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「怪物」の感想(ネタバレあり)

是枝裕和監督最新作。
久しぶりに日本が舞台の映画で、しかも坂本裕二脚本という事で宣伝もかなりされていたし、お客さんもめちゃくちゃ入っていて、大きいスクリーンでほぼ満席状態で鑑賞。

ただ観終わって困惑気味に話しながら帰っている人が多い感じだった。

主に三つの目線で、今作は構成されているのだけど、その三つともが映画を観ているこちらに合わせた客観性がなく、その登場人物の主観的な語り口になっているのが面白い。
なので、ミステリーモノによくある「本当はこういう事でした」的な、種明かしではなくそれぞれが「正しい」と信じている事や、「この人にこうあって欲しい」みたいな願望も入っているバランスなので、その章ごとに登場人物のキャラクターがかなり変わっていたりする。
特に担任教師である保利のキャラクターの一章から三章まででどんどん印象が変わっていく感じが、とても奥深くて面白かった。

第一章

冒頭の火事のシーンからどの章も始まる。
ここでそれぞれが野次馬的に誰かの不幸を少し楽しみながら観ている様子が描かれるのだけど、この後自分たちの身に降りかかる事件が、他者から見たらその程度のモノだと思わせる冷たさも感じる。
そしてこの野次馬的に楽しんでいるというのが、今映画を観ている僕らそのものであり、メインの登場人物と同じく被害者や加害者の境界線が消えていく様にあっち側とこっち側の境界線も曖昧になってくる感覚にクラクラした。

母親である早織の目線でこの章は進んでいくのだけど、母親として息子が心配だけど何が起こっているのか分からない中、息子からかろうじて出た言葉を信じて学校側に確認しに行く過程が観ていてしんどかった。
最初の方は確信がはっきり定まらない中確かめに行くが、学校側の説明なく謝るだけで乗り切ろうとしている感じとかは気が遠くなるし、一周回ってブラックコメディとして笑えてしまうのが何とも気持ちが悪い。

学校での車の駐車シーンが何度も出てきて段々と彼女が精神的に追い込まれていくのを示すのが演出として上手いし、駐車というのが校長の孫の事件が不穏に掠める様になっていて、車の運転シーンは大体嫌な雰囲気が漂っている。

安藤サクラは是枝監督作品だと万引き家族から引き続き流石の演技力だった。どこにでもいそうなお母さんの佇まいが凄かった。

第二章

第一章では悪役的にも見えた保利の目線で話が進んでいくのだけど、冒頭から第一章とは明らかに別人な印象で、早織から主観的に観た彼と、保利の主観的な目線で進む物語が、どちらも正しいし、どちらも正解じゃない感じにクラクラした。一章で強調されていた彼の「頼り無さ」や「子供っぽさ」みたいな部分は確かに二章でも多少感じるのだけど、第一章では早織の息子を理解出来ない不安をぶつける為に「ほら、やっぱりこういう教師だ!」という彼女の主観的な視線と、彼から見た今回の事件の語り口があえて整合されない作りになっている。

永山瑛太は個人的にはいい人より何考えているのか分からない役がピッタリくると思っていただけに、観る人によって印象が変わっていく様な情緒不安定な保利は凄くハマっていたと思う。
あと第二章は高畑充希の心無い彼女役が絶品で、最初からあんまり保利の事をそこまで好きじゃなさそうな感じが全開だったので「すぐ見捨てんだろうなぁ」と、思って観ていたけど記者に写真を撮られた場面の直後に荷物をまとめていく素早さと、こちらも心無い最後のキスシーンがめちゃくちゃ面白かった。

第三章

第三章は湊の目線でお話が進んでいくのだけど、ここは子役演出が見事な是枝監督の真骨頂という感じで、どのシーンも演出が素晴らしくて何でもないけど涙が出てくる様なシーンが沢山あった。

特に止まった電車の中での2人にとってのかけがえのない時間を示す演出の数々がどれも素晴らしかった。
まだ自分が何者なのかを定義する事が出来ていないのに、大人達によって無理矢理「当たり前の生き方」を定義付けされて苦しんでいる中、外界から隔絶された唯一の居場所で特別な時間が流れていたと思う。

最後の大雨の中、保利や早織が窓の泥を落とそうとするシーンがとても印象に残った。僕には決して届かないのを象徴している様に見えたし、二人が生まれ変わる宇宙の話と繋がる様に小さな星空にも見えて、切ないけどとても美しくて素晴らしい場面だったと思う。

湊の亡くなった父親がラガーマンでマチズモ的な彼の象徴になっているけど、亡くなってしまった事で気持ちをぶつける可能性もないのが辛いし、母親が父の様ないわゆる「普通の男」になる様に接してくる、同じく学校でも保利が「男だろ」という、価値観を押し付けてくるのが観ていてしんどかった。なによりそれぞれが無意識的に圧力をかけてくるのが、世界に逃げ場がない様に追い込んでいる様に見えた。

だから最後の夢の中なのか、あの世なのか分からない世界を爽やかに走り出していくラストカットが、色んな感情が同時に襲ってくるような美しくて、本当に映画的で素晴らしい切れ味だった。

あと登場人物で印象に残ったのが、これまでの是枝作品だと樹木希林がやっていそうな校長役なのだけど、演じた田中裕子が圧巻だった。
旦那が孫を誤って車で事故死させてしまう、という聞いただけで痛ましい事件を経験しているのだけど、それを利用したりする図太さも持っている考えが読めない人。
彼女の孫の死の真相は実際どうなのか?というのは殆ど分からず他者の憶測のみのでしか語られない。
その孫の事件が関わっているのか分からないけど、加害者とか被害者とか線引きをしている大人達を超越した存在になっている気がして、早織に「あなたと同じです」と言われる所があるけど、田中裕子の表情がもうそんな段階に居ない気がしてゾクッとなった。

あと三幕どの視点から観ても悪役に思える中村獅童や本当にいじめをしていた男の子すらも、背景がある事を思わせる様な終盤のカットの入れ方が、彼等も加害者の側面だけではないのを示していて、こちらの気持ちの持って行き場がなくなる後味だった。

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