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ある使節の記録 第13話

「おはよう春樹」

 さわやかな笑顔を向ける兄が、コーヒーを飲んでいた。
「おは…よう?」
 私は戸惑いながら、兄を見つめた。何処をどう見ても私の知っている兄だ。昨夜見たのは悪夢だったのだろうか?

「どう?」
 腫れ上がった顔が痛々しい先輩が顔を出した。
「どういうことですかこれは?」
「ちょうどいい寄生種がいてね。この体と同化したんだ」
「寄生種?…え?」
「奴らは記憶をシッカリ受け継げるから、魂がなくても上手くやれるんだ。これで生きてるようには見えるだろ」
「そう、ですけど。………いいんですかね」
「罪は償えないけど。どうしてもっていうなら、訴えるとか?」
「いえいえ、別に。……事を荒立てたいわけじゃないんです。罪は償ってほしかったですが、かなり環境も変わりそうですし、調査という目的のためにもこの方が良かったのかもしれません」
「そっか。ごめんな。なんか壊しちゃって」

 確かに、あの兄は壊れてしまっていた。というか、抜け殻だった。
「でも、あんまり僕に依存されると困るんですが」
「だってよ、弟を卒業しろって」
「はーい」
 兄はニコッと微笑んだ。………いや、兄もどきだが。
「こいつも新しい人生を歩めるし、君も調査に集中出来るし、いいってことにしてくれ」
 よく分からないが、兄は寄生種によって新しい兄として人生を歩むことになったようだ。調査に集中出来るのなら、これはこれで受け入れるしかない。………ただ。

「あの…こっちは置いといて、カネチカさんは?」
「うん。まだ帰ってきてない。………ま、そのうち帰ってくるだろうから気にするな」
 そうは言うけど、世話になった分放っておくのも気が引けた。かといって私には何か出来るわけもなく、この場はそれで収めることになった。

 兄と共にさくさく移動できるのは不思議な感じだった。事情を知っているので、兄に能力を隠さなくて済んだ。それに、兄は私が驚くほど「兄らしい」ふるまいをするので、本物の兄のように感じられた。そして、以前のようにベタベタしなくなったのは良いことだった。
 親は、急に弟離れをしたことに戸惑っていたようだが、悪いことではないので安心したようだった。

 その日の夜、私は部屋で今後のことを考えていると、ベランダから音がした。見るとカネチカが立っている。驚いて中へ入れると、いきなり謝罪し始めた。
「すみません!あなたのお兄さんを………壊してしまって」
「あ、ちょっと、頭を上げてください」
「でも、いくら頭にきたからって、やりすぎました」
「もういいんです。それなりに落ち着きましたし。それより、先輩には会いましたか?」
 そう聞くと、カネチカはがっくりとうなだれた。
「いいえ。合わせる顔がありません。あんなにも愛している人に俺は…いくら化けていたとはいえ、あんな酷い目に……」
 そう言いながら、ボロボロ泣き始めた。私はどうしたらいいのか戸惑う。
「きっと、許してくれますよ」
「先輩は優しいから、そうでしょうけど、これは俺の問題なんです」
 私が手渡したティッシュで涙を拭って、カネチカは顔を上げた。
「暴力を振るう奴なんて…最低ですよ」
「カネチカさん…」
「俺、あんなに頭に血が上ってたのに、死なないギリギリのラインで攻撃してたんです。鬼畜ですよ。ものすごく痛みや傷が残るようなことを…」
 ゾッとするが、相手は兄だと思うからやったのだろうし、そこまで反省してるのならもう同じ過ちはしないだろうと声をかけたが、カネチカは首を振った。

「俺、しばらく先輩から離れます」

「え?………結婚されてましたよね。別れるってことですか?」
「別れません!単に別居するってことです」
「はあ」
 そこまでしなくても…と声をかけたが、カネチカの耳には届かなかった。
「じゃ失礼しました」
 そう言ってふわりと消えてしまった。
 兄の件でこんな事になるなんて、無関係とは言えず私は混乱した。

 これは夫婦の危機という奴だろうか。

 そういった事の経験がないので分からないが、助けてもらったのもあり、私は彼らを見捨てるわけにはいかなくなった。この経験もきっと無駄にはならない…はずだ。

 カネチカは一体どこに行くと言うんだろう?

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