自分がこの暮らしが幸せなんだ!と信じ続けるある意味で信仰みたいなモノも切実で否定できない様に見えた。
だからと言って他者をその人生観に付き合わせようとするのは当然駄目な訳で、最後までそこを全く分かってないのが彼の気の毒な所だと思う。

こういう良い人にも見えるし駄目な人でもあって、馬鹿だけどとても愛おしくも思える様な、重層的な人間臭さはやっぱりマーティン・マクドナー監督の作品だなぁと思う。
演じたコリン・ファレルもめちゃくちゃ上手くて、元々太い眉毛をこれでもかとハの字にして「かまってくれよぉ」という表情を浮かべてるのが気の毒だけどめちゃくちゃ笑える。

コルム

自分の人生の終わりを意識してもっと有意義に使いたいからパードリックとの交流を絶ちたいということだけど、狭いコミュニティということもあり結局顔は合わせないといけないし、あっちは勝手に気持ちを自己完結して擦り寄ってくるし、彼からしたらかなり煩わしい。
基本寓話的な物語だとは思うのだけど、こういう離れたいのになかなか縁が切る事が出来ない状況は、学校や会社等で誰にもあり得るし誰しも共感出来る普遍性がある。
まあそこから指切り宣言をしたり、実際に躊躇くなく切ってしまうのが極端だし、しっかり狂気も感じるバランスで絶妙に感情移入しきらないバランスでもある。

最初の方にパードリックがロバの糞の話を2時間もするという話題が出てきて、パードリックが「ロバじゃないし馬だし!」と言い返してコルムが「どっちでもいい!」とツッコミを入れるコミカルなシーンがあるのだけど、ここで既にパードリックにとってロバが大事な存在で、コルムが理解は出来ないけど認知はしているのが後半のロバが死んでしまうシーンで響いてくる。
ロバが死んだことなんて他の誰も気にしてないのだけど、故意じゃないとはいえ原因を作ったコルムだけがパードリックの心の痛みを理解しているのが切ない。

そして大きな代償や後悔を払いながらも、その経験をこそ糧にする様に音楽を口ずさみだすラストシーンの切れ味が素晴らしかった。

演じたブレンダン・グリーソンといえば個人的には「パディントン2」のナックルズでお馴染みなんだけど、今回もとっつきにくさの中に優しさが垣間見える瞬間を見事に表現していてめちゃくちゃ素晴らしかったなぁ。

シボーン

島で生きる事に絶望して彼女が靴を置いて湖の前で佇み向こう岸で手を振るマコーミックのシーンは、どう観てもあの世に向かう一歩手前な不穏な場面だけど(その前に言ったマコーミックの予言みたいなものもよぎるし)ここで結果的に彼女を引き留めたのがドミニクなのが後から振り返ると切ない。
個人的には彼女の代わりにドミニクが命を落としたようなバランスにも見える。

彼女とコルムとのやりとりもとても重要で、他人と道を分かつことになっても自分の人生を生きる選択をしても良いんじゃないか?というのをコルムと兄との諍いによって気づいていく。

彼女とコルムだけが「音楽」や「読書」で外の世界と繋がっていて、それが人生の救いや助けになっていくのを、しっかりと綺麗ごと抜きで他者から見ると傲慢にも思われるバランスで描いているのが嘘が無い感じがして好き。

ドミニク

口は悪いけど島の誰より実は純粋な男で、演じたバリー・コーガンにばっちりハマっていた。

なんだかんだ仲良くしていたパードリックがコルムの音楽友達を追い払った話を聞いた後の彼の哀しそうな顔が切なかった。
彼はパードリックの優しさが島で唯一の居場所だったし、だからこそ信じていたパードリックが人の心を傷付けたのが許せなかったのだと思う。
パードリックがついた嘘が「父親が危篤」だったのが、彼と父親との複雑だけど嫌悪だけじゃない関係性も垣間見える様で味わい深い。

シボーンへの告白シーンも凄く良かった。
彼からすれば一世一代の勇気を振り絞って想いを告げたのだと思うけど届かず、でもシボーンにとっては自分の人生を生きる為に背中を押されたシーンにもなっていて、それぞれの気持ちはすれ違って理解し合えなくても、そこに何か輝いてる瞬間を切り取れたとても奥深いシーンになっていて、とても好きだった。

それだけに結局誰にも気づかれず亡くなってしまう展開が悲しい。彼の繊細な無垢さみたいなものを分かってあげられるのが映画を観ている観客だけなのが辛かった。

主要登場人物全員がそれぞれの事を理解し合えないまま、道は違えて映画は終わっていく。
それでもそれぞれの人生の営みを優しくはないけど愛おしく切り取る様なマーティン・マクドナー監督らしい傑作だったと思う。
僕は大好きだった。

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