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『魔法は風のように』第六話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

第六話 浄化

割れてしまった水晶は、どのようにしても元には戻らないので、半分の大きさの、二つの水晶になるようにする。
そうすれば、二度とサキに祟ることがなくなる、と、父さんは言う。
そのためには、サキが、改めて祈りなおせばいいらしい。
しかし、ただ祈りなおせばいいのではなくて、古の時代に水晶が作られたときと、エネルギー的に同じ状態を作り直さなければいけない。

そうするには、いくつか条件がある。
過去降り立った場所の近くで、須佐之男命が具現化していること。
周囲が清め祓われていること。
サキが、心の底から偽りなく、祈ること。

サキと縁の深いらしい、スサノオ様の神社の周辺は、大きな公園や美術館、古くからの商店街やデパートもある、都市部のなかでも特に賑わいのあるエリアだった。自然も多くあるけれど、日々、訪れる人の数も尋常じゃない。
神社も有名すぎて、管理がしっかりしているので、勝手に本殿には入れないし。
だから、神社の裏手の人通りの少ない場所に、須佐之男命が降りやすい環境をつくりあげることで、なんとかすることにした。

極力人のいない夜明け前の時間を選んで、俺と海斗は準備をはじめる。
問題になるのは、周囲ができる限り、清め祓われている状態にする、という条件だ。自然の清らかな気配に満ちて、祈りのエネルギー自体が今よりずっと強く発揮されていた、古の気配の再現だなんて無理に近い。

この国には、年に二回、神様たちの力で大きくエネルギーが浄化される、大祓という行事がある。
とくに大晦日の大祓が終わって、元旦の日の出を迎えると、エネルギーがきれいさっぱり綺麗になる。
それから数日は、お正月となるわけだ。
正月に正夢を見ると言われるのは、その影響だろう。
最もエネルギーが祓われている状態で見る夢というのは、精神世界からの正しい情報を受け取りやすいだろうから。その八百万の神様たちがこぞって行う、大祓の行事以上の浄化なんて、想像がつかない。

だから、俺と海斗はエリアを限定し、魔法で罪穢れを具現化させ、個々に撃破することで、無理にでも浄化された空間をつくりあげる算段を練り上げた。穢れの具現化は海斗が、各個撃破は俺が担当する。

白い装束に着替えたサキが、緊張半分、興奮半分、俺と海斗に声をかける。
「いよいよですね。俺は、魔法によって須佐之男命が現れたら、お祈りすればいいんですよね」
「ああ、この世界や人々のための祈りなら、内容は、サキの願うことで構わないから。後は俺たちに任せて。サキも、頑張れ」
「師匠、ありがとう!」
俺は頷くと、笑って見せる。今このとき、今まで以上に、サキの師匠らしく、役に立ってやりたいと心から願う。
サキの隣に、父さんが並んだ。
「須佐之男命様の具現化は、海斗でできる。僕もサポートする。隼人は、めいっぱい暴れてくれ」
「おう!」
「じゃあ夜が明けるまえに、穢れの具現化の魔法をはじめるよ。隼人」
「よろしく頼む」
必要と思われる範囲結界は出来上がっている。
海斗が、穢れの具現化の魔法をはじめた。
『人、物、空間、この地に関わる、あらゆる禍事の種としてある罪穢れ』
結界内にある、目に見えない小さな穢れも含めて、海斗の力に引き寄せられるのを感じる。
『眠るもの、動くもの、今この時をもってして、集まり集いて姿を持ち、我が力に従い、現れいでよ!』
ざっと三十体くらいが、紫がかりはじめた黎明の空の下、結界内に現れたのを気で察知する。
人の姿、虫の姿、形容しがたい大きな化け物が、見て取れる範囲にいる。
「海斗、後ろ!」
海斗の背後に子供の大きさの穢れの塊がいて、海斗にもたれかかろうとするのを、海斗が足払いして魔法の浄化で打ち消した。
「この程度なら、僕でも浄化できる。サキとお父さんは、僕が守る」
「頼んだ。じゃあ、行くぞ」
俺は、まずは近くの通りに出ている十体程度の穢れ集合体を叩き潰すべく、全身に魔法をかける。額の五芒星を意識して浮かび上がらせると、左手に、浄化の光で出来た大剣をイメージし、具現化する。素手ででは間に合わないようなときは、魔法で武器を具現化させると、手っ取り早い。
「よし、暴れるぜ」
罪穢れの集合体というのは、意識を持っているか持っていないのか、あいまいなくらいの状態のモノがほとんどのようだ。
サキをのっとったような、明らかに意志があるタイプのほうが珍しい。
今回は、もしそういうタイプがいても、夜明けという最も浄化の強い時間帯に具現することで、悪さする力が持てないようにしてある。
俺は跳躍すると、土産屋の屋根に降り立ち、最もデカい三メートル近くある化け物めがけて飛びあがると、まっすぐに大剣を振り下ろした。
「はあっ!」
地面まで大剣を下しきると、真っ二つになった化け物が、浄化の光を帯びてキラキラしながら消えていく。
俺を敵だと判断したらしい人型の罪穢れが、五体くらい集まっていっせいに襲い掛かってくる。五体がもつれながら、俺を攻撃できる距離に入るギリギリまで待って、大剣で大きく円を描いて、いっぺんに薙ぎ払う。

気を張り詰め、一体も逃さないようにアンテナを伸ばしながら、順番に葬り去っていく。もう時期、終わりかな。だいぶ海斗たちから離れた場所で、倒した数、三十のカウントが終わりそうなとき、地の底でうごめいている気配に戦慄がはしる。これは、祓いきれる存在じゃない。
俺は、海斗の作った結界の外にでて、それが、俺に気づいて攻撃してくるのを待った。
これは、結界の外に連れ出す以外に手がなかった。
先の大戦のときに生まれてしまった存在。伝わってくる惨い死の苦しみ。数えきれない人々のもの。
祓う、なんてな、無理なんだ。
悲しみ、苦しみ、怒り、憎しみ、不安、緊張、狂気、痛み、焼ける熱さ、これらは、誰かが、多くが、死を前に体験したもの。
今でも、どうしようもなく、癒されきれずに在る。
普段は地下でかたまって眠っているのか。それとも、あちこちに拡散していて癒されるのを待っているのか。

俺の額の五芒星が、額から離れ、俺を守るために大きな結界になる。
「隼人、これを使え!」
廉さんの声だ。
「兄貴から今日の話を聞いてな。邪魔にならないように、でも何かあったときに役に立つよう、結界の外で様子見していたんだ」
廉さん、手持ちのカバンいっぱいに、父さんの作った魔法道具を詰めてある。その中から、紙切れを取り出して俺に手渡した。
「鎮魂の札だ」
「ああ、これを使うしかなさそうだ」

生きて在る者たちからの、心の底からの祈り。
それ以外に、どうしようもない、大きな苦しみ。
この世界のあちこちには、そういった、戦争による、残酷すぎる非情な数の死の痕跡が、消えずにあるのだろう。
俺の父もまた、戦禍で苦しみの死を迎えた一人。
だから、思わずにいられない。祈らずにいられない。

そう遠くない昔、この地は焼け野原になった。
真っ赤な炎に焼かれたのは、家や物だけじゃないんだ。たくさんの人が、生き物が、暮らしていたのだから。
俺は全身全霊で、祈る気持ちで、炎に包まれた多くの人の姿が見える巨大な塊に、鎮魂の札を張り付けた。
「頼む、廉さんも祈ってくれ」
「当然だろう」

なかったことに、しないで。
忘れないで。
という声がする。彼らはそう、一心に唱和している。
悲痛な声は、この都市で眠っている多くの生きる人々にも、夢の中で、聞こえているんじゃないだろうか。
その夢は、悪夢だ。
でも、悪夢以上の現実を生きて亡くなった多くの人々が、同じ想いを二度と繰り返してほしくないという願いが、見せる悪夢だ。
俺たちは、忘れるのが早い生き物だから、彼らの見せる夢は、必要なんだ。

魔法はそれを行う者に従う。

それなら、俺は、彼らの願いが、眠れる都市に響き渡るように祈る。
どんなに辛くても、目をそらさないでやってくれ。まだ消えてなくなるわけにいなかくて、苦しんでいる彼らの声を、聴いてくれ。

廉さんは、なんて祈ったのだろう。
巨大な塊は、静かに、地下に潜り、散っていった。

つづき↓
最終話 https://note.com/nanohanarenge/n/n40521ed79b29


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