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ある使節の記録 第6話

 まあ、中に入ってくださいよ。と言われ私は家に入った。完全に個人宅である。どうみても拠点には見えない。
「どうしたんです?俺を捜してたみたいだけど」
「えっと…とても不躾なお願いなのですが。お力を分けて欲しくて」
「力?何の?」
 私は辺りを見渡す。案内されたのはごく一般的なリビングで、くつろぎやすいソファとローテーブルがしつらえられている。何故か無人で、先ほど応対したヒトの姿はなかった。
「えっと………その前に、カネチカさんはここを拠点にしてるのですか?」
「はい。愛の巣です」

 ———今のは聞き間違いだろう。

「あ!お茶入れますね。冷たいほうがいいですよね」
 キッチンへ向かうカネチカは、どこか嬉しそうだ。と、頭がボサボサした男性が顔を出した。
「カネチカくん……帰ってきてたの……あ。」
 男性は私に気付くと、固まってしまった。
「先輩。大丈夫ですよ、彼は使節のヒトなんです」
「使節………?地球に?早すぎじゃないか?」
「俺もそう思うんですけどー。まぁ、同盟前の調査って言ってましたよ」
 言いながら、カネチカが冷たい飲み物を持ってきた。
「ふぅん。大変だなぁ。身一つで交渉するんだろ?ここの原生生物(ヒト)は凶暴だから命がいくらあっても足りないよな。………すげえ怪我してるし」
 先輩と呼ばれたヒトは、キッチンに引っ込むと片手にペットボトルを持って戻って来た。私の顔が包帯まみれなのを見て気の毒そうな視線を向けている。
「あの…先輩ってことは、こちらの方もレスキュー隊なんですか?」
「元、だけど。今は無職…」
「先輩は俺の結婚相手なんです」
 言葉に被さるようにカネチカが言い切った。とたん先輩と呼ばれた男が固まっている。
「そう、なんですか。なんであの方はヒトのガワを装着されてるのですか?」
 不思議に思ったことを聞くと、カネチカは色々あったんですよ。と言ってはぐらかした。訳ありか。あまり聞かないほうが良さそうだ。
「カネチカくん、俺は結婚した覚えは…」
「それで、何の力が欲しいんですか?」
 完全無視するカネチカに戸惑ったものの、早く用件を伝えようと思い、私は意を決した。
「先読みの力を分けていただけますか」
「先読み?———俺は持ってないですね」
「そうなんですか?特別なあなたなら取得してるかと」
「俺は特別じゃないですよ。先輩なら持ってるかも」
 当の先輩は、なぜかブツブツ言いながら肩を落としていた。
「先輩ー。使節のヒトが先輩の力分けて欲しいんですって」
 カネチカが先輩の肩をガクガク揺らして伝えるが、本人はあまり気乗りしていないようだった。
「なんで?———交渉にソレは必要ないでしょ」
 ジト目で私を見つめる先輩は、疲れた声をしていた。
「僕と言うより、ある人物が、ですけど」
「まさかヒトに力を与えるつもりなのか?……奴隷にでもしたの?」
「いえいえ。私どもは奴隷制度は取り入れていません。……人の調査の上で、ソレが必要になっただけです」
 首をかしげる先輩に、私は事情を話すことにした。彼の言いたいことは分かる。そう簡単に特別な力を与えることは、良い結果を生まない。
 ヒトは、自身を超える力を得ると、大抵良くない方に行動を起こす。力に溺れ、最終的に自らの身を滅ぼすからだ。

「そこまでする必要はないだろ。事情はどうあれ、それを生業としてきたんだから。どういう結果になろうとも、それを続けるってことは承知の上だろ」
「……そう、なんですが。彼を救いたくて」
「もし、君がその力を彼に与えたとして、本当にそれが彼を救うことになるのか?」
 先輩の言葉に、私はしばし考える。
「根本的には解決しないかも、しれません……」
「君が限定的な力しか所有していないのに訳があるように、自分の力を超えた力ををヒトに与えるのは、使節としての意に反するんじゃないか?」
 私は何も言えなかった。彼の言うことはもっともで、いくらヒトを知るための行動だとしても、あきらかにやり過ぎ、という事だ。
 私は、私ができる範囲で成さねばならない。それが、最悪の結果を招いたとしても。

 ヒトを超えた力は、それなりの責任を伴うから。

 その時は解決できても、先読みの力を私が与えたところで、その反動は来るということだ。彼にはその力が受け継がれなかった。だが、弟には受け継がれている。力そのものを失っているわけではない。私が感じているように、ヒトの範囲を超えた能力を有する一族は、大いなる責任を伴っているはずだ。それは富を生むが犠牲も生んでいる。それを含めて彼らは生活しているのだから。

「分かりました。すみません、出過ぎた真似を」
 私が深く頭を下げると、先輩はそう堅苦しく考えるなよと言って笑った。

 もうすっかり日は沈んで、辺りは真っ暗だった。夕飯でもと誘われたが丁寧に辞退した。玄関の外までカネチカは見送ってくれた。
「いつでも来てください。歓迎しますよ」
「ありがとうございます。……また勉強させてください」
「俺で良かったら……って、今回は何にも力になれなかったけど」
 そう言ってまたニコッと微笑む。その笑顔がとても気持ちが良かった。
「いえ。先輩にもよろしくお伝えください」
 ニコニコ笑うカネチカが、こくんと頷いた。

 彼を救うことにばかり目がいって、肝心な事が見えなくなっていたようだ。
 私は深く反省した。使節として未熟だからこそ、こんな過ちを犯すのだろう。

 山の中だからか、空を見上げると美しい星々が広がっていた。

 ———それにしても、カネチカは結婚相手だと言っていたけど、先輩は拒否していたような?しかもヒトの装備をしているし。………謎だ。
 そして、あのインターホンに出た声は、先輩とは違っていたし。………謎だ。


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