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【お題】30.やるせない思い

 あれは、俺が先輩と組んでやっと慣れてきた頃だったと思う。だから、少し心の余裕が生まれたようだった。


 地球のとある山岳地帯。俺たちは救助を終え、他に取り残されている人がいないか、念のため辺りを見回っていた。
「本部から連絡が来た。遭難者は全員無事救出済みだそうだ。戻るぞカネチカくん」
 俺たちはしっかり管理されているので、基本的に取りこぼすことはない。もし、他にいるとしたら違法な未管理の者、そして———原生生物(ヒト)くらいだ。

「あ。先輩、あそこにヒトが……」

 俺が指さす方に、原生生物(ヒト)の姿が見えた。今にも滑落しそうで危ない。「なんであんなところに」
 俺が不思議がっていると、
「戻るぞ」
 先輩はそう言った。確かに救出対象ではないが、見殺しにするなんて出来ない。俺は、先輩の言葉を無視して、ヒトの救出に向かった。幸い怪我もないようなので、安全な場所へ移動しあとは自力で戻って貰うことにした。
 ようやく先輩の元へ戻ると、先輩は冷めた目でこちらを見る。今の先輩は対地球用の装備で、見た目は人間にしかみえない。非常に個性のない地味な顔の装備だったが、目だけは感情がうかがえる。その目を見たときは、背筋が凍った。何か不味いことをしてしまっただろうか?

「ヒトを救助したのは初めて?」
「———いえ、先輩と組む前に何度か……」
「その時隊の仲間に何か言われたか?」
「……やめとけ、と。」
 基本的に俺たちは原生生物(ヒト)を好む者は少ない。数少ない好む者の大半は、残虐的な遊びやあまり口にしたくない事を好んでしていた。俺は、地球に暮らしたことがあるおかげで、そういった嗜好には走らなかったが、俺のような友好的に思う者は稀なようだ。
「どうしてやめなかった?」
「禁止されてませんよね」
 俺としては珍しく、先輩に言い返してしまった。救助隊は命を守る仕事。例えそれが原生生物(ヒト)だとしても、目の前で困っていたら手を差し出すのは咎められることじゃないはずだ。

「君はそうやって全てのヒトを助けるのか?」
「全ては…難しいですけど、目の前にいるのなら」
「それで攻撃されても?」
「………攻撃?」
「ああ。君は原生生物(ヒト)の特性は知ってるだろ?地球に住んでいたくらいだ。攻撃されたことがあるんじゃないか?」
 先輩の言葉に、俺は考え込む。全て良い人達とは言えないけど、そういった人のことは正直覚えていない。楽しい思い出ばかりが残っている。ただ、先輩の言わんとしていることは理解出来る。人間は、俺たちには理解出来ない特性が多々ある。だから面白いし、時には悲しい。

「禁止されていないのは、そもそも救助の対象に原生生物(ヒト)は含まれていないからだよ」

 先輩は、先ほど助けた人間を指さした。その先に巨大な熊の姿見えた。俺は思わずその場に向かった。頭では分かっている。ここまでヒトに執着してはいけないと。目の届く範囲とは言え、命を守るということは、目が離せない、常にその命と向き合っていなければならない。
 正直、そこまで面倒は見られない。だから、ある程度しか救えないのだけど。
 俺は、そのヒトの目の前に迫る熊を殺すか、気を失わせるか、それともヒトそのものを瞬間移動させるか迷っていた。だが、俺が見た光景は違っていた。熊もヒトも姿を消していたからだ。
 混乱する俺の目の前に先輩が現れた。

「今のは幻覚だよ」
「え?………なんでそんなこと…」
「君は口で言っても理解しないようだからね。自分がしていることが単なるエゴだってことに気付いてないのか?」
 先輩の言葉に、俺は何も言えなかった。それは、頭の片隅で感じていたことだからだ。
「もし、あの状況が本当に起きてまた君が助けたら。そして君の前でそのヒトが度々不幸に見舞われ、その度君が助けたとしたら……」
 先輩は俺の目をまっすぐ見つめた。俺は自然と背筋が伸びる。
「その助け…「親切」をそのヒトは当たり前だと感じるようになる。そして君が「親切」を止めると文句を言われる。中途半端な「親切」はお互いを不幸にする」
 ———知っている。それは俺が経験していたことの1つだ。
「なぜか、ヒトは苦しい状況に追い詰められると、目の前のヒトに攻撃的になる。自分に感心のないヒトより、自分を助けようとするヒトに攻撃しやすくなる」
 俺は、先輩の言葉を聞きながら昔経験した哀しい気持ちが蘇っていた。

「手を差し伸べないヒトではなく、手を差し伸べるヒトの助けの不十分さに恨みを抱いてしまう。そして本人は、その攻撃を正しいと信じて疑わない」

 胸の痛みを感じながら、俺は先輩も同じ経験をした事があるのか?と思っていた。そうじゃなきゃここまでヒトを知ることは出来ないから。先輩も地球で暮らしたことがあるのか?先輩がヒトをあまり好まない理由はそれなのか?
「カネチカくん。必要以上に原生生物(ヒト)に親切にするな」
 俺は、先輩をジッと見つめながら先ほどわき起こった疑問を聞いてみることにした。
「………先輩。もしかしてヒトに親切にしたら恨まれたことがあるんですか?」
「別に。………戻るぞカネチカくん」
 そう言って先輩はふわりと姿を消した。救助船に戻ったんだろう。先輩は自分の事を話してくれない。それに、原生生物(ヒト)どころか、俺たちのことも嫌っている感じがする。何があったんだろう?いつか話してくれる日が来ると良いな、などと思いながら先輩の後を追った。

 原生生物(ヒト)は、変わっている。だから悲しくもあり、愛しくもあった。



 

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