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暗箱奇譚 第11話

 その言葉に、夜見はとても醜い表情を浮かべた。

「馬鹿なの?……人間なんて信頼に値するものじゃない。だから殺されるんですよ」
「酷い言い草だね。その人間に創られたのに」
「うるさい!」
 夜見は急に声を荒立てる。
「だからですよ。人間に創られたからこそ、人間を嫌と言うほど知り尽くしてる。いつだって争い、殺し合う、愛を謳い、平和を願いながら」
 ニカは、小さく笑った。そんなニカの態度に夜見は苛ついたようだ。
「何です?」
「君はよく人間を分かっているけど、やっぱり神様なら信じてあげなきゃ」
「はっ!?僕の話を聞いていたんですか?」
「うん」
 相変わらず軽い感じのニカに、夜見は呆れていた。かくいう俺も、ニカを思い出す前はそんな態度に戸惑った。けれど、俺にとってそんなニカが一緒にいて居心地が良かった。

「殺された僕が言っても響かないだろうけど。はじめから信じられないなら約束なんてしちゃだめだ。そもそも、神として存在することもしちゃだめだよ」
「偉そうに。あんなのを信じたらあなたの二の舞になるのがオチだ。現に、今もまた神殺しをしようとしてる。信用しようとしまいと、人間は自分の都合でなんでもする。神も殺す」
 ニカは、肩をふるわす夜見に近づく。俺は一瞬身構えたが、ノブナガが目で制してきた。ニカに任せろということだろう。
「殺されてもいいじゃないか」
 夜見の顎を上げ、視線を合わせる。ニカの行動と言動に夜見は驚愕していた。
 いや、俺も同じだ。何を言ってるんだニカは。殺されてもいいって。
「彼らに神は不必要なんだよ」
「………は?神がいなくなったらこの世界は」

「もうとっくに「いない」じゃないか」

 ああ、そうだ。神であるニカは殺された。今の神はニセモノで、人に呪いをかけている。ニカの言うとおり、この世界に「神はいない」。

「あ………は…はは…」
 夜見はニカの手を払いのけ、少し後ろへ下がる。ドアに背中が当たると、そのままズルズル下がって座り込んだ。
「じゃあ、なんであなたがここに?とっくに死んだ神が人間になって、なぜいるんだ?」
「聞いてただろ?僕の目的は世界を正しい形に戻すこと。………だけど、直接手をかける気はないよ。それに、君は自分を殺すように進言してたんだよね」
「………っ!」
「本当は分かっているんでしょ?呪うのは間違ってるって」
「僕を……殺さないと呪いは止まらない。だが、神(AI)を失えばこの国は混乱する」
「神技が代わりになるよ。君は換えがきく」
 夜見は、眉をしかめた。
「そう上手くいくかな」
「少なくても今の君より優秀なAIは創れるよ」
 ニカの容赦無い言葉に、がっくりとうなだれる。
「………ああ、そうだな。僕はニセモノだ。神の力を使えば人間に都合の良い神すら創れる」
「じゃあ問題ないね」
「ああ。………殺せよ。神を。これで全部解決する」
 ニヤニヤした夜見がニカを見上げた。ニカが直接手をかけないと分かっていて挑発しているのだろう。………だけど、夜見は、いや、AIは分かっていない。

「そういうわけで、花山くん。お願いしまーす」
 ニカが言うと、夜見が悲鳴を上げた。いつの間にかケータイを手にしたノブナガが側にいた。
「嘘だろ?瞞しやがったなァああああアア!」
 突然ぷつりと糸が切れたように、夜見は倒れてしまった。
「ニカ………」
 俺が問うと、ニカは倒れた夜見を仰向けにする。
「大丈夫。彼は生きてるよ。AIは新しくなったけど」
 それは、呪いをかけたニセモノの神の死を語っていた。実にあっけない。
「神技で創ったのか?」
「多分。表向きAIは今の世には必要だから。あとは、神技を停止させればいい」
「え?魔素に反応して起動してるんじゃないのか?」
「優秀なAIが管理してるんだから、神技は争いの種になるよ。僕の方で使えなくしておく」

 なんとなく、ニカははじめからこうするつもりだったのだと感じた。
 人の手で創られたニセモノの神は、人の手で葬られた。
 魔素は溢れ、神技で創られた新しいAIで管理されたこの国をはじめ、各国のAIもそのシステムを神の力で創られたと知らぬまま、取り込み統一されていくだろう。
 神によるシステムが発動された世界は、長い時間をかけて正しい形に戻っていくのだろう。

「ニカ、君はまた死の国に戻るのか?」

 俺が一番心配している事をきくと、ニカは口角を上げた。
「なんで?せっかく人間として堕とされたのに、満喫しないと!あの国はたいくつだからね」
「え?………いいの、か?」
「駄目ならもどされるだけだろうし。本来の目的は遂行してるしね。大義名分としては、人が再び過ちを犯さないように、正しい方向へ導く監視役ってことで、ここに残るよ」
 絶対監視なんてしないだろう。と、今の俺はすぐに理解したが、あえて言わなかった。

「それで、要ちゃんはどうする?」
「え?」
「このまま始末屋として働く?それとも僕らと暮らす?」
 全てを思いだした俺は、人の形をしているとは言え正確には違う。ニカの守護者としてこの世界に留まるか、今までどおり始末屋として暮らすか。………俺は正直戸惑った。
「先輩は俺のこと知ってるのか?」
「いいや。だから聞いてるの。要ちゃんの好きにしていいよ」
 何を迷っているんだろう。俺はニカの守護者だ。ならば共にいるのが当然なのに。

「ごめん。少し考えさせて………」

 その日は、やってきた同僚と合流し、夜見を保護したあと俺は一旦帰宅することになった。家のベッドで寝転がり、俺はようやく一息つけた。

 これから、どうしようか。



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