見出し画像

『魔法は風のように』最終話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

最終話 祈りは風と共に

太陽の先端が大地から顔をのぞかせた瞬間、闇が光で満たされていく。
暗がりに沈んでいた都市が明るみにでる、日の出の時刻を迎えた。
非常に重いものが祓われていくのが、サキにもわかった。隼人の浄化の役割が、ちょうど終わったのだろう。
海斗と星治が、サキの両脇にいて、祈り始める。簡素な日本古来の装束、髪型で、草なぎの剣を胸に置いて、須佐之男命が現れた。
サキは、魔法で見せられた古の自分と同じように、地に伏せ、頭を下げる。

「須佐之男命。俺、考えたんです。俺が、心の底から祈れることって、なんだろうって。そうしたら、思い出したんです。須佐之男命が見せてくれた、昔の俺がなぜあんなにも強く、願っていたのか。それは、俺が戦乱の経験者だったからなんだ。戦乱に巻き込まれ、兵がおしかけ、家族が、残虐に殺された。俺は、二度と、誰にも同じ想いをさせたくなかった。さまよえる孤児となった俺を育ててくれたのは、この地の、ここの神社の人たちだった。だから、愛するこの地で、愛する人々が、平和に暮らせるように、心の底から願えた。どん底の苦しみを知る人にしか、できない祈りがある」
須佐之男命は、静かに頷く。
「この俺に、あんなに強い祈りはできない。でもやっぱり、祈らずにいられないから、聞いてください。水晶は二つに割れてしまったから、俺は二つの願いごとを祈ります。小学校の頃、この都市で、大きな爆撃があったこと、十万以上の人が亡くなったことを学びました。想像も付かない、恐ろしい思いをした人々への鎮魂の願いもこめて。古の俺の知った痛み以上の、痛みのために。どうか、未来永劫、この地が平和でありますように」
サキの心の底からの願いをこめた声は、金属質な響きを帯びて、周囲にすーっと広がる。その言霊は、朝日と共に、あたたかな輝きをもって、大地に吸収されていく。
「もう一つの願い。それは、俺が感じ続けてきた苦しみに関わる願いです。言葉が、人を傷つける。言葉が、人を殺すこともある。俺は、それを人一倍、感じとってしまう。須佐之男命、放り投げた言葉って、返ってくるって、みんな知らないのかな。人を傷つけたら、自分が傷つく。人を殺したら、自分もいつかそれに見合った何かを得る。口から出た言葉、何かに書いた言葉、どういう形であっても、必ず返ってきて、穢れていくのは、本人です。それがわからないから、穢れが力をもって、人を苦しめる行為が、どんどんエスカレートしていってしまう。どうしたら、その連鎖を断ち切れるのか、俺にはわからなくて」
必死に涙をこらえて、サキは続けた。
「だから、俺は、願います。言霊のもつ殺傷能力が弱まりますように。無自覚な言霊の力で、傷つき傷つけられる連鎖が、断ち切られますように」
『そのためには、己の言霊の力に対し、皆に、自覚的になってもらう必要があるかもしれないが構わぬか?』
サキは、はい、と、まっすぐに答える。
須佐之男命は、胸に置いていた剣を腰にさし、割れた水晶玉を取り出して、太陽の光に当たるように高く掲げた。
『二つの願い、引き受けた。願いの水晶は、これからも、この地に、私と共にある』
割れていた水晶玉が輝いて、二つの水晶玉に分かれた。
『未来永劫の平和の祈り。言霊による苦しみの軽減の祈り。叶えてゆこうぞ』
須佐之男命は、慈悲深い父親のやさしさをたたえ、目を細めて微笑んだ。
『サキ、よく頑張ったな。これからは楽になるはずだ。どうか、健やかに。そして、サキの願いは、これからも私のそばにある。忘れてくれるな』

「スサノオ様、ありがとうございます!」
駆けつけてきたばかりの隼人の弾んだ、底なしに明るい声が、朝の神社界隈に響き渡る。
「ほんとに、ありがとうございます」
サキも、隼人に続いて元気にお礼を述べた。
「ありがとうござます」
海斗、星治、廉も、それに続いた。須佐之男命は、朗らかに笑いながら消えていった。


サキと早朝、並んで走るのは、今日で最後になる。
川辺を走り終え、グラウンドにある水道の蛇口をひねり、俺は水を飲む。
「隼人師匠」
サキは、寂しそうにつぶやいた。
「俺、結局、魔法使いにはなれなかった」
「でも気の扱いについては、かなり上達したぜ。それに父さんの教えもあって、立派な、『言霊使い』になれそうじゃないか」
あの神社でも一件のあと、父さんはサキのために俺のアパートに残って、「魔法使いではななく、言霊使いになるのはどうだろうか」というアイデアを出し、そのために必要な知識を与え、その場で実践できる練習をし、今後の課題などを、懇切丁寧に教えていった。
もし困ったら、いつでも声をかけて欲しいと、言い残して。
魔法使いではないけれど、サキは、父さんの弟子のひとりに数えてもいいよな。父さんは、なんだって教えるのうまいからな。
でもちょこっとだけ、俺は寂しい。
俺の、気の魔法の弟子だったんだけどなあ。
「あの、師匠。俺やっぱり、気の魔法使いにもなりたいです。てか、師匠みたいになりたいんだ」
「え?」
「だから、また、修行しに来てもいいですか。だって、寮からも、めちゃくちゃ、近いし」
「それは」
「うれしそうだなー、隼人」
横からぼそりと、つぶやく影が。
「廉さん、何しにここへ」
「散歩だ。よかったなあ。筋肉魔法の弟子、いなくならないで」
「気の魔法っす!」
気に障ることばっか言うな、廉さんめ。

でも、逆らえない。この人のおかげで、サキは、今日も元気いっぱいでいられるのだ。
割れた水晶の影響が消えたとはいえ、サキは家に帰るのは気が重くて、辛いと泣いた。父さんと廉さんは、サキの両親に会いに行き、対話に対話を重ねて、不破家が理事をしていて、廉さんも働いている学園に編入することにし、その寮に入れるようにしてくれた。
学園は、駅一つも離れていないところにあるから、サキはまた、俺のところに遊びに来るのも簡単だと喜んでいた。

晴れ渡る早朝、川の水音が気持ちいい。
俺に続いて水を飲み終わると、サキは急にうつむいてしまった。
「俺、このまま、ここから学校通うのじゃ、ダメかな」
「うん?」
「寂しいです。師匠、離れるの、寂しいー。うわーん」
まるで小さな子供だな。
サキは、泣き虫なのだ。
「泣くなって。いつでも来れる距離なのに、寂しいも何もないだろ」
「隼人、満面の笑みになってるぞ。なんだかんだ言って、お前のほうが寂しいんだろ」
「?!」
廉さんは、マジで余計なことしか言わない。
俺、そんなに嬉しそうなんだろうか。
確かに俺にとって、サキは、海斗とはまた違う、弟というか、弟分といいうか、弟子というか、独特な存在だからな。
すでに笑顔満面なら、仕方ないから、もっと笑おう。
俺は、意識的に口の端を上げる。
「サキ、がんばれ。お前なら大丈夫だ。辛くなったら、俺も、廉さんも、父さんも、味方なんだ。一人で抱え込まないでいい。好きな時、好きなだけ遊びにくればいいさ。俺は、変わらないから。サキが望むのなら、いつまでも、お前の師匠だよ」
「隼人さんっ」
サキは、余計に大声で泣き出した。
「まったく」
泣く子をあやすため、俺はサキの髪をぐしゃぐしゃに撫ででやる。
サキは、泣きながら笑って、また泣いて、忙しい。

人と人との縁は、過ぎ去っていく日々に、彩りを添えてくれる。
悠久の時のなかで人々を見守り続けている神様たちには、足早に消えていく命たちが、どんなふうに見えているのだろう。
スサノオ様は、忘れられると寂しいと言っていた。
どんなに時が過ぎ去っても、忘れたくないもの、忘れて欲しくないものがあるって、どんな気持ちだろう。
サキとの日々を思い返すと、ほんの少しだけわかる気がする。

風のように自由でいるつもりでも、たまには立ち止まり、大切な誰かや何かを思い返して、祈りたくなる。
その幸せを、心から。

それを形にできるのが魔法なら、俺は、魔法使いに生まれて、この世界に生まれて、よかったと思える。
俺の魔法は、この先もいつだって、風のように自由に、誰かのための祈りと共に、在り続ける。

おわり

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?