『地図と拳』を読みました

話題の直木賞受賞作、『地図と拳』を読み終わりました。なかなかすんごい読書体験でしたので、手に取ってから読み終わるまでに思ったことなどを拙いですがつらつら書こうと思います。
前後半に分け、後半はネタバレを含むかもしれない感想を含みます。あらすじなどは↓からどうぞ。

https://www.bungei.shueisha.co.jp/shinkan/chizutokobushi/

小川哲著『地図と拳』は、第二次世界大戦までの満洲国のある都市の誕生から消滅までを描く空想歴史巨編で、山田風太郎賞も受賞しているバケモノ本。

怪物のような実績もさることながら、その鈍器本の名にふさわしい圧倒的外観。単行本で600ページをゆうに超えるボリュームにまずビビる。加えて、全く詳しくない「歴史」小説(しかも近代史)であることが障壁となって初めは購入を躊躇していた自分がいた。

購入を決意させたのは、小川哲さんがSFのジャンルを得意とする作家さんであり、単なる歴史小説ではない「歴史✖️空想」の帯に惹かれたからだ。後々この決断が間違っていなかったことを思い知らされるのである。

現在と未来を接続する「SF」と、過去と現在を接続する「歴史小説」は、まさに現在と異なる時間軸を繋ぐことができると小川さん本人も語っている。そういうジャンルに精通している作家さんだからこそ描ける物語であると思う。

読み始めて思ったこと。

「え、思ったより読みやすい・・・。」

読む前の僕は、「直木賞ノミネート作」、「山田風太郎賞受賞作」ということで、「高次元存在の読書家しか楽しむことができない高尚な読み物」という勝手な印象があった。が、少なくとも一般読者が楽しめる範囲の物語であったと感じる。歴史小説であり、背景知識を知っていることに越したことはないものの、そこは小川さんの筆力を信じて読み進め、十分楽しむことができた。

本作を読むことで、「直木賞は俺の手に負えるような代物ではない」という固定観念はある程度払拭された気がした。

と言っても、当時の世界情勢や地理に詳しくないので、主に日本、中国、ソ連各国の登場人物たちの軍事的思惑や信念が複雑に絡み合う部分は難解と言わざるを得ない。そこを著者の筆致がカバーして、「読ませる」物語になっているところが本当にすごいと感じる。

本作は「空想」小説の体をとっているが、あまりにも現実からかけ離れた「空想」だったり、「SF」を想像したりてしまうと肩透かしを喰らうかもしれない。どちらかというと「ありえたかもしれない歴史」を描いているというのが、個人的な感想である。これはifストーリーというより、現実の歴史の隅で「起きていたかもしれない出来事」という意味で捉えていただければありがたい。

さて、ここから内容に少し言及する感想になるのでご留意いただきたい。









本作は、各章の中でメインの登場人物が入れ替わる群像劇である。さらには半世紀という時間幅であることから、とにかく出てくる人物が多い。ある人物のA視点で語られたと思うと、すぐに別の人物Bの視点に入れ替わり、全く違った景色と信念が見えてくる。戦争を語る上で、ある登場人物だけに視点が偏っていない点がとてもいい。

日露戦争を皮切りに、満洲を舞台に繰り広げられる謀略と粛清。その中で架空の都市である「李家鎮」を中心に据え、満洲の誕生から消滅までを虚実織り交ぜながら描いていく。その「虚」は決して荒唐無稽なものではなく、史実を元にして肉付けされているため、本当の歴史と錯覚してしまう。

「建築」や「地図」が物語のテーマとなり、関連する登場人物の各視点から「戦争」との関わりが描かれる。これらが物語の要素となり昇華された先の結末は、不思議と清々しく感じた。


戦争、暴力の比喩である「拳」が「虎臥」と言い表される。

細川という男。

孫悟空の最期。

クラスニコフ牧師がなぜ架空の島を地図に描いたのか。

須野明男が李家鎮を再び訪れ、丞琳と地図を広げるラスト。


がとても印象に残っている。

読後、改めて本作の装丁デザインに目を落としたとき、赤い長方形の抽象的な図形が、血、日本、赤紙、孫悟空の手帳などと重なり、何から何まで完璧な小説だなと勝手に感じたことを最後に記して感想を締めたいと思う。


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